表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

赤い座布団

祖母が亡くなってから、十年以上空き家になっていた田舎の実家を、取り壊すことになった。

古い日本家屋で、夏は涼しく、冬は隙間風が寒い、そんな家だった。


取り壊しに先立ち、母と二人で遺品整理をすることになり、私は久しぶりにその家へ足を踏み入れた。

軋む床、埃の匂い、壁に貼られたままのカレンダー──時間が止まったままだった。


ひとつ、子どもの頃から不思議に思っていたことがある。


それは仏間の隅に置かれた、赤い座布団だ。

厚く、古びてはいるが、どこか手入れされているような清潔さがあった。誰もそこに座らず、祖母も「触っちゃだめよ」と言っていた。


子どもながらに「なにか特別なものなんだろう」と思っていたが、祖母が亡くなって以降、そのことについて誰も語らなくなった。


母が台所を片付けている間、私は仏間の掃除に取りかかった。

ふと、あの赤い座布団が気になって、そっと手を伸ばしてみた。


触れた瞬間、温かさが指に走った。まるで、誰かが今まで座っていたような温度が逆流してくる。


そして、その裏に何かがあることに気づいた。

めくってみると、小さな紙が一枚、畳に貼られていた。


赤インクで、こう書かれていた。


「ここに座ってはいけない」


その瞬間、背後で「バンッ!」と襖が閉まった音がした。

驚いて振り向くが、風は吹いていない。誰かが閉めたような強さだった。


母を呼ぼうと立ち上がろうとした瞬間、仏壇の奥から、かすかな嗤い声が聞こえた。


「……まだ、生きとったんか」


私は何も言わずに部屋を飛び出した。


夕方、少し落ち着いてから母にその話をすると、彼女は黙って座布団のある部屋へ向かい、静かに襖を閉めた。


しばらくして戻ってきた母は、ぽつりと言った。


「……あれはね、おばあちゃんの姉さんの席だったのよ」


「え?」


「もうずっと昔に亡くなったんだけどね。あの人は、死んだあとも仏間に帰ってきてたのよ。おばあちゃん、毎朝お茶出してたでしょ? あれ、仏壇じゃなくて……あの座布団に出してたのよ」


ぞっとした。


「じゃあ……誰かがそこに?」


「ええ、座ってたの。誰にも見えないけど、座ってるの。だから触っちゃいけないの。」


取り壊しの日、私はどうしてもあの座布団が気になり、最後に一目見ようと仏間を覗いた。


もう何もないはずの床に──

ぽつんと、赤い座布団だけが残っていた。


誰も運び出していないのに。


母に尋ねても、「そんなものあった?」と首をかしげるばかりだった。


けれど、最後に見たとき。

その座布団の上には、うっすらと──膝の跡のような沈みが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ