【2-2】お着換えタイム…♥
「なるほど、潜入捜査だな」
頭脳派のダークリを中心に、メンバーは私の提案に乗ってくれた。
もちろん「アナタたちのコスプレも拝めますし……」なんて邪な気持ちは、自分の中だけに留めてある。
クエスト依頼者の話では、例の菓子店“ウロリン”の看板メニューである、貴重なドラゴンの卵を使ったケーキが怪しいとのことだった。実際にはドラゴンの卵ではなく、安価な代替品で済ませている疑いがあるらしい。
(前に食べたとき、超おいしかったけどな……)
私は自分のバカ舌に軽くショックを受けつつ、メンバーと作戦会議を進めた。
「まずは、潜入のための衣装を揃えましょう!」
「それはいいがノカ、なぜそんなにテンションが高いんだ?」
思わずはしゃいだ声を出してしまった私に、ポトモが疑いの目を向ける。
「そ、それは……ほら、初クエストだから気合が入ってるだけですよ!」
調理場の見習い、店内の飲食スペースで接客を担当する給仕係、そしてオーナーの付き人。
話し合いの結果、この3つのポジションに潜入しようという話になった。どこかで証拠は掴めるはずで、その証拠をオーナーに突きつけるという算段だ。
菓子店ウロリンではちょうど従業員の退職が相次いでいて、運良くそれらの役職の空きが出ているという話だった。
「最近、二代目の新オーナーに変わってから辞める従業員が増えてるみたいですね」
「バカ息子が事業を継いで、それに付いていけないヤツが多いんだろう。よくある話だ」
そう指摘するポトモの推理も、案外間違えではなさそうだ。
さて、あとは誰がどのポジションにつくかだけど……。
ポトモは器用だから調理場がいいかな? でもオラオラ系のこの人が礼儀正しく給仕をしてるのも見たい気がするし……そうするとワッタが、ビシッと着飾ったオーナーの付き人で……ダークリは調理場が絶対似合うだろうな……。いや待てよ、意外とダークリが付き人ってパターンも——
「ノカ、どうかしましたか?」
「……ああっ! ワッタさん、すみません!」
つい妄想が膨らんでぼーっとしてしまっていた。
「では、街の洋服店に向かいましょう!」
こうして私たちは、楽しいお買い物——じゃなくて、潜入捜査の衣装を揃えるため、街へ出かけて行った。
***
食材をたたき売りする威勢のいい声、怪しげな雰囲気を放つ薬草屋、大きな荷物を抱えて行き交う行商人——アビラーン王国の市場通りは、いつも通り活気に満ちていた。
私たちが目指すのは、路地裏にひっそりと佇む衣服店だ。
派手じゃないけど小奇麗なお店で、知る人ぞ知る名店だと聞いたことがある。
ひとりだとなんだか気後れしてしまって、私自身も入店するのは初めてだった。
「ノカ……こんな洒落た店ではなく、適当な露店で買えばいいんじゃないですか?」
「いいんです! ほら、何事も形から入るのは大事ですよ!」
あなたたちに下手な服は着せられませんから……という言葉は飲み込んで、私は思い切って店の扉を開けた。
「あら、いらっしゃいませン」
出迎えてくれたのは、品の良い丸眼鏡とカールした口髭が特徴的な、細身の紳士だった。鼻にかけた喋り方で、どこか女性的というか、繊細そうな雰囲気も兼ね備えた人である。
「何かお探しでン?」
「ええ……実は私たち、小さなお菓子店で働くことになりまして。その衣装を探しに来ました」
「フフ。なるほどねン」
店主はこちらにぐん、と歩み寄り、ワッタたちを品定めするように至近距離で観察した。
「アナタたち……なかなかいいマネキンになりそうン」
(わかります……!)
心の中で首がもげるほど頷きながら、私はメンバーに必要な衣装を告げた。
ワッタがオーナーの付き人、ポトモが給仕係、ダークリと私が調理場——道中の話し合いで、各自の持ち場は決めてあった。
「かしこまりましたン。では、ちょっと失礼……」
そう言うと店主は店の奥に引っ込んでいった。
「おいおい、なんだよこの店……取って食われるかと思ったぜ」
「まったく同感だな」
「そんなこと言わないでください! すごく人気のお店なんですよ!」
「しかし、そう言うノカだって緊張しているようですが?」
「うっ……」
小声でしばらく小競り合いをしていると、店主が大量の衣装を抱えて戻ってきた。
「では、あなたはこれで……あなたはこっち。そちらの大きいお方は、これを着てみてくださるン?」
手際よく衣装を手渡され、私たちの両手はみるみる埋まっていった。
「ありがとうございます。では、私は奥の方で着替え……って、ちょっと!!」
私が店の奥に試着をしに行こうとすると、ワッタたちはその場で服を脱ぎ始めてしまった。
うろたえる私の目に飛び込んできたのは……
ワッタの力強く、しなやかな身体。
彼の細長い指が上着をはだけさせると——露わになった肉体に残る生々しい傷跡が、彼が身を挺して闘う格闘家だということを思い出させる。柔和な人柄からは想像もつかないその身体からは、普段の彼とは正反対の怪しい色気が漂っていた。
その隣には、ポトモの白く、繊細な身体。
いつもの挑戦的な目つきとは裏腹に、彼が内に秘める静かな炎が透けて見えるようだった。青白い血管が身体中を這い——それと絡まり合うように、解いた長い髪が胸のあたりにかかっている。
そして、鍛え上げられたダークリの力強い身体。
深く落ちた影が彼の筋肉を浮かび上がらせるが——しかしそれは整ったものではなく、野生を思わせる荒々しさの中にある。汗の混じった男の匂いが鼻をつくが、不快ではなくむしろ……
——いや、そうじゃなくて!!!
危ない危ない、見惚れてる場合じゃないんだった。
ちゃんと注意しておかないと、今後のパーティの品位にも関わるし——
何より、私の身がもたない。
「こんな場所で何やってるんですか!」
「別にいいじゃないですか、俺らの裸なんて」
「そうだぜノカ、俺たちは仲間なんだからよ」
「そういう問題じゃなくて!!!」
「フン、恥ずかしいなら奥で着替えてきたらどうだ?」
「……そうさせてもらいますっ!」
私は興奮を悟られないように、急いで奥の試着室へ向かった。