【1-7】責任
「おともだち作戦!? 何ですか、それは」
ワッタがもっともな疑問を口にする。
「ごめんなさい! 今それを説明してる時間はないんです。とにかく、私に考えがあります。あのドラゴンは明らかに知能が高い……でも、この作戦が上手くいけばきっと倒せる。あの、私が偉そうに言うのもアレなんですけど……みなさんなら、できると思って……」
「いいから、早く説明してくれ」
急に自信が無くなってきた私に、ポトモが説明を促す。
「すみません! では、まず最初にダークリさんが……」
***
こんなの、上手くいくかわからない。
でも、やるしかない。
頭をフル回転させながら、彼らに作戦を伝えた。
たぶん大丈夫。
この3人の強みは、私がいちばん知っているんだ。
***
「こっちだ! かかってこい!!」
暴れ回るドラゴンにダークリが大声で呼びかけると、大きな2つの目がギロリとそちらを睨みつけた。
臨戦体制を取るダークリの、鍛え上げられた美しい筋肉。
濃い眉毛と、スッと通った鼻筋。射るような鋭い目線。
その気迫がビリビリとこちらまで伝わってきて、鳥肌が立つのを感じた。
(この人、これでデータキャラなんだよな……)
改めて、とても頭脳派冒険者とは思えない佇まいだ。
コイツは歯応えがありそうだ——ドラゴンはそう判断したのか、ダークリの方へ向き直る。
次の瞬間、鋭い爪を持ったドラゴンの右腕が、ダークリに向けて振り下ろされた。
「無駄だ」
ギリギリのタイミングで、ポトモがドラゴンの足元へ氷の呪文を唱えた。
呪文の詠唱から魔法の発動まで、惚れ惚れするほど美しい動作だった。
ドラゴンの足元を氷が覆い尽くし、完全に動きを止めた——のではなく、実際には、水たまりくらいの小さな氷が出現しただけだった。
だってこの人、魔法苦手だから。
でも、その小さな氷が逆に丁度よかった。
ドラゴンは少しだけ足を滑らせて体制を崩し、弱点である喉元を露出させた。
「そこだ!」
ダークリの背後に潜んでいたワッタが隙を見て飛び出し、飛びあがってパンチの体制に入る。
彼の拳には、数えきれないくらいの痛々しいマメができていることを私は知っている。ちょっと天然だけどいつも冷静で、涼しい顔をしている優等生——そんなワッタが裏でどれだけの努力をしているのかを、彼の拳は物語っていた。
「ぶっ飛ばせ! ワッタさん!!」
私は大声で叫んだ。
ワッタの強烈な一撃が、ドラゴンを撃ち抜いた——。
***
ワッタの一撃がヒットし、無事にドラゴンは捕獲された。
被害はそこそこあったが、市民に怪我人はゼロ。
街はすぐに、復旧に向けて動き出した。
私はというと——ギルドの小さな会議室に篭って始末書を書かされていた。
なんとか事なきを得たとはいえ、いちギルド職員として出過ぎた行いをしたのはたしかだ。
思うところがないわけではなかったけど、上からの命令だから仕方ない。
結局あの事件のあと、ワッタたち3人とは話ができていなかった。
事件の後処理でバタバタしてたし、何よりどんな顔をして話をしたらいいかわからなかったのだ。
(でもやっぱり、謝りには行かないとだよなー)
モヤモヤとした気持ちを抱えながら、机に向かって黙々と始末書を書き進めていった。
「ノカ、反省文は上手く書けてるか?」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、目を疑う光景が飛び込んできた。
ポトモがいつもの皮肉っぽい笑いを浮かべながら、会議室に入ってくるところだった。
後ろには、ワッタとダークリの姿もある。
「ポトモ……さん、あの、お疲れ様です! っていうか今、私の名前を?」
「……なにを不思議がっている? 研修で俺たちの“アドバイザー”をしたのはお前だろう?」
「それはそうですけど、なんて言うか……」
「今日は話があって来ました。少し、時間をもらえますか?」
あたふたしてる私に、ワッタが言う。
「それはもちろんですけど……でもその前に、この間のことを謝らせてください! 勝手にいろいと失礼なことを言っちゃって……」
「あれは、おっかなかったなぁ」
思い出すようにニヤニヤと笑う、ダークリ。
「謝らないでください。俺たちだって感謝してるんです。正直、ちょっと迷走してたっていうか」
「いえ、部外者の私が口出しをしてしまって、反省してます……!」
「今日はまさに、それに関連する話なんですが……なんというかその……」
ワッタは急に顔を赤くして、ぽりぽりと頭を掻いた。
言いにくいことがある時に、この人がよくやる癖だった。
——あれだけのことをやってしまったんだ。どんな罰でも、受ける気でいた。
「お前が言わないなら、俺が言おう」
割って入ってきたポトモが、静かにこう言った。
「ノカ、俺たちのパーティに入らないか?」
「……は?」
時が止まったのかと思った。
この人は、何を言ってるんだ?
「ちょ、ちょっと……ポトモさんは何を言ってるんですか?」
ワッタに助けを求める。
「先日、俺たちはあなたに怒られて目が覚めた感じがしたんです。“推し”というのは、よく知らない言葉でしたが……」
「その話はやめてくださいっ!」
「ノカ、要するに君は……」
ワッタが、真っ直ぐに私の目を見て言った。
「ずっと俺たちのことを、近くで応援してくれていたんですよね?」
「えっ……!」
「ノカは俺たちのやり方を尊重してくれて、その上でアドバイスをくれただろ? 俺たち、嬉しかったんだ。そんなの始めただったからよ」
ダークリが顔をくしゃくしゃにして笑う。
「俺たちもハッとしたんです。いろいろ悩んで、自分を曲げそうなタイミングだった。そこに、ノカの言葉が響きました。“好きなことを貫いてるアナタたちが好きだった”って……。俺たちも不安だったから、なんだかホッとして」
一瞬、ワッタが涙を浮かべた……ように見えた。
彼のこんな顔を見るのは初めてだった。
「でも私なんか、ただの受付係だしそんな……」
「パーティのマネージャーとして入ってくれないかと、みんなで話をしたんです」
「ダメだとは言わせないぞ?」
ポトモが不敵な笑みを浮かべる。
「お前は俺たちのやり方に口を出したんだ。それなら、しっかりと責任を取れ。俺たちも全力で応える。だからノカ、俺たちと来い」
「ポトモ! そんな脅すような言い方はナシだって話しただろう!」
——私の中にずっと、漠然とした違和感があった。
自分の夢を勝手に「推し」託して、それを押し付けてていいのかって。
別にいいでしょ?
うん、別にいいのかもしれない。
でもなんか、私個人としては、それは気持ち悪いかも——って考えてる部分もあるにはあった。
責任——。
ポトモの言う通りかもしれない。
偉そうに口を出したんだから、私にその責任を取る義務はあるのかも。
この人たちに、上に行ってほしい。いい景色を見てほしい。
——そして。
私がその手助けをできるのなら。
ずっとひとりで抱えていた妄想が、少しでもその役に立つのなら……。
こんなに幸せなことはないんじゃないか?
「もちろん、すぐに返事が欲しいとは言いません。じっくり考えてから結論を……」
「イヤです!!」
「……やっぱりそうですよね。急にこんなこと……」
「違います、後日返事をするのはイヤです! 今言わせてください! あの、私、やります!! よろしくお願いします!」
見切り発車でもいい。ここで逃げるのは違う気がする。
真っ直ぐに彼らの目を見て、そう宣言した。
***
冒険者たちに依頼を斡旋する、ギルド。
剣と魔法が強大な力を誇るこのアビラーン王国において、なくてはならない施設のひとつである。
そんなギルドでぼんやり受付係をしていた私が……推しのパーティに参加することになった。
——これが、初めから望んでいたこと?
——たぶん違う。
でも、それでいい。こうなったら、とことん本気でやってやる。
私が、この人たちのいちばんのファンだ。
その自信だけはあった。
信じられないくらいいい景色を、この人たちに見せたい。
一緒に、見たい。
私たちになら、できる。
これは、私たち4人が、世界一のパーティを目指す物語である。
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