【1-4】秘密のノート
「怖くて震えてるんじゃねえか?」
「かわいそうだからやめてやれよ! ブハハハハハ!」
荒くれ者たちに絡まれる、ワッタたち。
やかましく罵り合う、いつもの彼らとは別人のようだった。
3人はただ黙って、何かに耐えるように一点を見つめていた。
弱小パーティである彼らがこうやって嘲笑の的になるのは、日常茶飯事だった。
私はそのたびに、胸が押しつぶされそうになる。
——こんなの、見てられない。
「やだ、また揉めてる。あの人たちも黙ってないで、言い返せばいいのにね? やっぱ強い冒険者には逆らえないってことか」
隣に座るリヤンちゃんが言う。
(いや、違う。ワッタたちだって、ちゃんと考えがあって黙ってるんだよ)
私は心の中で反論した。
思い浮かんだのは、去年の『週刊ブレイブ』に掲載されていた、とあるインタビュー記事だった。ブレイブは、活躍した冒険者の特集やスキャンダル記事、ギルドでのお役立ち情報といった雑多な情報が載る週刊誌だ。
【まだ諦めない! “中堅ルーキー”たちの夢!?】
と題されたその記事には、ワッタ、ポトモ、ダークリの3人のインタビューが掲載されていた。普通なら読み飛ばしてしまうほどの、小さな小さな記事だ。
もちろん私は発売日に買いに行ったし、自宅にはいまだに大事に保管されている。
“読む用”と“保存用”、“なにかあったとき用”の3冊。
中堅ルーキーなんて言われて、正直ナメられてるとも取れる記事だけど、3人はきちんと受け答えをしていた。
一緒に載っていた写真を見てみると、ワッタはちゃっかり、“勝負服”ならぬ“勝負装備”を身に付けている。
さらによく見るとポトモはバチバチのキメ顔をしているし、そういうことに無頓着そうなダークリでさえ、いつもの寝癖ヘアは綺麗に整えられていた。
(初めての取材で、気合い入ってたんだろうなぁ)
その写真を思い出すだけで、今でもニヤニヤしてしまう。
“ギルド内のくだらん揉め事には、関わらないようにしている。俺たちは、俺たちの仕事をやるだけだ”
インタビューの中で、ポトモはそう語っていた。
そう、無駄な揉め事には首を突っ込まないのが、彼らの流儀なのだ。
取材には張り切ってオシャレして来るクセに、仕事に関しては硬派。そういうアンバランスなところも、彼らを推せる理由だった。
そのインタビューの記事は、何度も読んだせいで一言一句記憶している。
***
「それ以上スカしてやがるんなら、コイツでわからせてやろうか? あぁ?」
痺れを切らしたチンピラ冒険者が、腰に差した剣に手をかける。
ギルド内に、一気に緊張が走った——。
「ちょっと! そこまでですよ!!」
一触即発の空気を察したギルドの男性スタッフが、大声で割って入ってきた。
「チッ……雑魚のくせにイキがりやがってよ。二度と顔見せんなよ?」
チンピラは捨て台詞を吐いて、仕方なく引き下がる。
ギルド内での問題行動は“ランク”の査定にも響くから、運営側が出てきた時点でそうするしかないのだ。
こうしてなんとか、今回は大事にならずに済んだ——けど、私は彼らがあんなチンピラにバカにされてるのが、悔しくてたまらなかった。
ずっと力を入れていたせいか、手のひらには食い込んだ爪の痕がくっきりと残っていた。
***
「お疲れ様でしたー!」
終業後、いそいそとデートの準備をするリアンちゃんを尻目に、私はひとりで帰路についた。
このまま誰もいない部屋に帰るのも癪だから、途中でリアンちゃんが言っていたケーキを買って帰ることにした。
店はそれなりに行列ができていたけど、テイクアウトならあんまり並ばずに手にいれることができた。
「ただいまー……」
街のはずれにあるひとり暮らしの部屋のドアを開けて、ポツリと呟く。
誰が返事をしてくれるワケでもなかった。
両親が生きていたころの名残り——我ながら悲しい習慣だ。
簡単なものを作って夕食を済ませると、ようやく自分だけの自由時間がやってくる。
買ってきたケーキをつまみながら、棚の奥にしまってあった“秘密のノート”を広げた。
びっしりと紙面を埋めているのは、私がずっと書き溜めている小説だ。
誠実だけど天然な格闘家と、俺様キャラのヒーラーと、優しい脳筋データキャラ……個性豊かなデコボコ3人組が絆を深めながら、世界一のパーティを目指す冒険小説。
言うまでもなく、モデルになっているのはワッタたちだ。彼らと出会った直後から書き始めたシリーズだった。
昔から、物語を読むのが好きだった。
いつかは小説家になるんだ、なんて夢を見ていたころもあった。
安定を選びギルドに就職した今の私にとって、誰に見せるでもない小説を書き進めているこの時間こそが、いちばん自由でいられる至福の時間だった。
“おともだち作戦”
これが、ワッタたちの得意技だった。
もちろん、私の頭の中だけのフィクションだけど。
おともだち作戦にはABCD……と色々なバリエーションがあって、どれも3人のコンビネーションがモノを言う必殺技だった。
あえてダサい技名なところも、気に入っていた。
硬派な彼らがこんなかわいい作戦名でモンスターを倒すっていうところが、なんかアツいのだ。
「みんな! おともだち作戦Cだ!!」
ワッタの掛け声で、3人のコンビネーションが発揮される。
「おいワッタ、技名変えようぜ?」
「別にいいじゃないか。俺は案外、気に入ってるけどな」
「フン、くだらん……」
みたいなやり取りも、いつもの定番。
繰り返すけど、全部私の妄想だ。
たとえ結果が出なくても、好きなことを貫いて生きる3人。
彼らは私にとって憧れのヒーロだった。
そんな彼らの物語を書いていると、自分までも強くなれるような気がした。
***
(明日も仕事だし、早く寝ないと……)
小説の続きはほどほどにして、布団に潜り込む。
明日の出勤が、自分の運命を大きく変えることになるなんて知るはずもなく……私は深い眠りのなかに落ちて行った——