表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/28

【1-4】秘密のノート

「怖くて震えてるんじゃねえか?」


「かわいそうだからやめてやれよ! ブハハハハハ!」


荒くれ者たちに絡まれる、ワッタたち。

やかましく罵り合う、いつもの彼らとは別人のようだった。


3人はただ黙って、何かに耐えるように一点を見つめていた。

弱小パーティである彼らがこうやって嘲笑の的になるのは、日常茶飯事だった。

私はそのたびに、胸が押しつぶされそうになる。


——こんなの、見てられない。


「やだ、また揉めてる。あの人たちも黙ってないで、言い返せばいいのにね? やっぱ強い冒険者には逆らえないってことか」


隣に座るリヤンちゃんが言う。


(いや、違う。ワッタたちだって、ちゃんと考えがあって黙ってるんだよ)


私は心の中で反論した。



思い浮かんだのは、去年の『週刊ブレイブ』に掲載されていた、とあるインタビュー記事だった。ブレイブは、活躍した冒険者の特集やスキャンダル記事、ギルドでのお役立ち情報といった雑多な情報が載る週刊誌だ。


【まだ諦めない! “中堅ルーキー”たちの夢!?】


と題されたその記事には、ワッタ、ポトモ、ダークリの3人のインタビューが掲載されていた。普通なら読み飛ばしてしまうほどの、小さな小さな記事だ。

もちろん私は発売日に買いに行ったし、自宅にはいまだに大事に保管されている。

“読む用”と“保存用”、“なにかあったとき用”の3冊。


中堅ルーキーなんて言われて、正直ナメられてるとも取れる記事だけど、3人はきちんと受け答えをしていた。

一緒に載っていた写真を見てみると、ワッタはちゃっかり、“勝負服”ならぬ“勝負装備”を身に付けている。

さらによく見るとポトモはバチバチのキメ顔をしているし、そういうことに無頓着そうなダークリでさえ、いつもの寝癖ヘアは綺麗に整えられていた。


(初めての取材で、気合い入ってたんだろうなぁ)


その写真を思い出すだけで、今でもニヤニヤしてしまう。



“ギルド内のくだらん揉め事には、関わらないようにしている。俺たちは、俺たちの仕事をやるだけだ”



インタビューの中で、ポトモはそう語っていた。

そう、無駄な揉め事には首を突っ込まないのが、彼らの流儀なのだ。

取材には張り切ってオシャレして来るクセに、仕事に関しては硬派。そういうアンバランスなところも、彼らを推せる理由だった。


そのインタビューの記事は、何度も読んだせいで一言一句記憶している。



***



「それ以上スカしてやがるんなら、コイツでわからせてやろうか? あぁ?」


痺れを切らしたチンピラ冒険者が、腰に差した剣に手をかける。

ギルド内に、一気に緊張が走った——。


「ちょっと! そこまでですよ!!」


一触即発の空気を察したギルドの男性スタッフが、大声で割って入ってきた。


「チッ……雑魚のくせにイキがりやがってよ。二度と顔見せんなよ?」


チンピラは捨て台詞を吐いて、仕方なく引き下がる。

ギルド内での問題行動は“ランク”の査定にも響くから、運営側が出てきた時点でそうするしかないのだ。


こうしてなんとか、今回は大事にならずに済んだ——けど、私は彼らがあんなチンピラにバカにされてるのが、悔しくてたまらなかった。

ずっと力を入れていたせいか、手のひらには食い込んだ爪の痕がくっきりと残っていた。



***



「お疲れ様でしたー!」


終業後、いそいそとデートの準備をするリアンちゃんを尻目に、私はひとりで帰路についた。

このまま誰もいない部屋に帰るのも癪だから、途中でリアンちゃんが言っていたケーキを買って帰ることにした。

店はそれなりに行列ができていたけど、テイクアウトならあんまり並ばずに手にいれることができた。


「ただいまー……」


街のはずれにあるひとり暮らしの部屋のドアを開けて、ポツリと呟く。

誰が返事をしてくれるワケでもなかった。

両親が生きていたころの名残り——我ながら悲しい習慣だ。


簡単なものを作って夕食を済ませると、ようやく自分だけの自由時間がやってくる。

買ってきたケーキをつまみながら、棚の奥にしまってあった“秘密のノート”を広げた。

びっしりと紙面を埋めているのは、私がずっと書き溜めている小説だ。


誠実だけど天然な格闘家と、俺様キャラのヒーラーと、優しい脳筋データキャラ……個性豊かなデコボコ3人組が絆を深めながら、世界一のパーティを目指す冒険小説。

言うまでもなく、モデルになっているのはワッタたちだ。彼らと出会った直後から書き始めたシリーズだった。


昔から、物語を読むのが好きだった。

いつかは小説家になるんだ、なんて夢を見ていたころもあった。

安定を選びギルドに就職した今の私にとって、誰に見せるでもない小説を書き進めているこの時間こそが、いちばん自由でいられる至福の時間だった。



“おともだち作戦”



これが、ワッタたちの得意技だった。

もちろん、私の頭の中だけのフィクションだけど。

おともだち作戦にはABCD……と色々なバリエーションがあって、どれも3人のコンビネーションがモノを言う必殺技だった。

あえてダサい技名なところも、気に入っていた。

硬派な彼らがこんなかわいい作戦名でモンスターを倒すっていうところが、なんかアツいのだ。


「みんな! おともだち作戦Cだ!!」


ワッタの掛け声で、3人のコンビネーションが発揮される。


「おいワッタ、技名変えようぜ?」

「別にいいじゃないか。俺は案外、気に入ってるけどな」

「フン、くだらん……」


みたいなやり取りも、いつもの定番。

繰り返すけど、全部私の妄想だ。



たとえ結果が出なくても、好きなことを貫いて生きる3人。

彼らは私にとって憧れのヒーロだった。

そんな彼らの物語を書いていると、自分までも強くなれるような気がした。



***



(明日も仕事だし、早く寝ないと……)

小説の続きはほどほどにして、布団に潜り込む。


明日の出勤が、自分の運命を大きく変えることになるなんて知るはずもなく……私は深い眠りのなかに落ちて行った——

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ