【1-3】は? 推せるんだが?
「コイツはなかなか家から出て来なかった。しばらく待って、やっと出てきたかと思えば、いつもと様子が違うんだ。その時点で俺は、嫌な予感がしたね」
「様子……ですか?」
「新しい鎧をおろしてきたんだよ」
ニヤニヤを堪えきれない様子で、ダークリが会話に入ってきた。
「久々に遠出するクエストだったからよ、気合入ってたんだろうなぁ」
ワッタの方に目をやると、さっきより10倍は赤い顔で下を向いていた。
部屋に入ってきたときの、屈強で誠実そうな彼の雰囲気はもはや皆無だった。
新しく買ったものを早く身に付けたいって気持ちは全然理解できるけど……たしかに、ワッタがそういうタイプなのは意外だ。
「ヒカリダケが出る“緑青の森”は、アンタも知っての通りかなり暖かい。俺もダークリも軽装だったし、コイツも当然そうだと思っていたが、よりによって鎧……しかも変な装飾までジャラジャラ付けて……」
「べっ、別にいいだろう! ほら、道中でモンスターと出くわす可能性だって……」
「あのクソ平和な森でか?」
「う……」
反論を試みたワッタだったが、一瞬でポトモに論破されてしまった。
「仕方なく俺ら3人で街を出たが、森に入って少し歩いたところでコイツが……」
「ワッタさんが、どうしたんですか?」
私の問いかけに、ワッタが仕方ないといった表情で答えた。
「……暑すぎて、動けなくなりました」
一瞬の静寂——そして。
「ブハハハハハハッ!」
とうとう耐えきれず、ダークリが笑い出した。
ポトモの方も、顔は隠していたが笑っているのは明らかだ。
「おい笑うなよ! 大体ポトモ、方向音痴のお前が道に迷ったのも、クエスト失敗の原因のひとつじゃないのか!!」
「な……なんだと、お前が脱いだ鎧が重くて気が散っただけだ!」
ポトモも少し痛いところを突かれたのか、ムキになって反論した。
そんな2人を見て、ダークリがさらに大きく笑う。
私は思った。
——は??? 可愛すぎるんだが??????
まず、わざわざ家の前まで迎えに行く必要ある? 仲良しすぎかよ??
そんで買ったばかりの鎧を我慢できずに着てきて、暑くて動けなくなった?
しかも今、さりげなく、脱いだ鎧をポトモが持ってあげたみたいな発言があったよな? 結局最後は優しいってか? 文句は言いながらも見捨てない? これが幼馴染の絆ですってか???
荒ぶる感情を抑え込みながら、なんとか無表情を崩さないように必死だった。
「……それで、クエストは時間切れで失敗扱いになった、と」
「ええ。私みたいな格闘家は身体が資本ですから、ポトモの回復魔法でなんとか助けてもらいましたが……お恥ずかしい話ですまない」
待って待ってしんどい。
今、なんて言った? 「私みたいな格闘家」?
まさかこの人、泥臭い肉弾戦タイプってこと? じゃあなんで腰に剣なんか差してんの???
しかもポトモの回復魔法って……この人、回復要員ってこと?
さっきから“尖った天才”感、出してたよね?
もっと接近戦で華麗に戦うタイプじゃないの?
ヒーラーって、か細い女の子とかお爺ちゃんがやるイメージだったけど……?
「今の話だと……ワッタさんが格闘家で、ポトモさんがヒーラーを担当しているということですか?」
「はい! ポトモの魔法はまだまだ練習中ですが、コイツはきっと上手くなりますよ!!」
「偉そうに言うな……」
照れくさいのか、ポトモの声が心なしか小さくなる。
「ではちなみに……ダークリさんの職業は?」
「俺は基本的に、情報を集めて分析するのが専門だな」
いやいやいやいや。
ムキムキのダークリがデータキャラ???
そんなわけないだろ。
死ぬほど筋肉のムダ使いじゃん。
「それでは戦闘の方は……?」
「あんまり得意じゃねえな。たまに参加したとしても、遠距離が多い」
ダメだ。
まるで理解ができない。どんだけチグハグなチームなんだ。
でもそれと同時に、なんで強そうなこの人たちが“万年Cクラス”なのかも理解できた。適材適所——自分にどんな役割・ジョブが向いているのかを、まるでわかっていないんだ。
だけどそれなら——と、私は思い当たる。
上手く役割分担さえできれば、このパーティはもっと活躍できるんじゃないか?
この仕事に就いてはじめて、自分がちゃんと役に立てそうな気がした。
***
「あの、正直に申し上げます……!」
心を決めて、彼らに意見することにした。
不器用なこの人たちの、力になりたい。研修期間の身でおこがましいかもしれないけど、いつしかそんな感情が抑えられなくなっていた。
「みなさんのジョブですが……明らかにチグハグだと思います。もっとそれぞれに向いている役割があるはずですし、ご自身でもそれがわかっているはずです それでも今のジョブを選んでいるのは……一体なぜですか?」
「それはまあ……」
返ってきたのは、拍子抜けするほどシンプルな答えだった。
3人は口を揃えて言った。
「それが一番好きだから」
完全に心を打ち抜かれた。
鎧の件でだいぶ“もらって”はいたけど、これがトドメになった。
なんなの、この人たち。眩しすぎる。
「これが向いてそう」じゃなくて、「これがやりたい!」でジョブを選んでるってこと?
そのせいで、全然上手くいってないのに?
そんなの不器用すぎる——でも、とんでもなくカッコいい。
誰もができることじゃない。
私にもかつて大好きなことがあったし、それで食べていくのが夢だった。
だけど現実は厳しい。
両親が死んで、自分もそれなりに年齢を重ねて……夢ばっかり語ってられなくなった私は、このギルドに就職した。「好き」より「安定」を取った。
後悔が無いと言えば嘘になるけど、別に間違った選択だったとは思ってない。
それをこの人たちは……いまだに「好き」一本で仕事をしている。
Cランク冒険者だから良い生活はできていないだろうし、年齢もきっと私より上だ。
それでも悲壮感がなく、むしろ輝いて見えるのは、きっと毎日好きなことをやっているからだ。
——この人たちを応援したい。
明確にそう思った。
彼らに影響されて、もう一度自分の夢を追いかけようと思うほど、もう若くはなかった。
それならせめて、この人たちの力になりたい。
その日から、ワッタ、ポトモ、ダークリの3人は私の“最推し”であり、生きがいになった。
っていうかなんなら、成功すら絶対条件ではない。
勝手な話だが、ただ彼らがそこに存在してくれさえすれば、私は幸せだった。
本当に心の底から、そう思っていた。
もちろん、そのことを本人たちに直接言いはしなかった。
「邪魔をしたくない」とか、そんなカッコいい理由じゃない。
不器用な彼らをただ見ていたい、遠くから応援していたいと心から思ったからだ。
推し、なんて言葉を使っているけれど、結局は私のエゴだと言われればそれまでかもしれない。
結局アドバイザー期間は、できるだけ自分の存在を消し、最小限で終わらせた。
私みたいな人間が崇高な彼らの網膜に映るのは申し訳ないし、ちょっとでも脳の容量を割いて欲しくない——でも喋ってくれるのはさすがに嬉しい——みたいな、ワケのわからん気持ちで張り裂けそうだった。
今は私のことも、「昔喋ったことがある」くらいの感じで上手く忘れてくれているはずだ。
***
「おいお前ら、いつまでもシカトこいてんじゃねえぞ!」
怒号が聞こえて、一気に現実に引き戻される。
ワッタたちのパーティが、いつものように荒くれ者たちに絡まれているところだった。