【4-2】森の入り口で
「一体どこに向かうんですか?」
ずんずん先を歩いていくポトモの背中に、私は問いかける。
「迷いの森だ」
「えっ……本気ですか!?」
迷いの森と言えば、危険なモンスターが多数出現することで知られる、超危険地帯だ。
勇敢にも足を踏み入れ、そのまま帰ってこなかった冒険者の話を、何度も聞いたことがある。
——そんな森に行こうとするなんて……魔法を教えてくれるのは嬉しいけど、さすがに身体を張ってくれすぎじゃない?
「大丈夫だ。行くのは森の入り口付近だけだからな」
「そこに……何があるんですか?」
「行けばわかる」
いつも通り、多くは語らないポトモ。
だけどその背中には、不思議と安心感があった。
***
ようやくたどり着いた、迷いの森。
空は明るいのに、森の入り口はやけに暗くて——まるで巨大な怪物が、大きな口を広げているようにも見えた。
“モンスター出現注意!”
と書いてあるボロボロの看板が、風に揺れる。
「さて、今日はどんなものか……」
ポトモは注意深く周囲を確認しながら、森の入り口付近を歩き回った。
何かを探しているみたいだ。
「……いたな。よし、もう大丈夫だ」
語りかけるように小さく言うと、いきなり足元の茂みを漁り始めるポトモ。
「ちょっと! なにしてるんですか?」
「静かにしろ! ほら、コイツだ……」
ポトモは茂みから、両手で何かを拾い上げた——ウサギだ。
怯えているのか小刻みに震えて、前足にはひどい怪我をしている。
「こ、これって……」
「森の中でモンスターに襲われて、ここまで逃げて来たんだ。きっと、出口を探してたんだろう」
「なるほど、それでこの場所を……。よく怪我をした動物が見つかるんですか?」
「ああ、かなりの頻度でな」
「すごく詳しいんですね。毎日のように来てないと、そんなの分かりっこないのに」
「……たまに。気が向いた時だけだ」
***
「よく見ておけよ」
弱ったウサギを、地面に横たえるポトモ。
「今日のところは初心者向けに、魔法陣を書いてやる。上達すれば、呪文の詠唱だけで魔法は使えるんだがな」
拾った木の枝で、丁寧に描かれていく魔法陣。
長い黒髪が、ポトモの美しい横顔に垂れる。
「先日のヤキーヌさんも、魔法陣は書いてませんでした。それであんなに強力な魔法が使えるなんて……すごい」
「あの男の熟練度は、段違いだ。そもそもエルフは、魔法が得意な種族という面もあるがな……ん?」
書き進められていた魔法陣が、一瞬、ピタリと止まった。
「……おい」
「……はい?」
「今のは、俺への嫌味か?」
「いやいやいやいやっ! まさか、そんなワケないじゃないですか!」
ヤキーヌの話をしながら、嫌味に聞こえたかも……と思っていたところだった。
ポトモはそういうとこ、意外と繊細だ。
「よし、できたぞ」
綺麗に描かれた、ポトモの魔法陣。
初心者の私から見ても、かなり美しく丁寧な部類であることは明らかだった。
「あとは、呪文の詠唱ですか?」
「ああ。意識を集中して、手のひらに“魔力”を集める……」
——ボウン
ポトモの右手に緑色の光が宿る……のと同時に、私たちの視界は突然、濃い影に覆われた。
目の前に夢中になっていた私たちは、気づくことができなかったのだ。
自分たちの背後に、脅威が迫っていたことに。
嫌な予感がして、私とポトモはゆっくりと顔を上げる……。
そこにいたのは——鋭い牙をむき出しにした、超巨大な“蛇”だった。