【2-12】悪者
【オーナーである“シイ氏”は、当店舗の売上金を不正に流用している】
店頭に貼り出されていたのは、新オーナーを告発する文章だった。
「おいおい本当か?」
「すぐに報告だ!」
「俺は前から怪しいと思っていたんだ」
集まった野次馬たちは口々に意見を出し合い、店の前は騒然となっていた。
「みなさん、落ち着いてください! 従業員はすみやかに店内へ。話し合いを行います!」
責任者であるヤマニさんは大声で呼びかけ、私たちを店の中に誘導する。
「どういうことでしょうか? 卵の告発をしようっていうタイミングで……?」
「ああ、偶然にしては出来すぎてるな。ひとまず会議に参加して、様子を窺うしかないだろう」
冷静な判断をするポトモ。
たしかに彼の言う通り、偶然と言い切るには怪しいタイミングだ。私たち4人はモヤモヤした疑問を抱えたまま、ヤマニさんに従って店内へと入って行った。
***
「大変なことになりました……! みなさん、告発文を貼り出した者に心当たりはありますか?」
ヤマニさんの問いかけに、店内の空気がピンと張り詰める。
調理場に集められた私たちは視線を泳がせ、“犯人”は名乗り出るのを待った——だけど、当然手を挙げる人なんか現れっこない。
オーナーのシイさんは不機嫌そうな表情を崩さず、まったく口を開く様子もなかった。
「……ウチに恨みを持ってるやつの仕業か?」
この状況に痺れを切らしたのか、従業員からぽつり、ぽつりと声が上がり始めた。
「そうだ、きっとライバル店の仕業だ」
「そもそもオーナー、あんた本当に金を使い込んでいるのか?」
「しっかり説明してもらわないと困る!」
「あんたのことは前から怪しいと思ってたんだ!」
告発に対する怒り——あるいは将来への不安からか、従業員たちの不満の声は堰を切ったように膨らんでいく。
「もし告発文の内容が本当なら、坊ちゃんの進退も……」
ガヤガヤと騒がしくなる店内で、ヤマニさんはそう呟いた。
***
「本当にそう思うか?」
騒然とする店内に鋭く響き渡ったのは、ポトモの声だった。
「……ポトモさん、どういうことですか?」
ヤマニさんはすかさず、その声に反応する。
「本当に、店を潰そうとしている人間の仕業だと思うのか? と聞いているんだ。その考え方が“逆”だとしたら……どうだ?」
「いったい……どういう意味でしょう?」
「つまり……邪魔者のオーナーを追い出して、店をさらに拡大させようと目論んでいるヤツがいるんじゃないか? ってことだ。オーナーはそいつの計算通り、悪者に仕立て上げられた」
「それはあり得ませんよ! 店は拡大せず、この場所だけで細々と続けていく……というのが、先代の意向ですから」
誰よりもお店のことを知っているヤマニさんが、ポトモに反論した。
先代はこの街で生まれ育ち、この街を愛していた——だからこそ、この街に恩返しをしたい。この街に根を張って、ささやかなお菓子店を続けたい。
店で働いていれば、誰でも耳にしているはずの話だ。
だけどポトモはなお、話を止めることはなかった。
「常連客の知り合いが、事業開発を手掛けているらしいんだが……開発計画のひとつに、この店舗が挙がっているんだと。給仕係をやっていると、そういうウワサはひっきりなしに入ってくるんだよ」
「そ……そんなの、根も葉もないウワサですよ」
大粒の汗をハンカチで拭いながら、ヤマニさんが言い返す。
「まぁ落ち着いてくれヤマニさん。たしかに、アンタが焦るのはわかる。仮にオーナーが降ろされたとして……次にこの店で主導権を握り、好き放題できるのは誰か——少し考えれば、わかることだからな」