【2-10】絶体絶命
「ダークリ、こんなところで何をしている?」
倉庫の鍵に気付き、手詰まり状態にあるダークリの前に立っていたのは、料理長だった。
「ああ……料理長、お疲れ様です。実は材料が足りなくなっちまって、それで——」
「言い訳はいい。倉庫に何の用だ?」
料理長の射るような視線の前で、ダークリは半ば諦めかけていた。正直にすべて言ってしまうか、あるいは力づくで実力行使に出るか——
「今朝、倉庫に新しく鍵を付けることになったんだ。数日前に従業員が材料を持ち逃げした事件があったろ? あれを受けて、ヤマニさんが準備してくれたんだよ」
なんてタイミングが悪いんだ……心の中で、自分たちの不運を嘆いた。
数日前、持ち逃げ事件があったのは事実だ。犯人はそのまま逃げてしまったが……少し考えれば、鍵が取り付けられることくらい予想はできたはずだ。
しかし、いまさらそのことを悔いても仕方がなかった。
「お前もしかして、何か良くないことを企んでいるのか?」
「すみませんでした! 料理長、実は俺がここへ来たのは——」
ダークリがすべてを白状しようとしたそのとき、料理長はそれを遮って話を続けた。
「ダークリ……お前がここへ来て、少し経つな。ウチのお菓子は好きか?」
「えっ、ええ……料理長の仕事、尊敬してます」
「……そうか。お前は覚えも早いしスジもいい。そのうち、道具入れの底に倉庫の鍵を隠してあるってことも、お前には教えてやろうと思ってるんだ。もう少し仕事を覚えたらな」
「……へ?」
「おっと、要らないことを喋りすぎたか? 俺は仕事に戻る。お前も休憩が終わったら、すぐに戻ってこいよ。じゃあ」
料理長はそう言うと、にやりと笑って調理場の方へ帰って行った。
(なんだ? 料理長はなんで俺に……?)
ダークリは再び、倉庫の前にひとり取り残された。
***
(どうしよう……料理長、戻って行っちゃった)
ワッタはせめてヤマニさんだけでも引き留めておこうと、私の隣で懸命におしゃべりを続けてくれていた。
優しいヤマニさんは自分から会話を終わらせることもできず、ハンカチで頻りに汗を拭いながら受け答えをしている。
内心、仕事に戻りたくて焦っているんだろう。
そろそろマジで申し訳なくなってきた。
ダークリは間に合わなかったのか、最悪の場合、料理長に見つかってしまったってこともありえる。
そうなるとこの作戦は絶望的だ。また別の方法を考えないと……。
そんなことを考えながら、私はチラチラと調理場の方に視線を送っていた。
(あっ……!)
次の瞬間、調理場に戻ってきたダークリの姿が見えた。
こちらに向けて、大きな丸印を作ってアピールしている。作戦成功の合図だ。
ワッタもそれに気づいたのか、早速ヤマニさんとの会話を切り上げにかかった。
「いやはや。長いこと引き留めてしまって申し訳ない。私たちもそろそろ失礼しますよ」
「とんでもございません。また、いつでもいらしてください」
ヤマニさんは深々と頭を下げて、私たちのもとを去って行った。
「……上手くいったんでしょうか?」
「そのようですね。ダークリはやる男ですから……!」
私たちは準備をして、ひと足先に店をあとにした。
あとは今夜、みんなで集合して報告を待つだけだ——
***
「告発通り、卵はニセモノだったよ」
ダークリは倉庫から拝借してきた卵を取り出し、私たちに見えるようにテーブルに置いた。
「見た目では、あんまりわかりませんね」
「見た目どころか、味もそっくりだよ。でも、ドラゴンの卵よりは何倍も安い粗悪品だ。食べる人が食べたら、おかしいって気がつくだろうな」
「それなら、常連が不審がっていたのも理解できるな」
ポトモが、ダークリの意見に頷く。
「ともかく……」
私は立ち上がり、テーブルに置いてあるニセモノの卵を手に取った。
「明日、これをオーナーに突きつけて真実を話してもらいましょう。それで一件落着ですね」
「ああ、俺も最初はそう思っていたんだが……そう単純な話でもなさそうなんだ」
「どういうことですか?」
「いいか? 卵が保管してある倉庫なんだが——」
それからダークリが口にしたのは、予想もしなかった言葉だった。
もしそれが本当なら、このクエストは——
どちらにしても、明日すべてが解決するはずだ。
押し寄せる不安と緊張。
私が眠りにつくことができたのは、寝床に入ってかなり時間が経ってからのことだった。
***
次の朝。
最後の“出勤”の日。
店の前に行くと、何やら人だかりができているのが見えた。
従業員に加えて、一般のお客さんたちも集まってきてガヤガヤと騒いでいる。
(一体どうしたんだろう……?)
不審に思い急いで近づいてみる。
野次馬たちはみんな、店の入り口の方に視線を送っていた。
(何かを見ている……?)
人混みをかき分けて、なんとか前の方に移動する。
ようやく顔を出すと、店の入り口に張り紙がしてあるのが見えた。
(えっ、ウソでしょ?)
これでは、みんなが騒ぐのも無理はなかった。
張り紙には、こう記されていた。