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【2-8】沈黙のあとに

「夫婦役……ですか」


ワッタの表情が、少し曇ったように見えた。

部屋に気まずい沈黙が流れる。私はすぐに、自分が言ってしまったことを後悔した。


少しの間があったあと、最初に口を開いたのはポトモだった。


「いいだろう。それじゃあ俺とノカが変装をして……」


「いや」


ワッタが、ポトモの提案を遮る。


「飲食スペースには仲間がいてくれた方がいい。俺とノカが店に行くから、ポトモは上手く接客して、ヤマニさんと料理長に取り次いでくれ」


「……フン、いいだろう」


ポトモは、どこか不服そうな表情を浮かべる。

ワッタに意見されるのが気に入らなかったのか、もしかしたら、いいかげん常連マダムたちの相手をするのに嫌気が差していたのかもしれない。


「ではお前たちは、せいぜい仲良く楽しむんだな」


「そう妬くなよ、ポトモ!」


ダークリが、いつもの調子で絡む。


「俺たちも仲良く働くとしようぜ?」


「……別に妬いているわけではない」



「ワッタさん、私が相手で申し訳ないですけど……どうかよろしくお願いします」


「とんでもない! こちらこそ、よろしくお願いします」


そう言ってニコッと笑うワッタの笑顔に、私はいくらか救われた。


「ずいぶん嬉しそうじゃないか? ワッタ」


としつこく絡んでくるのは、ポトモだ。

クールなこの人が、ここまで食い下がるのは珍しいことだった。そんなに給仕係が嫌だったんだろうか? 損な役回りを押し付けているようで、申し訳ない気持ちになってきた。


「やけに絡むじゃないか、ポトモ。そんなに言うんだったら、代わってやってもいいぞ?」


ワッタは私から目を離し、ポトモの方へ向き直る。


(そんなに睨み合わないでよ……)


部屋の空気が、ピリピリと肌を刺すようだった。


「まぁまぁ、お二人さん……」


ダークリが宥めようとするのにも構わず、ポトモが突然大声を出した。



「勘違いするな! 俺は自分が向いていると思ったから申し出ただけだ。そうじゃなければ、誰が好き好んでこんな小娘と……!」



——こんな小娘

ポトモの言葉が、グサリと胸に刺さった。

彼が悪いわけじゃない。悪いのは、勝手に勘違いしてた私の方だ。

——みんなの優しさに甘えて私……調子に乗っちゃってたな

作戦のためとはいえ、夫婦役なんてロマンチックな設定に少しでもはしゃいでいた自分が、急に恥ずかしくなった。


「ごめんなさい、私っ……!」


メンバーに涙なんて見せるわけにはいかない。

私は顔を伏せながら部屋を飛び出した。



***



「ノカ、大丈夫か?」


外の空気を吸って少し落ち着いてきたころ、ダークリが私を呼びにきてくれた。


「ポトモは不器用なやつなんだ。悪気はない……俺がキツく言っておいたからよ、許してやってくれるか?」


「わかってます。私のほうこそ、取り乱してすみませんでした。ポトモさんが悪いなんて、ちっとも思っていません」


「そいつは良かった」


ダークリは、いつものように優しい笑顔をこぼす。


「ノカ、お前の作戦は完璧だと思うよ。みんなもそう言ってる。部屋に戻ってもう少し作戦を練ったら、さっそく明日にでも決行しようぜ」


「はい……ありがとうございます!」


部屋に戻っていくダークリの大きな背中に、私は大きな声で返事をした。



***



「……では、準備はいいですか?」


作戦決行、当日の朝。

ポトモとダークリの出勤を見送ったあと、私はワッタと2人きりで部屋にいた。


必死にかき集めた高価な(感じに見える)服に身を包み、付け髭やカツラも準備して変装はバッチリだ。

料理長には小言を言われたけど、店には適当な理由を付けて休暇の許しをもらっていた。


「お待たせしてすみません! 準備できました」


持てる知識を総動員して着飾ってはみたけど……“妻”としてこの人の横を歩いて恥ずかしくないビジュアルになっているかどうかは、はっきり言って自信がない。

でも、堂々とやりきるしかないんだ。


「それでは、行きましょうか」


部屋を出て、2人で通りを歩く。



***



「おっと、忘れていました。この方が夫婦っぽいですよね?」


しばらく歩いたあと——ワッタはそう言うと、私の方に腕を差し出してきた。


(待ってウソでしょ、腕を組め……ってこと?)


「あっ、えっと……そうですよね。では、失礼します」


私は差し出された腕に自分の腕を絡め、身体を密着させるようにした。

ワッタの筋肉質な腕——その体温が、こちらにも伝わってくるのがわかった。


(やばいやばいやばいやばい——こんなの意識してたら、頭回んないって……!)


「きっと大丈夫ですよ。俺から離れないで」


私の緊張を察知したのか、ワッタは優しく声をかけてくれた。


「はいっ……! 頑張ります!」


ワッタの腕をぎゅっと握りながら——私たち“夫婦”は再び、お菓子店の方へと歩き出した。

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