【2-5】潜入開始!
私たちが潜入する菓子店“ウロリン”は、ギルドのほど近くにある。
大きくはないが歴史を感じさせる店構えで、10名ほどの従業員が働く人気店だ。
事前に簡単な面接を受け、私たちは無事に採用されることができた。まだまだ無名のパーティだということも、上手く作用したのだろう。
まぁそれはそれで、ちょっと複雑だけど。
「ようこそウロリンへ! 今日からよろしくお願いしますね」
私たちを出迎えてくれたのは、店でも一番の古株のヤマニさんという人だった。
背は小さく、恰幅の良い白髪交じりの男性で、やさしい笑顔が印象的だ。創業した先代のオーナーとも、旧知の仲だという。
「それでは、こちらへ。まずは朝礼も兼ねて、みなさんに挨拶をしていただきましょう」
店内に入ると、甘いお菓子の香りにふわりと包まれた。
私は思わず深呼吸をしながら、周りを見渡す。歴史は感じるけど手入れは隅々まで行き届いていて、清潔感のあるお店だ。
「みなさん、おはようございます! 今日は新しいスタッフの方がいらしているので、ご紹介いたします。調理場のノカさんとダークリさん、給仕係のポトモさん、そしてオーナーである“シイ坊ちゃん”のお世話を担当されます、ワッタさんです」
「よろしくお願いします」
パチパチと拍手で出迎えられ、私たちは頭を下げる。
こんなに温かい職場で食品偽装が行われてるなんて、あんまり信じられないんだけど……。
「おぉ、アンタたちが新入りか。せいぜい頑張ってくれよ」
拍手の音を聞いたのか、店の2階から細身の青年が降りてきた。
彼が“シイ坊ちゃん”……つまり、二代目オーナーなのは明らかだった。
ボサボサの髪に着崩した服。歴史あるこの店でそんな振る舞いができるのは、オーナーしかいないだろう。
「オヤジさんが亡くなってから、荒れちゃってね。俺たちも、あのオーナーには手を焼いてるよ」
近くに立っていた店のスタッフが、私たちに小声で呟いた。
「アンタがお付きのワッタさんか。言っとくけど、俺の世話は大変よ? ほら、オーナーはあちこち飛び回って忙しいからね。まずは俺の部屋に朝食持って来て。大至急ね」
シイはワッタに向かってそう言うと、ふらふらと階段を上って自室に戻って行った。
——うわー。感じ悪っ
私は思わず腹が立ったが、ワッタは真面目な付き人らしく表情を崩さない。
「申し訳ございません。あとで、私の方からも注意しておきますから」
ヤマニさんは困ったように汗を拭きながら、ワッタに謝罪した。
***
ひと通り挨拶が済むと、店は開店準備で慌ただしくなった。
私とダークリは調理場で仕込み作業、ポトモは店内にある飲食スペースの掃除、そしてワッタは2階にあるオーナーの部屋へ消えていき、忙しく働いた。
「ふぅ……こりゃ思ったより大変だな!」
隣で作業をしていたダークリが、話しかけてきた。
「そうですね、こんなにハードな仕事だとは思ってませんでした」
「早いとこ証拠掴んで、おさらばしないとだな!」
「また適当なこと言って。昨日お酒飲み過ぎて、早く帰りたいだけなんじゃないですか?」
「ハハッ! 違ぇねえや」
「おい、そこ!!!」
2人でクスクス笑っていた私たちに、怒号が飛ぶ。
調理場のリーダー、いわゆる料理長だ。
「遊びのつもりなら帰っていいぞ。俺たちは、本気でお菓子と向き合ってるんだ」
「すっ、すみません!」
私は萎縮しまくって、小さな声で謝る。
「ひぃ、怖いねえ!」と、隣でおどけるダークリの図太さが羨ましく感じた。
道楽者の社長。
鬼のように厳しい料理長。
そして、食品偽装の疑惑——
ダークリの言う通りだ。
(こりゃ思ったより大変だな……)
私はひとりで、ボソッと呟いた。