【1-1】しがないギルドの受付係
冒険者たちに依頼を斡旋する、ギルド。
剣と魔法が強大な力を誇るこのアビラーン王国において、なくてはならない施設のひとつだ。
「いらっしゃいませ! 本日は、どのようなクエストをお探しですか?」
ギルドを訪れた冒険者に、受付係の明るい声が飛び交う。
ギルドの受付といえば、一般的には華やかなイメージを持たれている職業だと思う。
……しかし実際の仕事内容は、正直言って地味そのものだった。
大小様々なクエストの受理と手配、冒険者たちの管理、報酬の支払い手続き。
大変な割に褒められないし、ほとんど事務作業がメインの仕事である。
集まってくる冒険者たちと愛想良く会話をし、たまに食事に誘われたりなんかして……みたいなキラキラした出来事は、もうマジで、嫌になるくらいゼロだった。
「お姉さん、めっちゃタイプだわ! 今晩ヒマ?」
明るい声が聞こえて、顔を上げる。
そこに立っていたのは、このあたりでは割と有名な冒険者・ザノワーブだった。
そこそこ稼いでもいるし、そこそこ遊んでもいるBランク冒険者——手の届かないAランクやSランクよりも、むしろこういうタイプが一番モテるっていうのはあるあるだ。
もちろん彼は、私の方を見ているわけじゃない。
彼の視線の先には、私の隣で同じく受付作業をしていた、同期のリヤンちゃんがいた。
低身長巨乳のたぬき顔で、正直こんなところで働かなくてもいいくらい実家も太い。
リヤンちゃんはこの世の全てを持っていた。
……大人しく訂正しよう。
見た目が良い同僚たちはキラキラ交際もしてるみたいだけど、少なくとも私に関しては皆無。そう表現した方がより正確だ。カッコつけずに、最初からそう言うべきだった。
「わっ、私ですか? えっと……今日は何もないですけど……」
(いやウソつけ!)
上目遣いで答えるリヤンちゃんを見て、そう思わずにはいられなかった。わざわざスケジュールを確認するそぶりを見せてはいたが、今夜彼女に予定がないことはわかっていた。
というのも私はつい5分ほど前、
「今日ヒマだから、仕事終わったら公園前のケーキ食べに行かない? なんとかドラゴンの卵を使ってて、めっちゃ美味しいらしいんだよね!」
と誘われていたのだ。
「ごめん、ノカちゃん! 今日はそういうことになったから……!」
上手く約束を取り付けたらしいリアンちゃんは、申し訳ないんだか喜んでいるんだかわからない表情で私に謝ってきた。いや、後者の感情の方がデカいに決まってるか。
「了解、モテる女は忙しいね~」
「やめてよ、そんなことないってー!」
そんなこと、ある。
この子、先週は別の勇者とご飯に行っていた。
……まあいいや。
正直、ケーキはちょっと楽しみにしてたんだけどなー。
「でも今の人、割と遊び人だから気をつけなね?」
おせっかいだとは思いながらも、一応リアンちゃんに忠告はしておく。
「えっ、そうなの? まあ顔もカッコいいし、それもそうだよね……」
「そうだよ、知らなかった? ザノワーブなんかゴシップ製造機で有名なのに」
「ああ! どっかで見たことあると思ったら、あの人ザノワーブか! 元“ヴァリナイ”の」
そう、彼はもともと人気あるパーティの一員だった。
戦士、魔導士、格闘家……。
様々な得意分野を持つ冒険者は、ほとんどが数人のパーティを組んで活動している。
ザノワーブが所属していたパーティもそのひとつで、イケメン冒険者だけが集まって結成された人気グループだった。
当然たくさんファンも付いて、いつしか彼らは「勇敢な騎士団」なんて呼ばれるようになった。
リアンちゃんに声をかけたザノワーブは、そんな“ヴァリナイ”を女性関係のスキャンダルでクビになった、元メンバーというわけだ。
「やっぱりノカちゃんは詳しいなー!」
お世辞でもそう言ってもらえると、業界ウォッチャーとしては鼻が高い。
「もしかしてノカちゃんがいつも言ってる“推し”って、ヴァリナイのことなの?」
「ちょっとやめてよ! 私はもっと、硬派なパーティが好きなの!!」
「えー、じゃあ誰なの? いいかげん教えてよー!」
「ダメ! 私はギルド職員として、表向きには公平なスタンスを取ってるって言ってるでしょ?」
……っていうのは半分本気で、もう半分には他の理由がある。
ファンの端くれとして、私にも自分なりのルールってものがあった。
“私はあくまでただのファンで、推しに認知されるために応援してるワケじゃない”
これが、私のポリシーだ。
だから私は出しゃばらず、陰でひっそりと推していく。
そう決めていた。
「ノカちゃんのケチ! ヴァリナイ好きだと思ったのにぃ!」
ごめんねリアンちゃん、それは全く見当違いだ。
私の、私の本当の推しは……。
***
「見ろよ、落ちこぼれパーティのお出ましだぜ」
少し離れたところから、からかうような笑い声が聞こえた。
ギルドは集会場のような役割も兼ねており、冒険者たちのちょっとした溜まり場にもなっている。
注目の的になっているのは、ある3人組のパーティだった。
メンバー全員がCランク。それぞれの能力は悪くないのだが、もうひとつ伸び悩んでいる……正直、弱小パーティと言っていい。
彼らは度々、周囲の強豪パーティからバカにされていた。
(がんばれ……!)
受付カウンターの中で、私はぎゅっとこぶしを握りしめた。
(そんなチンピラ冒険者に負けないで……!)
勘の良い方ならすでにお気づきかと思うが……何を隠そう彼ら3人こそが、私にとっての“推し”であり、“生きる意味”と言ってもいい存在である。
彼らに誘われてパーティに加入することになり、さまざまな冒険や甘い恋心に振り回されることになるなんて——この時の私は、まだ知らずにいた。