あの海は不滅 1
主要登場人物
わたし(風月)……小学生の女の子。一人称はわたし・風月で、使う相手によって違う。
みえみえ(美絵子)……風月の同級生。メガネがトレードマークで無口。背が高い。友達っていうわけではない。
せんせい(吉川貴子)……新任教師でおっちょこちょい。あだ名は「かわ先生」
ママ(里奈)……結婚6年目の夫婦の妻。31歳。
パパ(吉継)……同。夫。32歳。部長代理昇進を企む。
たくや(卓也)……小学4年生の友達。公園で出会った。上の名前は知らない。
おじちゃんと、おばちゃんは、広島にいて、わたし——風月と、風月のママとパパは今、東京の、荻窪あたり(練馬っていうところらしい)にいます。
「ところらしい」っていうのは、わたしは引っ越してきて三日だから、まだここらへんのことが全くと言っていいほどわからない!
新幹線ではなく車で、次の家へ向かうとき、パパは運転席から、練馬区のことを少し教えてくれた。わたしが詳しく質問しようとして、ママに止められた。
「パパは運転中だから、それ以上は、よしなさい、ねえ、風月」
なんだよう、とわたしがむくれていると、助手席からママは、わたしの方をふりかえって、
「ねえお父さん、次のパーキングエリアに、よりましょうよ」とあまえた声を出した。
なんで、わたしに対しては中学の問題みたいな「〜なさい」なのに、パパに関しては小学一年生の問題みたいに「ましょう」なの?
(通常、違くない?)
と、一瞬わたしは思ったのだが、ママがまだこちらを見ていて、その目が「あんた欲ありすぎだわ〜」というふうに睨む目だったから、喉までせり上がっていた言葉は、引っこんでしまった。
「怖いんか、言葉。もっかい、出てこいや〜!」と思ったのだが、その後わたしはそのことについて、どうすればいいかまじめに考えこんでしまったので、我にかえった時はすっかり、もうそのことをママにいう勇気はなかった。
わたしが空を見つめていると、車はトンネルに入った。トンネルの左上の暖色灯を車が通過するたびにわたしは手をたたいた。
しばらくして、車はパーキングエリアに着いた。
*
とにかく、そんなことがあって、もうわたしはへとへとだ。それだのに、この蒸し暑い夏の土曜日に、理想のインドアを手に入れていたわたしに旅行という名前の魔の手がおそいかかってきたのだ。
「おい。この夏、おじちゃんとおばちゃんの家行くぞ」
愛想なく、ぶっきらぼうなパパの言葉。それが、はじま理。