第09話 突撃! 河辺の倉庫番
「ハローC級C級。シーちゃん周りに気付かれないように聞いて。いま風魔法で声を届けてるよ」
『クラムさん!?』
ウチの風魔法通信に、小声だけどビックリしたようにシーちゃんが返事。
うんうん、冒険者として非常事態に慌てる事無く対応できてるみたいだ。
そのまま続けてウチはシーちゃんに話す。
「いまクマキチに臭いを辿らせて追いかけてるから、安心して」
『わ、分かりましたわ』
「ちなみに周囲の様子は分かる? あ、周りの人間にバレないようにね」
『……見張りが三人、私を拉致したのと同じ人間ですわね。ここは多分ですけど川沿いの倉庫だと思いますわ。通気口らしき穴から水の流れる音がしますもの』
「オッケー」
そこまでやり取りしてから風魔法を切り、ギャリソンさんに顔を向ける。
あ、聴覚は繋げたままだよ。
「シーちゃんと話して向こうの状況が少し分かった。やっぱり川沿いの倉庫に閉じ込められてるみたい」
「という事は町の中心を流れる運河沿いですな、急ぎましょう!」
そう言って有能執事さんは、駆け足でビュッヘーの町の中心部を流れる川に向かって駆けて行った。
すぐに能力向上魔法をかけたウチに追い越されたけど。
結局クマキチの背中に乗ってもらった。
川の近くまで来てスピードを落として、捜索モードに気持ちを切り替える。
クマキチに再び臭いを嗅いでもらったり、周囲に怪しい人間がいないか様子を窺ったり。
そうしている間に、すぐに目的の倉庫は見つかった。
あからさまに怪しい連中が入り口に二、三人ボケっと突っ立ってたからだ。
他に人間がうろうろしてる建物は全く無かったしね。
「じゃあ正面突破でいくよ。男は戦々恐々、女は度胸だ!」
「わーっ! お、お待ちくださいクラム嬢!!」
手を掴まれて引き留められた。
さっきみたいに慌てた必死の顔で。
「お嬢様の居る場所が分からないうちに正面で騒ぎを起こしても、混乱するだけです!」
「そう? まぁだったら何処か忍び込める所を探すか~」
倉庫の周辺を、見張りに見つからないように歩き回って調べる。
まぁ元々、隠れ家として作った建物じゃないからすぐに忍び込めそうな隙間は見つかったけど。
「あそこの屋根と壁との隙間から中に入れそうだね。普段は野菜とかの生ものでも置いてる場所なのかな?」
「そんな所でしょうな。ではクラム嬢が潜入する隙を作るために私が騒ぎを起こしますか」
「いや〜、それこそちょっと待って。ウチがシーちゃんを見つけたら、合図に派手な花火を魔法で上げるから」
「なるほど脱出用の隙を作る訳ですな、了解です」
見つからないように、ウチは水魔法と風魔法の複合技で外見が透明に見えるようにする。
ギャリソンさんは感心したように、ウチが透明魔法で消えて行く光景を眺めながら言った。
「こうして自由自在に魔法を使う姿を見ると、やはりクラム嬢はエルフだったのだと実感しますな」
どういう意味だ。
……と言いたい気持ちをグッと堪えて倉庫へ向かった。
ウチは長生きエルフだから、大人の対応するんだもんね、ふふん(でもちょっと怒ってる)
*****
【ここから三人称シフォンヌ視点寄り】
シフォンヌが捕まってここに閉じ込められてから、どれぐらい経っただろうか?
相棒であり大切な友人でもあるクラムチャウダーの連絡もしばらく途絶えている。
シフォンヌはこの場に置いてあった木箱を椅子代わりに腰掛け、目だけを動かして周囲を探っていた。
先ほどクラムチャウダーに報告したように、見張りの男たちが三人。
それ以外には誰も居ない。気配も彼ら以外に感じない。
と、そのシフォンヌがいる部屋の中に、所作が貴族っぽい鎧をつけた男が入ってきた。
「ご機嫌よう、シフォンヌ・ベーグル・ターテロール殿」
男は優雅だが慇懃無礼な態度でシフォンヌに一礼。
その視線は明らかに彼女を見下し舐め切っている。
そのシフォンヌは、男の鎧のある一点に気がついた。
「その鎧の胸に付いている紋章は、やはりホン・オフェー伯爵の手の者ですわね。『真実の愛に目覚めた』伯爵の回し者が私に何の御用ですかしら?」
「なぁに婚約破棄はともかく、その婚約者に出奔されたというのはさすがに伯爵様の面子が立たないという事でしてね」
「それで私を探しまわっていたと? ご苦労ですこと」
「なぁにいくら出奔したといっても、今までの生活を捨てた者が、食い扶持を得る方法など限られている。シフォンヌ殿が思うほど手間はかかりませんでしたよ」
男は大袈裟に肩を竦め、両腕を広げてお道化たように続ける。
シフォンヌはその行動に、つい苛立ちを感じるが努めてそれを抑えた。
――私よりも身分が下のクセに、何だその態度は!
「なぁに訳ありの人間が行き着く先は、大抵は冒険者です。しかもどこかの貴族のご令嬢らしき女性。噂にならない方がおかしい」
男は顎に片手を当てながらニヤニヤと笑いながら、勝ち誇ったように話し続ける。
シフォンヌは食いしばった歯を剥き出しにしながら、威嚇するように男を睨みつけていた。
「なぁに、それに加えて大蛇退治の戦乙女の大活躍。見つけやすい行動をして頂いて有り難う御座います、お嬢様」
「はん、いくら言葉を並べた所で、あの殺人的な腋臭の伯爵の元へなんて帰りませんわ!」
「……我が主への侮辱は許さんぞ」
「何を言いますの!? あのエイの刺身を発酵させたような強烈なアンモニア臭! ほとんど生物兵器じゃないですの!」
「伯爵からは生きてさえいれば状態は問わないと言われているのだがな」
「なーにを気取って忠義心っぽい事を言ってますの? あの婚約破棄された夜会の時だって、貴方も鼻をつまみながら警護していたじゃありませんの!!」
周りの視線が騎士姿の男に集中した。
シフォンヌはさらに騎士の胸を指して続ける。
「だいたいその胸の紋章、取り外し式の鼻つまみ器具じゃないですの! 当の貴方たちが臭く感じているのに侮辱もクソもないですわ!」
「……もういい。お前ら、この女を好きにしろ。欲望の捌け口にしてマトモな人生を送れなくしてやれ」
騎士姿の男のその言葉によって、それまで白い視線を向けていた周りの男たちの視線が下卑たものに変わる。
そしてその視線が向けられる先も。
変更された視線の先に居るのは、当然のようにシフォンヌ。
「ちょっと、何を考えていますの貴方たち。いやよ来ないで」
しかし彼女の言葉に聞く耳を彼らが持つはずもなく。
シフォンヌを柄の悪い男たちが取り囲む。
そして――。
「ねえねえ、刷毛の口って言ってたけど何を塗るの?」
「何って、そりゃお前……って誰が言っぐぎゃっ!?」
突然、聞いたこともない少女の声が聞こえたかと思うと、男の一人が弾かれたように吹っ飛ばされた。
先ほどの騎士姿の男の言葉で、一瞬で雄の欲望に張ち切れんばかりになっていたこの場の人間は、また一瞬で驚愕に怯えた子羊のようになっていた。
「……クラムさん!?」
小声ながらも思わず鋭く口にしたシフォンヌ。
予想通り、先ほど聞こえた声が耳元で再び囁いた。
「やっほ〜シーちゃん。助けに来たよ〜」
同時にシフォンヌの目前に、この場にいる人間の輪のど真ん中に、まるで塗っていた絵の具が洗い流されるように、一人の少女の姿が現れた。
Vサインをしながら屈託のない笑顔を彼女に向ける、エルフの少女クラムチャウダーが。
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作者のモチベが爆上がりします!