第06話 食事後の腹ごなしは必須
ウチが空にした食器をゴトっと置く。
シーちゃんの眉がピクピクと動く。
ゴト。
ピクッ。
ゴト。
ピクピクッ。
ゴト。
「だぁ! いったいどこまで食べるんですのクラムさん!?」
ウチが空っぽにした十杯目の丼を重ねた時に、シーちゃんは叫びだした。
せっかくランチを奢ってくれるって言うから、いつものペースで食べてるだけなのに。
店に入って来たお客さんが、ウチらの様子を見てすぐに出て行く。
この店の料理、美味しかったから出て行っちゃダメだよ。
サラダも新鮮だったし、鶏肉とスライスした玉ねぎを溶き卵でとじた丼ものも絶品だったし。
とか喉元まで出かけたけど、その前に店の扉が閉まっちゃったから、シーちゃんに返事した。
「え、まだこんなの前菜にもなってないよ?」
「はあ? この丼ものを作ってる店主が、仕込んでた分を全部使ったから勘弁してくれ、ってさっき泣きついてきたんですのよ!?」
と、シーちゃんが指差した先を見たら、そこにはげっそりした表情のコックさん。
彼がコック兼店主だとしたら、ここはそんなに大きな店じゃないのかな。
少し悪いことしたかな、と思いつつ彼に頭を下げるも。
「人間って案外少食なんだね〜」
「クラムさんが食べ過ぎなのですわ!」
「エルフと人間、あんまり身体の大きさ変わらないのに、変だよね」
「エルフでもそんなに食べる方の話は聞いたことありませんわよ!?」
「あーそういえば昔、エルフの里の備蓄食を食べ過ぎてこっ酷く怒られた事があったっけ」
「やっぱりクラムさんが特別じゃないですの!」
その時ウチのお腹から、タイミングよくクゥ〜と音が鳴る。
うーん、やっぱり全然食べ足りないや。
ウチはシーちゃんに上目遣いで尋ねた。
「ねえシーちゃん。これでご飯お終いにしないと、ダメ?」
「あ……う……そ、それは……」
また丁度いいタイミングで再び、お腹の虫がクゥと鳴る。
おへその辺りを両手で押さえると、ウチはテーブルに突っ伏す。
なるべく弱々しい声で呟いた。
「お腹すいたな〜」
そこまで言って、チラ、とシーちゃんを見る。
赤い顔のまま口をへの字に曲げてプルプルしていた彼女。
口の端が持ち上がりそうになるのを必死に堪えてる。
「くっ……しょ、しょうがないですわね。も、もう一件行きますわよ」
「わーいシーちゃん大好き♡」
「ウフフッ可愛い……ゴホン……。そ、その代わり明日からのギルドの依頼、頑張って貰いますわよ!」
「おっけー!」
その後、五軒目の店を休業させた辺りでようやく治るお腹の虫。
隣のシーちゃんとギャリソンさんが、ご飯を食べた後なのにげっそりしていた。
クマキチは意外に少食だった。
*****
「……え〜、まだ見習い登録したての貴女がたではありますが、そちらのファイアベアを従えている実力を見込んで特別に今から依頼を頼みたいと思います」
昼食後に監視役の兵士さんに引き止められて、冒険者ギルドに顔を出すよう言い含められたウチら二人。
さっき冒険者の説明をしてくれたハイテンション受付お姉さんが、開口一番にそう宣言した。
なんだか額の辺りがピクピクしてる気がする。
そう、さっきのシーちゃんみたいに。
「これは緊急のクエストです。今からだと貴女たち二人に頼むしか人間がいないのです」
「ウチは人間じゃなくてエルフだけど?」
「揚げ足取りは結構。そしてこの依頼は、むしろ貴女が原因で発生したのですよ、クラムチャウダーさん」
ウチのツッコミをさらりと受け流した受付お姉さんは、鋭い目つきでそう返してきた。
その原因となる人物は、まさかまさかの。
「ウチ?」
「この町のあちこちの飲食店から苦情が来ているのですよ! どこかのエルフ……いえ、貴女が食材を食らい尽くしたせいで!」
「あらら」
「何を人ごとのように言ってるんですか! この町の食糧危機が見えているのですよ!?」
「はいはーい、了解でーす」
「『はい』は一回で!」
「はーい」
「それで狩ってきて欲しい獲物なのですが、一体どんな動物を……」
また脱線してしまったウチと受付お姉さんとの会話に割り込んでくれたシーちゃん。
やっぱり持つべきは冷静な相方。
相変わらず縦ロール髪が素敵だぜぃ。
「ん、ごほん。狩ってきて欲しい動物は、大ウサギ、大ネズミ、シカ、カモ、豚カエルなら何でも穫れるだけ取ってきてください」
「そんな程度で良いの? よーし、じゃあ今日中に狩り尽くしちゃおう!」
腕まくりをしてフンスと鼻息荒くしたウチを見て、受付お姉さんの額に冷や汗がタラリ。
人差し指を立ててそれを頭のコメカミ辺りにあてると、ウチを引き止めるように言った。
「……あー、やっぱり修正です。絶滅させない程度でお願いします」
「えー、そうなの? ちぇ、残念」
唇を尖らせて少し膨れっ面をしたウチ。
今度こそ受付お姉さんに背を向けてギルドの外へ歩き出した。
シーちゃんが慌てたようにウチへ声をかけてくる。
「ちょっとクラムさん!? あ、依頼了解です。行ってきますね。待って待ってクラムさーん!」
*****
「ここが教えてもらった狩場の森かぁ」
「思ったよりも距離がありましたわね」
「ここまでよく頑張られました、シフォンヌお嬢様」
「ガウ」
冒険者ギルドの受付お姉さんが教えてくれた、獲物の動物がたくさん居る森。
頻繁に冒険者や見習いが来るからか、入り口周辺は手入れが行き届いている。
割とはっきり草原と森の境界線が見て分かるようになっていた。
だけど。
「何かおかしいね」
森の中へと入って行く道の上、立ち止まったウチはシーちゃんとギャリソンさんへそう言った。
次に森の様子に気がついたクマキチが警戒と威嚇の唸り声をあげ始める。
そんなウチとクマキチの様子を見て、ようやく臨戦態勢に入ったギャリソンさん。
「森から物音が……しませんな」
「えっ!?」
あー、シーちゃんにはさすがに分かりにくかったかぁ。
でもギャリソンさんの言う通り、森の中からは小動物たちの活動する気配が全く感じられない。
いや、正確には「全く」聞こえないんじゃなくて。
「違うよ、全然音がしない訳じゃない。なんかズルズルって這いずる音が聞こえる」
「ええっ!?」
「何と!?」
「ガルルルゥ!」
ウチの言葉へ、シーちゃんギャリソンさんクマキチが三人三様にそう返事したのと同時に。
森の木々の間から巨大な頭がぬぅっと突き出てきた。
横方向にじゃない、縦に、森の梢の向こうからニョッキリと飛び出している。
「ヘビヘビヘビヘービ(声が聞こえると思ったら、なんだチビの人間か)」
ちょっとイラッとくる感じの高い声でヘビ語を話す、その頭。
そう、コイツは成長し過ぎて魔物になったヘビだ。
その胴体の太さは、大人の男二人が手を広げて両手を繋いだぐらいはあるように見える。
噂ではさらに成長すると竜族にもなるとか。
「喋ったですと!?」
「猫だって長生きしたら妖怪になるんだから、蛇だって言葉ぐらい使えるようになるよ」
驚くギャリソンさんへ冷静に解説。
まぁでも普通の蛇は鳴き声出さないから、そりゃビックリもするか。
シーちゃんも自前の細剣を手に構えて攻撃の構えを見せた。
「一対四とはいえこの巨体。油断は出来ませんわね」
「ん? 一体じゃないよ」
「え?」
剣先と視線を大蛇の頭に向けながら言ったシーちゃんの言葉を修正するウチ。
シーちゃんが驚いた表情をウチに向けるのと、梢の向こうに更に大蛇頭が追加で二つ突き出たのは同時だった。
「ハブハブハーブ(兄貴〜)」
「スーネスネスネ(何か居たんですかい?)」
森の木の上に突き出た三つの大蛇頭の目が一斉に光ってこちらを見つめた。
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