第02話 婚約破棄令嬢と一目惚れ
ウチが歩く街道の先に、女の人間が倒れていた。
うつ伏せだから性別の確証は無いけど。
金髪縦ロールで人間の貴族が使うような豪華な女物の服を着ているから、たぶん間違いない。
「大丈夫ですか〜? お〜い」
倒れている人のそばにしゃがむと、そこら辺に落ちてた木の枝で頭をツンツンと突つく。
背中がかすかに上下してるから、生きてるのは間違いないだろうけど。
と思ったら、いきなりガバっと起き上がって目の前の人間が叫ぶ。
あ、やっぱり女の子だった。
「だあ! 人の頭を、ウ◯コをツンツンするみたいに突くなぁ! ですわ!!」
「お嬢様、高貴な身分の人間が『ウ◯コ』などと叫んではいけません」
うわっとビックリした。
そばの林の中から渋い男の声がしたからだ。
そちらを見るといかにも有能そうな召使いの服装をした、グレイの髭を生やした男の人が現れる。
いかにもセバスチャンって名乗りそうな感じ。
「驚かせてしまって申し訳ありません、エルフのご令嬢。私の名前はギャリソン。そちらの方は私の主人、シフォンヌ・ベーグル・ターテロール様」
あらら残念、セバスチャンじゃなかったか。
しかしまだ若い(注:長生きなエルフによる感覚です)のに老けこんで、さぞかし苦労してるんだろうなぁ。
とか考えてたら、縦ロールお嬢様がテンションマックスのままで叫ぶ。
面白いからしばらく眺めてよっと。
「だあギャリソン! 勝手に私の紹介を始めるなぁ! ですわ!」
「しかしお嬢様、いくらなんでも『行き倒れた私を白馬の王子様に助けてもらって見初めてもらう』作戦は、あまりにも無理が……」
「お黙りなさい! いきなり伯爵に婚約破棄された私には、逆転して見返してやるにはこの方法しかございませんことよ! 昔に読んだ本の中にしょっちゅう出ていましたもの!」
「いえ、だからそれは作り話の小説によくある女性の願望の具現化であって、現実では――」
「お黙りお黙りお黙りッ! あの伯爵に目にモノ見せてやるのよ! なぁ〜にが『真実の愛に目覚めた』よ!!」
足をガニ股に広げて大地を踏みしめ握りこぶしを胸に、空へ向かって叫んだ人間の女の子。
名前はシフォンケーキって言ったっけ?
長いし面倒だし、シーちゃんで良いかな。
「そんな事よりシーちゃん」
「シーちゃんって誰の事を言ってるのかしら!?」
「いや、シフォなんとかって名前を言ってたから、縮めてシーちゃん」
「私の名前はシフォンヌ・ベーグル・ターテロール! ターテロール家の誇る天才少女ですわよ!」
ウチに向かって足を広げてガニ股で立ち腕組みをしながら、今度は自分で名乗りをあげる女の子。
やっぱり名前が長くて覚えるのが面倒くさいな。
「別に呼びやすいからシーちゃんで良いじゃん」
お、“ちゃん”と“じゃん”でちょびっと韻が踏めてお洒落な言い方。
だけどシーちゃんはマックスだと思ってたテンションを更に上げて地団駄を踏む。
ギャリソンさんが嗜めているけど全く効果は上がってない。
「ムキー! 私の許可も無く勝手に縮めるなぁ! ですわ! あだ名を友達でもないのに付けるなぁ! ですわ!!」
「じゃあ友達になろうよ」
「ムキー! だからなんで友達に……って、いま何と?」
「うん、だから友達になろうよ」
そうすると、今度は急にモジモジし始めたシーちゃん。
顔を赤らめて、両手の人差し指をツンツンしている。
どうしたんだろ。
「え……ええ〜。お友達ってそんな、急に……えええ〜えへへ」
「旅は道連れ世は情け、シーちゃんのお顔は泥だらけだよ。近くの街で綺麗にしようよ」
「ほ、放っておいてくださいまし!」
顔を真っ赤にして叫ぶシーちゃん。
でもこれはたぶん友達OKって事だよね?
離れた向こうで、ギャリソンさんがハンカチを目にあてて「お友達が出来て良かったですねお嬢様」と、涙を拭いていた。
「じゃあ出発レッツゴー!」
「あ、ちょっと待って、勝手に1人でどんどん行かないで下さいまし!」
先頭を歩くウチ、そのすぐ後ろにシーちゃん、その背後に控えるようにギャリソンさん。
さっきシーちゃんの顔を、別のハンカチで拭いてあげてたけど。
歩き始めてすぐにシーちゃんが話しかけてきた。
「と、ところで貴女のお名前は何というのかしら?」
「クラムだよ。クラムチャウダー・シラタマゼンザイ・アーリオオーリオ」
「ク、クラムチャウ……じゃあクーちゃんね」
「クラムでいいよ〜」
「い、いえ私がシーちゃんなら貴女はクーちゃんでよろしいのでは?」
「クラムだよ〜」
「いえ、クラムよりクーちゃんの方が呼びやす……」
「クラムだよ〜」
「…………」
ウチはそう言って、ニッコリ歯を見せながら笑ってブイサイン。
シーちゃんは何故か赤い顔で俯く。
小声で「そんな可愛らしい笑顔で……ズルいですわ」と呟いたのが、ウチのエルフの長い耳に届いた。
「あのシフォンヌ様がお父上以外に言い負かされるとは……クラム様、素晴らしい逸材です」
ギャリソンさんがハンカチを手に、また涙を拭ってそう独り言ちる。
そうかと思えば、またシーちゃんが赤い顔のままウチに別の質問をぶつけてきた。
「そそそ、そういえばクラムさんは腰にレイピアを付けてますが、お得意なんですの? ……緑色の髪の毛が綺麗」
あー、そういえばオトンに護身用の細剣を押し付けられたっけ。
小さい頃から棒切れ振り回して近所の男の子を泣かせたウチの剣の腕前、なかなかのもんよ?
そういえば、散々泣かした男の子のキンツバくんとソバボウロくんは元気かなあ。
「んー、まぁ剣の腕はこんな感じかな?」
そう言って腰の剣を抜くと、目の前にヒラヒラ舞う1枚の落ち葉を3つに切り裂いた。
拍手してくれるギャリソンさん。
ありがとー!
「むむむ。剣の腕なら私も負けてませんことよ! ギャリソン!」
パチンと指を鳴らすと、ギャリソンさんがどこからともなく細剣を差し出す。
ウチの剣よりも更に細い刀身の剣を右手に構えて半身になるシーちゃん。
ボッという音と共に右腕が消えた。
凄い高速で腕を振り回してるんだね。
すぐに消えた右腕が元に戻ると、手に持った剣に突き刺さる3枚の落ち葉。
それをこっちに見せつけるようにしながら、左手は腰に当てて胸を張る。
むふーっと鼻息を得意げに鳴らすシーちゃん。
「どうですのクラムさん。私の腕前だって、ざっとこんなもんですわ」
「おおー! ぱちぱちぱち!」
ギャリソンさんと一緒になって拍手する。
気分が良くなったのか、鞘に戻した剣をギャリソンさんに預けてシーちゃんは腕組みをして胸を張る。
おっきな胸を支えるような腕組みに、ちょっと嫉妬。
「そういえば、エルフって魔法も得意ではなかったのかしら?」
「ほえ? なんでウチがエルフだって分かったの?」
首を傾げて訊ねる。
そういえばシーちゃんの耳って、丸くて小っちゃい変な形だなーとは思っていたけど。
エルフの里を出て初めて会ったのがこの二人だったなぁ。
「貴女の綺麗な髪と可愛いらしい顔を見つめていたら、嫌でもその長い耳が目に付きますわ!」
「ウチの顔を、見つめる?」
「……! 見つめるではなく、見る、ですわ! べべべ別に言い間違えただけで、変な他意は無いですわ!!」
そう返事してくれたシーちゃんの顔は、さっきよりも赤かった。
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