第18話 魔王ココア・パウダー・マキアート
煮っ転がし
「魔王ココア……ですって!?」
シーちゃんが素っ頓狂な声をあげる。
有名なのかな、と一瞬思ったけどウチもエルフの里で聞いた記憶があるから有名なんだろう。
でもこの流れだと、これを言わずにはいられない。
「知っているのか雷電!?」
「ライデン……?」
「いや、エルフの里にあった絵本の中に、似たようなやり取りがあったから」
「現実と虚構を一緒にしてはいけませんわ!?」
てへ、シーちゃんに怒られちゃった。
という訳で改めてシーちゃんに聞いてみる。
もちろん、シーちゃんの機嫌を取る為にニッコリ笑顔で。
「で、魔王ココアってそこまで有名なんだ?」
「んもぅ、いっつもその笑顔で誤魔化して……。ええそうですわ、魔王ココアと言えば勇者セバスチャンに協力して征服魔王サルミアッキを討伐した、先代魔王カーフェ・ラーテの息女ですもの」
「……えーと、サルミ何とかって魔王をどうして同じ魔族であるコーちゃんのお父さんが倒したの?」
うーんやっぱり魔族だったら魔王に忠誠を誓ってるイメージなんだけど。
でもそこら辺の疑問は、手にぶら下げているコーちゃんが説明してくれる。
器用に空中で腰に手を当てて胸を張り、ふんぞり返りながら。
「ふふん、妾たち魔族は基本的に自由気まま自分勝手に生きたい種族。世界征服とは言え、強制されるのはまっぴらと考える者が多かったのじゃ」
「あー、そんな魔族のまとめ役がコーちゃんのお父さんって訳か」
「その通りじゃ。妾の父上は凄いのじゃぞ」
空中での器用なふんぞり返りが強くなり、めっちゃドヤった雰囲気を背中にも感じさせるコーちゃん。
だけどウチは、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「クーデターの首謀者が人間の勇者を招き入れて暗殺させたって事か」
「その表現、なんかムカつくのじゃー!」
再び手足をバタつかせてプンスコ怒るコーちゃん。
そんな彼女を尻目に、ウチは今の話に出てきていたもう一人の当事者の姿を探す。
勇者セバスチャンことギャリソンさんを。
あ、いた。
コーちゃんが昔の話を始めた辺りからギャリソンさんの気配が急速に薄れていったから気になってたんだ。
っと、見つけた。
この場に居る人の後ろに、気配を消しながら隠れるようにして少しずつ移動している。
声をかけようとしてギャリソンさんと視線が合った瞬間、人差し指を立てて口元に当てる有能執事。
あ、そうか表向きは元勇者なのは秘密だったよね。
その事情を知らないコーちゃんに見つかる訳にはいかない、と。
でもギャリソンさんは忘れている。
コーちゃんがダークエルフ、つまりウチと同じ能力を持っているという事に。
案の定、隠れる元勇者セバスチャンことギャリソンさんを目ざとく見つけたコーちゃん。
あっと思う間も無く、バタつかせていた手を彼に向けて叫んでいた。
「あーっ!? そこに居るのは勇者セバスチャンではないか!?」
あちゃーという感情が混じった驚愕の顔になるギャリソンさんこと勇者セバスチャンさん。
それでも口元に当てた人差し指はそのままに、コーちゃんにも顔を向ける。
この場の人間の視線が一斉にギャリソンさんにあつまった。
途端に無表情になって直立不動になるギャリソンさん。
さすがにその顔は冷や汗ダラダラだ。
それを見て、魔王をやってるだけあって何かを察したコーちゃん。
「ん〜? なんじゃ、よく見たら少し違うのう。他人の空似というやつか?」
その言葉に、ギャリソンさんを見ていた人間は「なぁんだ」という表情に変わった。
ホッとした態度になった有能執事さんは緊張を解いて周囲へ言い訳。
「昔から勇者様に似てる事で色々と被害を受けているのですよ。人違いと分かってもらって良かった」
「そっか、大変なんだなアンタも」
違う違う、そうじゃ、そうじゃな~い。
嘘聞き逃せな~い、コーちゃん渡せない~。
と言いたかったけど、ここはグッと堪えるウチって大人。
「ところで、そろそろ降ろしてもらえんかのうクラム殿」
ギャリソンさんの様子を見ているウチにコーちゃんが懇願してきた。
うーん、降ろすのは良いんだけどね。
と、ウチは跪いたままの鎧ゴブリンさんを見る。
「逃げずに我々と帰還して頂けるのでしたら、降りて貰っても結構ですが……」
「嫌じゃ、もう書類とにらめっこしたり数字の食い違いを検証したりはウンザリなのじゃ!」
鎧ゴブリンさんは、ハァ、とため息を吐く。
そして立ち上がってコーちゃんの目を正面から見返した。
思わずたじろぐコーちゃん。
ウチが掴んだままだけど。
「書類仕事があまりお好きでないのは前々から承知でしたが、ココア様も御父上から引き継いだ大事な仕事だと言っておいででしたでしょう」
「え、えーと……ち、父上は関係ないわい!」
「知ってるんですよ。この前に来た行商人から聞いた『チョコレート』なるものが食べたくて仕方が無くなったんでしょう? このニコロ・ガシーの目は誤魔化せませんよ」
「う……」
そんな二人の会話を聞きつけた長さんが、近寄って割って入ってきた。
顎に手を当てて、少し得意気に話しかける。
「チョコレートを作る原料となる植物をこの地で植える予定をしているのだが、良ければ将来魔族の国との交易を検討しても良いですぞ」
「それは真か!?」
「ええー……」
長さんの言葉に、喜ぶコーちゃんとガックリ肩を落とす鎧ゴブリンのニコロさん。
だけどそれに納得しなかった連中がまだいた。
ニコロさんと一緒に来ていたオークやトロールさんたちだ。
ゴブリンのニコロさんよりもちょっと頭が弱そうだけど、そのせいなのか何なのか、目は綺麗で純粋だ。
彼らはその真っ直ぐ純粋な視線でコーちゃんを見つめる。
「コ、ココア様オデたちと一緒に帰らないオガ?」
「う……」
コーちゃんが初めて帰らない意思を揺るがせた。
ニコロさんが拳を握りしめて「頑張れお前たち!」と小声で応援している。
ノッポのトロールさんも加わった。
「オラ、ココア様が居ないと寂しいトロ……」
「魔族の国はやっぱりココア様が居てこそだオーク」
「くっ、お前たち……」
「頑張れ、もうひと押しだお前たち!」
ウチに掴まれながら腕組みして悩み始めたコーちゃん。
やっぱり上に立つ者として、臣下のことは大事にしてるんだね、偉い。
そうやって暫く、うーうーと唸っていたコーちゃん。
「……ううう、わ、分かったわい! 今回はお前たちの顔を立てて帰ってやる、有難く思うが良いぞ!!」
「ココア様!!」
鎧を着た魔物さんたちが皆、涙を流し始めた。
いわゆる男泣きっていうやつかぁ。
コーちゃんはそれでも長に顔を向けると、さっきの話を続ける。
「しかし先ほどの話じゃが、チョコレートやその原料の交易は前向きに考えようと思うておるぞ」
「そ、そうかそれは有り難い」
しかし長は微妙に反応が複雑そう。
交易の件で喜ぶべきか、コーちゃん含めた魔族の連中が帰ってくれることに喜ぶべきか悩んでるのかな。
「ココア様、交易の件は後日私たちが彼らと話を詰めますのでご安心を」
「うむ、まかせるニコロ」
「それじゃまた会えるね、コーちゃん。今回はとりあえずサヨナラだ」
「う、うむ。また会える日を楽しみにしておるぞクラム殿」
そして続けてウチに懇願してきた。
ちょっぴり情けなさそうな声で。
「それは良いのじゃが、そろそろ妾を降ろしてくれんかのう」
「あ、ごめん」
*****
それからほんの数日後。
目の前の光景にシーちゃんは手で頭を押さえ、ウチは不思議そうに首を傾げる。
「で、なんで帰ったばっかなのにコーちゃんがここに居るのさ?」
「村の外れに転送魔方陣を描かせてもらった。チョコレートの件で、これからもちょくちょく遊びに来させてもらうぞクラム殿」
開拓村のど真ん中に、ニコロさんを従えたコーちゃんがニカっと笑って立っていた。
腕組みして仁王立ちで。
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