第17話 お仕置きと魔王
「……おい今なんて言った?」
周りの仲間の様子がピリピリとしたものに変わった。
そういやビュッヘーの町の冒険者には、あの大蛇に滅ぼされた村の出身も結構いたっけ。
このダイ何とか君は、皆の地雷を踏み抜いちゃったよ。
「うるさい! 偉大な研究の前には些細な犠牲だ!」
あああ、こりゃもう駄目だ。
皆、もうピリピリを通り越して殺気に変わってる。
でも指名手配されてるって事は懸賞金もかかってるだろうし、殺すのは勿体無いな。
その時、腰の袋から炎の精霊アブサントが出てきた。
にゅるんと一部を伸ばしてウチの耳元で囁く。
「ご主人様、私と水の精霊ジョーゼンミの二人で協力すれば、催眠魔法が使えますが」
「ん? みんなに催眠をかけて殺意を消そうって? それじゃ解けた時にみんなが納得しないよ」
「違います! このダイチャーサという男に自分が深層心理で恐れている悪夢を見させ続けるのです。それを罰とする事で皆に手を打たせましょう」
「ほうほう。まああのコーちゃんに血生臭い場面を見せる訳にもいかないもんね、よしそれで行くか」
アブサントとの相談が終わると、ウチは皆に声をかける。
今にもダイ何とか君に襲いかかりそうな雰囲気の仲間たちへ。
「はいはーい、みんなストッープ! 気持ちは分かるけど、コイツの首にかかる懸賞金が勿体無いよ」
「でも姉さん!」
ウチは抗議の声をあげた仲間に向かって人差し指を立て、チッチッと左右に振る。
思い切り悪く見えるだろう笑顔を浮かべて、後に続けた。
「だからウチが魔法でコイツにお仕置きする。いっそ殺して貰った方がマシだと思えるようなのをね」
「ど、どうするんですの?」
ふふん、と得意気な顔に変えて腕組みをする。
そしてシーちゃんに具体的に何をするか、たった今アブサントから聞いた説明をそのまま垂れ流す。
もちろん、シーちゃんだけでなく周りの皆にも聞こえる大声で。
「コイツに催眠をかける。深層心理に働きかけて、コイツが一番恐れる事を悪夢にしてずーっと見させ続けるの」
「え、その程度ですの!?」
「いや、嫌な夢がいつまでも終わらないって、結構しんどいよ?」
「……ああ、確かに言われてみれば」
ちょっと考える仕草の後、そう答えるシーちゃん。
周りの皆も渋々といった様子ではあるけど、とりあえずは納得してくれた感じ。
ウチは縛り上げられたダイ何とか君を、仲間に頼んで無理矢理に地面に座らせた。
そしてウチもダイ何とか君の目の前に行くと、屈んで目線を合わせる。
ヒョロガリのダイ何とか君は一瞬不安そうな表情になった後、それを打ち消すように強気の発言。
「フッ、魔法の研究をしている儂にそんな魔法などかかる訳が……」
目の前に、さっきコイツが落とした水晶玉ぐらいの大きさの水球を出現させる。
呪文の詠唱も無しに現れたのもあって、思わずそれを凝視してしまうダイ何とか君。
でもその水球の後ろには、揺らめく炎も生成されているのだ。
その炎が不自然に揺らめくと、水球がさらに複雑に乱反射させてダイ何とか君の瞳に炎の光を放り込む。
すぐに目つきがトロンとなって身動きが止まった。
固唾を飲んで見守る仲間たち。
すぐにヒョロガリのダイ何とか君の態度に変化が現れた。
「ひっ、何をするやめろ! それは、それは儂が長年研究して来たのを記した書類だぞ!? まて燃やすな止めろ、ああああ!!」
「くそっくそっ何故ソイツをみんな褒め称えるんだ! 明らかに儂の魔法の成果だろう!」
「やめて母ちゃん、僕が悪かったよ、だからお尻をぶたないで」
恐怖に引き攣った顔で色々とブツブツ呟き始めたダイ何とか君。
ウチはそれを確認すると、抑え込んでいた仲間に声をかけた。
「よし、じゃあそいつをクマキチの背中に乗せて運ぼう。あとの処分は長に任せる、と」
「……分かりましたよ、姉さん」
「うわー! うわー! その秘蔵の酒は高かったんだぞ! 止めろ割るなぁ!!」
それでも釈然としない表情だった仲間たち。
でも今のダイ何とか君の叫びに、咄嗟に同情の表情が浮かぶ。
そしてようやくある程度納得した顔になった。
「自分好みの高い酒を割られたら、そりゃキツいわな」
ちなみに悪夢に苦しむダイ何とか君の様子を見て、次第に溜飲が下がっていった仲間たちだったけど。
途中、あんまりずっと呻き続けてうるさいとなったので、ウチが風の精霊を使って沈黙の魔法で声を聞こえなくした。
*****
「お帰りなさいませ、シフォンヌお嬢様」
森から出て来たウチらの姿を目に止めたギャリソンさんが声をかけてきた。
居残り組は広げた屋外簡易テーブルの上で、ウチに言われた通りリックウルフの肉をミンチにしていたようだ。
「おやお嬢様、そのクマキチさんの背中に載せている男の方は?」
「ええ、その事で長に話をしたいのだけれど、お手すきかしら」
「いえ、今は……」
珍しく口ごもるギャリソンさん。
周りの居残り組も彼と同じように、当惑気味の表情だ。
どうしたんだろ?
するとその時、タイミング良く長がこの場へ戻ってきた。
その横には小柄な鎧の男(?)が一緒に歩いていて、後ろには同じような鎧に身を包んだ数人の集団。
体格は人間以上に大小様々だ。
王都からの使いの人かな?
ダイ何とか君を引き渡すのに丁度良いな。
「……ではもし見かけたら、こちらの魔道具を使用したらそちらに知らせが行くのですな」
「その通りです。彼女は我々にとって絶対に必要なお方。くれぐれもよろしくお願いいたしますぞ」
長とその隣の小さな人の声が聞こえてきた。
見た目から予想していた通りの甲高くて、キイキイした感じの声。
彼らを見た瞬間、ウチの後ろから声が聞こえた。
「あっヤバいのじゃ」
ほぼ同時に小柄な鎧の人からも叫び声が。
顔も血相変えたようになっている。
およ? コーちゃんって何か渦中の人なのかな?
「ああっそこに居られるのはココア様!? 逃げないでください!!」
その声につられて後ろを見ると、コーちゃんが透明化の魔法を使って隠れようとしていた。
ウチと違って呪文が必要だから、詠唱中に取り押さえたけど。
ふふふ、必死に早口で呪文を唱えてて可愛い。
「ぎゃー!? 後生じゃ見逃してくれぃクラム殿!」
襟首をつかんで持ち上げるとコーちゃんは手足をバタバタさせて、そう懇願してくる。
その間に鎧の人が追い付いて、ウチの前に跪いた。
正確にはウチが持ち上げている女の子、コーちゃんの前に。
鎧の人は跪いたまま、顔を上げた。
あれ、この人――。
「探しましたぞココア様! 何も言わずに姿をお消しになったので、妹君のカーラ・メル様も心配なさっておいでです!」
顔を上げた男の人の顔は、緑の肌にでっかい鷲鼻、そしてギョロっとした目つきの……ゴブリンだった!
だけどギルドの依頼でよく退治する連中と違って、その眼には明確な知性の光が見える。
他の鎧を着た面々を改めて観察してみると、その中身はオーク、トロール、オーガ等々の魔物と言われる存在。
うん、そりゃギャリソンさんを始め、他の人たちも困惑するよね。
みんな目の前の鎧ゴブリンさんと同じように理性的な目つきをしてるけれど。
ウチは相変わらずジタバタ手足を暴れさせているコーちゃんを持ち上げたまま、鎧のゴブリンさんに尋ねた。
「コーちゃんはさっき森の中で助けたばかりなんだけど、どういう子なの?」
跪いている鎧ゴブリンさんは、ウチに視線を移すと頭を垂れた。
そして恭しい口調で疑問に答える。
「ココア様を助けていただき感謝します、エルフのお嬢様。そしてこのお方こそは我らが魔族の頂点、魔王ココア・パウダー・マキアート様その人であらせられます」
ココアならコーちゃんのままでも大丈夫だね、良かった。
……ん? 魔王?
魔王ココアは第2章から登場予定でしたが、前倒しで顔見せです。
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