第15話 魔法が使えないって本当ですか?
「ハローC級C級クラムチャウダー。そちらの状況はどうですか、シーちゃんどうぞ」
風魔法で繋げたシーちゃんの耳へ定期連絡を入れる。
すると向こうから、打てば響くようにクールな相方の返事が返ってきた。
ウチと同行しているクマキチと仲間の冒険者数人は気配を抑えて立ち止まってくれている。
『――C級C級こちらシフォンヌ。今のところ異常なし』
よしよし、音質もクリアだ。
と言っても魔法だから、音質が下がりようが無いんだけど。
とか頭の中でセルフツッコミしていたら、シーちゃんから戸惑ったように追加で話しかけられた。
『ところで、なぜ最初にC級を二回繰り返さないといけないのですの? あとクラムさんが言ってる「ハロー」もどういう意味ですの?』
「ん〜、何となく?」
ウチの返事に、シーちゃんからガックリ脱力した気配が風通信を通じて伝わってきた。
こればっかりはな〜。
里の大人エルフ達も皆やってて、もう耳に馴染んじゃってるもの。
「エルフの里の書物庫で、風魔法無線で最初に話すときは、ハローシーキューを付けるのが慣例だって書いてあったから」
『つまりクラムさんにも、よく分からない訳ね』
「まーね」
再び向こうからシーちゃんのガックリ脱力した気配。
慣例なんて文字通り「慣れ」なんだから、深く考えなくても良いのに。
え?
ボウ姉さんに冒険者と冒険の定義に噛み付いてたのは誰かって?
知りませんな〜口笛ピューピュー。
「ところで今さらだけど、生姜の見た目とかの判別は大丈夫? ウチは見たことあるから知ってるけど」
『本当に今さらですわね、もちろん大丈夫ですわ。そのためにここで開拓している先輩たちに同行して貰っているのですから』
「なるほどオッケー。じゃあまた何か異常があるか定期連絡の時間が来たら通信するね」
『こちらも何かあれば連絡しますわ。というか私の話す事はそちらに筒抜けなんですのよね?』
「そそ、ギャリソンさんには調理の下ごしらえして貰ってるから頑張ろうね」
『はいはい、了解ですわ』
そこまでシーちゃんと話していて、通信の向こうから何やら少しざわつく気配。
シーちゃんに同行している周りの誰かが彼女に囁きかけている。
どうやら目的の野生の生姜を発見したようだ。
『C級C級こちらシフォンヌ。どうやら目的の生姜を見つけたようですわ。先輩が掘り返していますが、まず間違いないでしょう』
「おっけー、じゃあ帰ってさっそくなめろうを作ろう」
その時、ウチは前方に少し開けた空間と、そこに予想していなかったものを見つけた。
クマキチ含めた、ウチと同行している皆にストップをかける。
すぐにシーちゃんに連絡を入れた。
「ごめんシーちゃん。そっちに居る先輩に、森の中に誰か他に暮らしてる人がいないか聞いてみて?」
『どうかしたんですの?』
「森の中に妙な一軒家があった。正確には掘っ立て小屋みたいなサイズだけど」
たちまちシーちゃん側にも伝わる緊張感。
向こうの人間と話し合っているのがしばらく聞こえた後、通信が返ってくる。
それはある程度推測していたものと同じ内容だった。
『クラムさんも薄々予想していたでしょうが、この辺に住み着いている人の存在は聞いたことはない、と先輩方は言っていますわ』
「やっぱり」
『ただ以前に先輩たちの仲間の一人が、クラムさんが居る方向の森へ入って行って行方不明になったことがあるそうです』
「目の前の小屋と関連が無い、と考えるほうが無理があるよね」
『ですわね』
シーちゃんに返事してから、ウチは振り返って仲間を見た。
皆、今のウチの言葉からおおよそは事態が想像出来ていたのだろう、すぐに頷き返してくれる。
それを確認してから、ウチはシーちゃんに続きを話した。
「このまま建物を偵察する。何か危険が発生する要因があるようなら、それを押さえるよ。場合によっては応援を頼むからよろしく」
『気を付けてくださいまし』
「りょーかい」
*****
風魔法で姿を消したウチは、皆にその場で様子を見るようお願いしてから、そろりと小屋へ歩き出した。
周囲にはリックウルフの気配。
これも先輩たちがこの小屋を見つけられなかった原因にもなっていたんだろう。
仲間のほうにはクマキチが居るから、狼の気配が近寄る事は無い。
さっきボスをやっつけたって言ってたから、警戒するのは当然か。
そのうちの一匹が、気配を遮断していたはずのウチの存在を感知して近寄り、威嚇の声をあげかける。
だけどウチからも威嚇の気配を向けると、キャインと鳴いて逃げ去った。
そしてようやく小屋をじっくりと観察。
うーむ、戸締りとかは全然やってないっぽいな。
森の奥だから施錠が必要無いと考えているのか、鍵を取り付ける金が無かったのか、その両方か。
まぁトラップが仕掛けられてる可能性も考慮しておくけど。
と、開いている窓があったので、顔をそこから出して中の様子を偵察する。
小屋の中は特に部屋割りとかは無く、藁を敷き詰めたベッドに机とその上に散らかる羊皮紙の巻物の数々。
真ん中には薬や毒の調合に使うような大きな鍋。
あとは、何かよく分からないゴミみたいなのがいっぱい床に散らかっている。
そして隅のほうには、手枷足枷を付けられて口にも猿轡を噛まされた……小さな女の子?
それが必死にもぞもぞ動きながら、むーむーと唸っている。
うーんと、この女の子が小屋の主なんだろうか?
中の様子を伺っていると、その女の子(?)は何かに気が付いたように窓へと視線を向ける。
そう、今まさにウチが覗き込んでいるこの窓に。
魔法で今も姿を消しているウチに!
透明に見せているからって、油断なんかしていない。
気配だって人間なんかでは察知出来ないくらい遮断している。
物音だってほとんど出していないから、普通の人間なんかには絶対に聞こえない、聞こえるはずがない。
それこそウチと同じエルフでもない限り……うん?
よーく見ると女の子の耳が長〜く横に伸びてるなぁ。
それに何となく所作や気配が、人間というより故郷の同族に似てるような。
ウチは女の子の正体を確かめるべく、小屋の中に入って行った。
中へ入ると、途端に透明化の魔法が勝手に解除される。
おやこれはアレだな、昔エルフの里で噂に聞いていた……えーと何て言ったっけ。
奥の縛られていた女の子が、必死な様子で涙目になりながら頭を左右に振っている。
うーん、これは「来るな」の意思表示かな?
と考えていると突然、ウチの背後に人の気配が出現した。
近寄ってきたんじゃない、文字通り降って湧いたように突然その場に「現れた」んだ。
ウチの背後――つまり小屋の入り口の真ん前、ギリギリ建物の外に。
「ぎひゃひゃひゃ! 実験材料のダークエルフが手に入ったと思ったら、もう一匹エルフが釣れるとはなぁ!」
故意か偶然か声の主が立っている位置は、待機させている冒険者仲間からは死角となる場所だ。
振り向こうとしたら、声の主から制止の叫び。
「おっとぉ動くんじゃないぞ。ひゃひゃひゃ、持参してた貴重な帰還魔法スクロールを使って良かったわい」
あー昔に、他のエルフが魔力を込めた魔道具を使えば、限定的ながらも他種族も魔法が使えるって聞いた事があるなぁ。
後ろのコイツは、その魔道具で瞬間移動したのか。
となると、他にも何を持ってるか分からないな。
ウチはゆっくりと後ろへ身体を向けた。
そこには頭の頂点が薄くなっていて頬の痩けたヒョロっとした感じのローブ姿の男がいた。
身体つきは分からないけど、微妙な仕草や立ち方から体型もヒョロガリだと思う。
ウチは振り向きざまに火球魔法を飛ばそうと人差し指を立てていたけれど、指先には何も魔法が発生していない。
あれ? っと指を見たウチへ、勝ち誇ったようにヒョロガリローブ男は笑う。
「ぎひゃひゃ、その家は魔力を封じる魔封石で囲ってある! 儂の家の中で魔法は使えないのだ!」
あーなるほど、同じエルフの捕まってる子が何で魔法で拘束を解かないのか理由が分かった。
魔力が使えないなら素の身体能力で何とかするしかないもんね。
「ひゃひゃひゃ! この距離では腰の剣での攻撃も届くまい! 観念しておとなしく捕まるが良い!」
自分が優位な状況に酔いしれて、馬鹿笑いを続けるヒョロガリローブ。
ちょっとイラッとしてきた。
どうぶっ飛ばしてやろう。
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