第11話 ギャリソンさんの秘密と過去
「そそ、紙の中央にでっかく勇者セバスチャンからクロフォードへってお願いします」
ギャリソンさんが嫌そうな表情で騎士姿のクロ何とか君の差し出した紙にペンを走らせている。
そういえば今更ながらウチは少し前に聞いた噂話を思い出した。
魔王を人間の勇者が倒したって噂話を。
あれは久しぶりに帰郷したイー・モキントンさんから聞いたんだったっけ。
「うおおお有難うございます! 一生の宝にします!」
書き上げたサインを手渡されたクロ何とか君は、紙を胸に抱きしめ感激してそう言った。
ギャリソンさんはまだ仏頂面で釘を刺す。
「……くれぐれも妙な政治利用をしないようにお願いしますぞ」
「もちろんです。このクロフォード、騎士の名誉にかけて約束を違えたりしません! すげえぇぇ勇者様の直筆サインだぜ!」
くるくると一人で、社交ダンスでも踊っているかのように回りながら喜ぶ、クロ何とか君。
それを見ながら小さくため息を再びつくと、手を後ろに回して組むギャリソンさん。
肩を僅かに竦めると、ウチとシーちゃんに向かって「行きましょうか」と疲れたように言った。
「ご安心ください勇者様! 後のことは、このクロフォードが責任持って上手いこと処理しますんで!」
さっきみたいに少し上体を倒しながら、キラキラした瞳でこちらを見るクロ何とか君。
ギャリソンさんは気のせいか、何だか逃げるような雰囲気でウチとシーちゃん、クマキチの先頭に立って倉庫から歩み去った。
*****
「それで、これからはセバスチャンさんって呼んだら良いのかな?」
倉庫から出たあたりで、ウチはギャリソンさんに話しかけた。
当の有能執事さんは表情ひとつ変えず視線もこちらへ向けずに返事。
「今の私はターテロール家の執事ギャリソン。それ以上でも以下でもありませんよ」
だけど今度はシーちゃんのほうから話を振ってきた。
これにはさすがのギャリソンさんも受け答えに悩む様子。
「昔から少し変だと思っていたのよ。貴族の家に出入りする人間は皆、出自の明らかな身分の者たちばかりなのに、ギャリソンだけ出自や後ろ盾がさっぱり分からなかったのよね」
「む……」
シーちゃんは腕組みをすると、そのまま歩きながら続ける。
右手を顎に添えて、考え込むような仕草で。
そんな風に歩いていたら躓くよ?
「そのくせメイドや他の執事を取りまとめる立場だったし、何でだろうって。大っぴらには言えない秘密があるとは思っていたけれど」
そこまで言ったあたりでシーちゃんは案の定、道路の凹凸に足を取られてコケそうになる。
それをギャリソンさんが受け止めて支えると、今度は諦めたような顔で深いため息。
彼が仕えるお嬢様をしっかりと立たせた後で、腹を決めた表情になる。
「分かりました、お話しましょう。ただ、町中では誰が聞き耳を立てているか分かりませんので、ギルドの魔物討伐依頼を受けた時に見晴らしの良い丘の上でお願いします」
「つまり明日以降ということですわね」
「申し訳ありませんシフォンヌお嬢様」
そんな訳で翌日、ギルドの食料供給用の魔物プラス動物の討伐及び持ち帰り依頼を受けたウチら。
既定の数の魔物と動物を確保した後、町の近くの小高い丘の上で休息を取った。
ここなら見渡す限り誰もいないし、近寄る人がいてもすぐに発見できる。
ウチとシーちゃんは適当な倒木の丸太に座った。
ギャリソンさんはその対面にある小さな岩の上に腰掛ける。
ちなみに丸太はクマキチに運んでもらった。
まずはシーちゃんが口火を切る。
「さて、私たち二人が冒険者登録をした際に、貴方は登録手続きをした様子は無かった。なのに冒険者証の首飾りは持っていましたね、ギャリソン。あれは昔、勇者だった時に冒険者としても活躍していたからでしたのね」
「そうです」
ギャリソンさんは自分の懐をまさぐると、冒険者証であるネックレスを取り出した。
そこに取り付けられている飾りは見たこともないような豪華なもの。
ビュッヘーの町で見かけたA級冒険者たちの飾りなんかとは比べ物にならない。
「これは……これが、ギルドの受付ボウ姉さんが言っていた、S級の冒険者証なのですね」
「ギルドに確認したら、私の登録はまだ残っていましたので」
その言葉にウチは小首を傾げた。
今までの事を思い出すと、それでも腑に落ちない点がある。
ウチは人差し指を立てると頬に付けた。
「でもボウ姉さんは少しもギャリソンさんの正体に触れなかったよね?」
「折を見て、ギルドに緘口令を敷いていただきましたので。私の過去の経緯はギルドも知っているので、前向きに協力していただけております」
言いながらギャリソンさんは自分の冒険者証を再び自分の懐にしまう。
そのまま目を閉じると、思い返すように語り始めた。
「私が若かりし頃、魔族の国は魔王サルミアッキの元に各地へ侵略を繰り返しておりました。お二方ともご存じですよね?」
「ええ」
「あー(エルフの基準で)ちょっと前に爺ちゃんに聞いた気がする~」
ウチらの返事を聞いて目を開くと、遠いところを見るような顔で話を続けるギャリソンさん。
いやセバスチャンさんかな?
「当時、魔王の軍勢は確かに圧倒的でした。魔族は元々、人間やドワーフよりも個の能力においては遥かに格上です。しかしそれ故に他者との協調性に欠けていました」
「強者の驕りってヤツだね」
ウチが合いの手を入れる。
勇者セバスチャンことギャリソンさんは、それに首肯しながら話を続けた。
「そうです。そしてそこが我々のような『格下』が付け入る隙になります。事実、魔族と戦うときは単独行動の多い彼らに徒党を組んで当たるのが常識でしたし、それは現在でも変わっておりません」
「なるほど。そんな魔族が協調して軍団として襲い掛かってきたら、脅威以外の何ものでも無いですわね」
シーちゃんの感想に大きく頷くギャリソンさん。
当時の事を思い出そうとしているのか、再び目を閉じた。
「そうです。だからこそ当時の我が国も含めた周辺諸国は滅亡の危機に恐れ慄いたのです」
ギャリソンさんの淡々とした話し方が、かえって当時の状況の悪さを物語っている気がした。
目の前の語り部の男は、それでも目を閉じるのを維持したまま。
昔の光景が瞼の裏に思い浮かぶというやつだろうか。
「しかもなお悪い事に、周辺各国は敵対して群雄割拠な状態で。とてもお互い協力して魔王軍を押し返そうなどとは考えられない状況でした。まあ逆にそんな状況だからこそ、魔王は征服戦争を始めたのでしょうな」
「なるほど。そんなんだったら一発逆転を狙って、少数精鋭で親玉の首を獲りに行こうって発想も出てくるか」
「ほう、クラム嬢は直情的な行動が多い割に鋭い指摘をされますな」
「ふーんだ、ひと言多いよギャリソンさん」
「これは失敬」
ゴホンと咳払いをして、逸れかけた話を元に戻すギャリソンさん。
でも深刻そうな顔をされると、つい要らぬ合いの手を入れたくなっちゃうのだ。
「まあそれで実際に少数精鋭での魔王暗殺を実行したのが、我が国の王だったということです」
「勇者セバスチャン爆誕ばんざーい!」
「残念ながら、話はここからが本番なのですよ、クラム嬢」
「ですよね~」
失敗失敗テヘペロと頭を掻きながら舌を出す。
そんなウチをシーちゃんは呆れた表情と冷たい視線で見てくる。
なんとなくゲンコツを突き出し親指を立てるサムズアップで応えておいた。
「正直、魔王を倒して凱旋帰国した時は浮かれておりましたな、私めも。実際、国中から下へも置かぬ扱い。あちこちに勇者の銅像が建てられ、吟遊詩人は有りもしない血沸き肉躍る我々の冒険譚を奏で、毎日のようにあちこちの貴族の晩餐会で『物語』を講演しておりました」
話を始めてから終始しかめ面だったギャリソンさんの表情が、この時ばかりは少し嬉しそうな感じになった。
簡単にでも、こうやって本人から直接話を聞くのは、やっぱり脚色が少ないから聞きごたえがあるなあ。
とか考えてると、すぐにギャリソンさんの顔が曇る。
いよいよセバスチャンからギャリソンさんへ転身した経緯に踏み込むみたいだね。
「しかし、まあ当然ながらそんな栄光の時間は長くは続かなかったのです」
思わずウチは身を乗り出す。
シーちゃんも生唾を飲み込んだのが聞こえた。
「ある日突然、王様の元へ呼び出された私は、国家反逆罪を言い渡されました」
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