7話「ニートは現実を知り、ランクを上げる」
「――うわぁっ!? はぁはぁ……い、一体なんだったんだ。あれは悪夢だったのか? いや、そんな筈はない……。現に俺の口の中にはアイツに飲まされたお茶の味が……うぼえっ」
飛び起きるようにして目を覚ますと、どうやらいつの間にか深い眠りに就いていたらしく額からは大量の寝汗のようなものが頬を伝って落ちてくる。
俺が最後に覚えているのはモニカのお茶を飲まされて目眩や耳鳴りに襲われて色々と言われたところまでであり、そのあとの記憶は何一つないことから恐らくそこで気絶したのだろう。
だが口内には未だに鮮明にお茶の風味が残っていて、それが尚も俺をじわじわと苦しめている。
暫くは何を口に入れてもアレを思い出すこと必須だろう。
「こんな事なら変態の道を極めて寧ろ興奮する体質にしとくべきだったな。……いやそれでは何か人として大切な物を失うか……はぁ」
確かにアイツは曲がりなりにも女神を自称するほどの見た目をしていて美少女の部類だが、生憎俺はそこまで変態のレベルを上げている訳ではないのだ。
けれど生前ネトゲで知り合ったニート仲間のH君だったら血涙を流しながら喜びそうではある。
まあ俺として許容できる範囲は精々、蔑んだ瞳を向けられながら罵倒されて踏まれるということぐらいだろう。無論だが服装はボンテージ一択だ。
あの衣装は妙に男心を擽られているような気がしてならないのである!
というか存在そのものがもうエロいから仕方ない。
……おっと、つい妄想が膨らんでしまったな。いかんいかん。
「てかもう朝かよ。通りで朝日が眩しい訳だ。取り敢えず顔だけ洗ったらギルドに向かうか。まだ見ぬ仲間達がきっと俺を待っている筈だからな」
妄想に区切りを付けると身支度を済ませて早々にギルドへと向かうことを決める。
だが流石に大量の寝汗を掻いた状態で未来の仲間達と会うのはマナー的にどうかと思うのだ。
それと普通に歯磨きがしたい。この何とも言えない違和感を逸早く取り除きたい!
――そのまま俺はベッドから飛び降りると洗面所へと向かい、目にも止まらぬ速さで身支度を済ませると二本の剣を携えて準備完了。
いざ、まだ見ぬ仲間達の元へ! 俺の冒険はこれからだっ!
「……えっ、誰も来ない」
胸を高鳴らせて宿屋を出た俺は直ぐにギルドへと向かい、酒場の一角の席に座り込んで1時間ほど誰かしらが来るのを待っているのだが……一向に未来の仲間達が来る気配はなかった。
それどころかウェイトレス達が席を通り過ぎていく度に不審者を見るような視線を俺に向けてくるようになった。最初は暖かい瞳をしていたと言うのに。多分だが俺が未だに無料で飲める水しか頼んでいないからだろう。一応俺の手持ちとしては銀貨10枚と銅貨2枚ほどなのだ。
一応これぐらいあれば贅沢なしで3ヶ月ほどは不自由なく過ごせるが、このままでは仲間を集めるより先にお金が底を尽きる方のが早いだろう。最悪の場合は仲間探しを後回しにすることで、まずはクエストをこなしてある程度の資金を集める事を視野に入れなければ……。
「ん? おっとこれはこれは噂に名高い白夜の一族さんじゃねぇか。どうしたんだよ? そんなゾンビみたいな顔をして」
ふと横からそんな陽気な声色の言葉が聞こえてくると、俺は条件反射で顔を横に向けてしまう。
「お前はあの時の……確か名前はニアスだっけ?」
声を掛けてきた人物としっかりと目が合うと、いつの間にか隣には俺の中で陽気な男として定着している彼の姿があった。
「おうよ。カークランドギルドの切込み隊長ことニアスとは俺様のことだぜ!」
するとニアスは白い歯を見せながら妙に誇らしげな表情を見せてくる。
それは彼の決め台詞的なものなのだろうか。
「……お、おうそうか」
「んだよ? 今のところは笑うとこだぞ。……まあいいか。それよりもどうしたんだよ?」
頭を掻きながら彼は俺にゾンビのような顔をしている事情を尋ねてくると、そのまま対面の席に腰を落ち着かせていた。
「ん、ああ。実は色々と困っててな」
特にどうとなる訳でもないだろうが何も考えずニアスに仲間が集まらない事を話し始めると、彼はウェイトレス達のお尻を眺めながらも俺の話をしっかりと聞いているのか時折頷いては反応していた。
――そして全ての話を伝え終えると俺は乾いた喉を潤そうと机の上に置かれているコップに手を伸ばすが、
「なるほどな。仲間集めで苦戦してるのか。だったら話は早いぜ。まずは自分のランクを上げるべきだ。そうすりゃあ簡単に仲間が集まるぜ。シルバーランクの俺が言うんだから間違いない!」
突如として席を勢い良く立ち上がりながらニアスが自信気にそう言い放ってきた。
……てかコイツはシルバーランクの冒険者だったのかということに俺は驚きだ。
てっきり切込み隊長をやっているのだからゴールドぐらいだろうと思っていたのだが……なんだろうか、やはりカークランドのギルドは全体的にレベルが低いのだろうか。
しかし彼の言うことにも一理あるのは確かだ。よくよく考えてみれば何の実績もないただのブロンズ冒険者が、いきなり仲間を募集してもそれは地雷案件にしか見えないだろう。
俺だったら絶対に手を出すことはないと言える。
「うーむ……そうだな。まずは言われた通りにランクを上げてみるか」
ニアスの提案が現状で一番確実な方法だとしてランクを上げる事を早急の課題とし、俺は乾いた喉を潤す為にコップを手に持つと冷たい水を一気に口内へと流し込む。
その途中でモニカのお茶が連想されたが、気にしてはいけないことだろう。
「おう! それが一番良いと思うぜ。この時間ならまだクエストもたんまり残っている筈だからな。ちなみに俺のオススメはゴブリン討伐だ。なんせ簡単なうえに数で金額も変わるからな」
俺の反応を見て気分を良くしたのかニアスは人差し指をクエストが張り出されている提示版へと向けながらオススメなものまで教えてくれた。
もしかしたらコイツは見かけによらず面倒見の良いタイプなのかも知れない。
「そうなのか? なんか色々とアドバイス貰っちゃって悪いな。今度飯でも奢らせてくれよ」
そう言いつつも手持ちの金は少ないので余り良い物は奢れそうにないのだが、色々と助言をしてくれたのだから相応の対価は必要となるだろう。
「な~に気にすんなよ。困ったときはお互い様だ。……そう言えば今更になるが、お前名前なんて言うんだ?」
勇者一行の元に居たら永遠に聞くことがなかったであろう台詞をニアスは口にすると、矢継ぎ早に名前を尋ねてきたが言われてみれば未だに教えていなかった気がする。
もしかしたら今後も付き合いがあるかも知れないし、ここは素直に教えておくべきだろう。
「ああ、まだ名乗っていなかったな。俺の名は【アマデウス=クリフォード】だ。改めてよろしくな」
「アマデウスか。余り聞かない名前だが覚えておくぜ。……んじゃ俺はそろそろ行くとするか。このあと遠征クエストで忙しいからな」
ニアスは俺の名前を聞いて珍しいとでも思ったのか顎下に手を添えて神妙な顔をしていたが、このあと直ぐにクエストの予定が入っているらしい。しかも遠征というのは聞いてその名の通り、遠くの地まで向かいそこで依頼を達成しなければならないのだ。
「そうなのか? まあ頑張ってくれ」
「ああ、お互いにな」
俺達は最後にそれだけ言葉を交わすと、そのままニアスは右手を小さく振りながら何処かへ向かって歩き出し姿を消した。
「さて……俺のやるべき道筋は見えたな。取り敢えず一気にランクを上げなければならないという事だ。その為にも受けるクエストはゴブリン退治ではなく、もっと危険度が高い難易度SS級のものを選ばないと」
彼に教えてもらった情報は確かに有難いものだが事態は急を要するということで、俺はSS級のクエストを探しに行くために席から立ち上がると提示版の元へと足を進めるのであった。
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