4話「ニートは物を無くす事に長けている」
ギルドの受付へと足を進めていた俺を止めさせたのは一人のドワーフの男で、彼は俺の素性を知っているのか白夜の一族という聞きなれない言葉を呟いて視線を合わせてきた。
そしてドワーフが放つ次の言葉を俺は固唾を飲んで待ち続けると、
「いや、知らんがな」
という気の抜けた返事を堂々と返してきた。
しかも彼は返事をした直後に魚料理を勢い良く酒で流し込んで喉を鳴らしいる。
「知らないのかよ!?」
そんなドワーフの姿を見ながら声を荒らげると、さっきまでの妙な間と白夜の一族というそれっぽい言葉は一体なんだったのかと全身が一気に脱力感に包まれた。
「まあ……知らんとは言ったが正確に言えば詳しい事を知らんということだ。人伝から聞いた話で構わんのなら直ぐに話せるがな」
「えっ、そうなのか? だったら是非頼む! 何でもいいから今は情報が欲しんだ!」
例え僅かな情報だとしても今は少しでもこの体の持ち主のことが分かるのなら、それに越したことはないと俺は彼に頼み込むように何度も頭を下げた。
「うむ、良かろう。まず白夜の一族とは目を疑う程の真っ白な髪をしていて、瞳は夜を彷彿とさせるほどの漆黒色なのが特徴的だな」
自身の顎髭を撫でながらドワーフは小さく頷くと矢継ぎ早に白夜の一族の特徴について教えてくれた。そして俺は前に自身の姿を一度だけ鏡で確認した事があるのだが、見た目的に年齢は18ぐらいの青年で確かに彼が言っている通りに髪は雪のように白く瞳は日本人のように黒かった。
「ほぇぇ~モンガスは色々と知ってんだな。でも探せば白髪に黒目なんて人間は幾らでも居ると思うんだが、何がそんなに珍しいんだよ?」
俺の横から突然姿を現すと彼は先程の陽気な雰囲気を醸し出している兄ちゃんで、モンガスというのはドワーフの名前だろう。
どこぞの某RPGでステテコダンスを踊っていそうな名前で実に覚えやすい。
……でも言われて見れば白髪に黒目なんて、この異世界には多く居そうで特段珍しいこともないのではと俺も陽気な兄ちゃんと同じ意見だ。
「ふむ、確かにニアスの言う通り探せば似たような者は多く見つかるだろうな。だが白夜の一族は普通の人間とはかなり異なるのだ」
髭を触る手を止めると途端にモンガスは神妙な口調となり、普通の人間とは異なるとはっきりとした声色で言い切った。さらに彼の言葉の中にはニアスという名前があったのだが、これは多分というより十中八九この陽気な兄ちゃんのことだろう。
「ど、どいうことだよ? つまり白夜の一族は人間じゃないのか?」
だが今は他人の名前を気にしている場合ではなく、自身の体が純粋な人間ではないのかという言い知れない恐怖感を抱えつつモンガスに聞き返す。
「それはワシにもわからん。だが彼らは特殊な瞳を使うことが可能で相手の動きを先読みしたり、噂では地獄で永遠に燃え続けているとされる黒炎すらも扱う事ができるとか……な」
しかし彼は即座に知らないと言い返してくると次に白夜の一族には特殊な能力があるとして色々と話し始めたが、そを訊くと確かに俺の体は普通の人間ではないという事が否応なしに自覚させられる。
「おお、なんだよそれ! 凄い格好良いじゃねぇか! おいやったなお前! どうやらお前さんは凄い一族の生まれみたいだぞ!」
ニアスが俺の背中を大きく叩いて声を弾ませながら格好良いとか言ってくるが、余りの情報量に脳内の思考回路が止まりかけていた。
けれどそんなに凄い瞳を持っていたとしても、俺は地獄の炎なんて一度も使ったことがない。
つまり俺の体は白夜の一族と呼ばれる者ではない可能性があり、そう考えると何とか気持ちに余裕が生まれて心を平穏に保たせることができた。
そう、俺の容姿は単純に白夜の一族に似ているだけでまったくの別人ということだ。
なんせ瞳云々の能力については一度もないのだから。これが何より証拠となるだろう。
「お、おう。これはありがとうと言うべきなのか……?」
取り敢えずニアスには何か返さないといけない気がして俺は疑問形でその言葉を送る。
「まあワシが知っているのはこれぐらいだな。あとはお前が自ら東の国に趣いて白夜の一族を探すことだ」
どうやらモンガスによる白夜の一族についての話はここで終わりらしく、俺の横に立っていたニアスは早々に自分の席にでも戻ったのだろう姿を消していた。
「あ、ああそうするよ。色々と教えてくれてありがとうなドワーフのおっちゃん! これは情報代として受け取ってくれ」
ニアスと違いモンガスに対しては正真正銘の感謝の言葉を送ると、俺は懐から銀貨を2枚取り出して彼の元へと投げた。やはり人に何かをしてもらったのならば、それ相応の代価を払うのが礼儀というものであろう。まあ生前の頃は何一つ俺は親に返したことはないがな。
「おっとと……すまないな。有り難く酒代にさせてもらうぞ。はははっ!」
投げられた銀貨2枚をモンガスは両手で受け止めると、既に金の使い道は決まっていたらしく高笑いを上げながらギルドのウェイトレスを呼んでいた。
――そんな彼から俺は視線を外すと、漸く本題の仲間探しを実行するべくギルドの受付所へと再び足を進め始めるのであった。
「初めましてカークランドのギルドへようこそ! ご要件はなんでしょうか?」
受付所へと到着すると早速一人の女性が俺の気配に気がついたらしく営業スマイル全開で声を掛けてきた。
「あ、はい。えっと仲間を募集したいのですが……」
既にその手の笑顔には慣れている俺は動じることなく余計なことは一切省いて要件を伝えた。
「パーティーの募集ですね。畏まりました。ではお手数ですが冒険者の証をこちらにお願いします」
そう言って女性は木製の丸い皿を差し出してくると、この皿の上に冒険者の証を乗せろということだろう。
「冒険者の証……ああ、ちょっと待って下さいね!」
俺は冒険者の証と聞いて一瞬だけ何それ状態に陥るが、直ぐにどんな物か思い出すと自身の懐に手を突っ込んで弄るようにして探し始める。
冒険者の証とは、その名のとおりで冒険者達の身分を証明するものであり色はブロンズ、シルバー、ゴールド、ダイヤモンドという風に色でランク分けされているのだ。
言わずもがな一番低いのはブロンズで俺が持っていたのはゴールドである。
「あ、あれ? ここに入れといた筈なんだけど……あれ!?」
しかし……なぜだろうか。一向に俺の手にはそれらしき物が触れる感触はなく、唯一触れるのは銀貨や銅貨と言ったお金だけであった。
……だけどそこで俺は悟らざる得なかった。
これは紛れもなく何処かで冒険者の証を無くしているという事実に。
「だ、大丈夫ですか?」
俺の探しっぷりに色々と察したのか受付の女性は苦笑いを浮かべている。
「す、すみません。失くしました冒険者の証……」
これ以上探しても出てくることはないだろうと思い正直に失くした事を白状した。
「紛失……ですね? でしたら再発行はできませので新たに冒険者登録をさせて頂きます。発行手数料として銀貨3枚お願い致しますね?」
「は、はい分かりました……」
再発行ができないというのは最初に証を作った時に聞いていたから知っているが、それでも銀貨3枚というのは些か値が張るのではと思えてならない。
普通それだけのお金があればエッチなお店で6時間は余裕で過ごせるというのにだ。
これは冒険者の証を作り直したら簡単なクエストでも受けて、ある程度お金を作らないといけないかも知れない。今後の旅を円滑に続ける為にもだ。
「それではこの紙に自身の名前と使う武器や得意な役回りなどを記入してください」
女性が胸ポケットから名刺のような大きさな紙を取り出して渡してくると、俺は字を書くのが生前の頃から苦手だというのに更に小さく書かなければならないとして、まるで魔物と戦う時のように全神経を研ぎ澄ましながらペンを握り締めるのであった。
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