46話「ニートは休養を強いられる」
アリスに全ての事情を伝えて今日はこの傭兵案内所で一泊していくかどうかを尋ねると、彼女は最初こそエルフの森という言葉に興味を惹かれたようで瞳を輝かせてはコップを掴む手が震えていた。
だがその反応を見るに恐らくアリスはエルフという種族と剣を交えてみたいという衝動に駆られているのだろう。もはや瞳を見るだけである程度の考えが分かるのだ。
それが良いのか悪いのかは今の俺には分からないけどもな。
しかしであるならば一刻も早くこの傭兵案内所から立ち去ることは、ほぼ確定事項であり後は返事を待つのみなのだが――
「それは大変魅力的な話ですわね。ですが……ここで一泊できるのであればわたくしは泊まりたいと思いますの!」
悩む素振りを少しだけ見せたあと持ち続けていたコップを机上へと戻すと同時にアリスは堂々とたる声でそう告げてきた。
そしてその言葉は俺からしてみれば予想外もいいところであり、一体なにをどう考えたらそういう結論に至るのかと……そんな気持ちで一杯となる。
「え、えっ? なんでだよ? エルフと戦いたくないのか? ほら、エルフと言えば剣技や魔法がきっと凄い筈だぞ!」
余りの出来事に頭が軽く混乱してしまうのだが、今の返事は多分だが一種の気の迷いだろうとして再び問い掛ける事にした。なんせあの戦闘民族並みの思考回路をしている彼女が、そんな戦いから背くような発言をするわけないからだ。
「それは勿論のこと戦いたいですわよ? なんせ魔法を使われての戦闘経験は一度もありませんから」
視線を逸らして再び椅子に背を預けるとアリスは、見るからに楽な姿勢を取ることで断固として動かないという意思を伝えてきた。けれどここでああそうと認めてしまえば傭兵案内所で一泊が確定してしまうことになる。
それだけは可能であれば避けたいところなのだ。
理由は言わずとも分かるだろうが伝説の剣の存在が大きいからである。
というか頭領から話を聞いた時点で中二病精神が擽られて体と心が浮ついて落ち着かないのだ。
そう、なんせ伝・説・の・剣だからだ。
もう今すぐにでも俺の物にして、この安物の剣と取り替えたいぐらいである!
「じゃ、じゃあ尚の事今すぐににでもエルフの森に!」
だが確かに言われてみれば今までの戦闘で彼女は魔法を使用する相手とは遭遇していない筈であり、ならばここはもうエルフの森へと向かう理由しかないだろうと顔を近づけては今すぐに出発したいという熱意をぶつけることにした。
「駄目ですわ! ここに泊まれるのであれば、頭領さんのお言葉に甘えるべきですの」
だがしかしアリスの駄目という声が響くと共に顔を右手で鷲掴みにされると軽く押し返されて無理やり距離を離された。
「え、えぇ……本当にどうしたんだよ? 外の気温にやられて風邪でも引いたのか?」
一層ここまでくると本当に彼女がアリス本人なのかどうか疑わしく思えてならないのだが、まさか体調が悪いだとかそんなことはないだろうかと一応確認の意味も込めて尋ねてみる。
「あら、わたくしは貴方の体を気遣って言っているのですのよ。……なんせあれだけの決闘を繰り広げたのですから当然、体には少なからずダメージが蓄積され残っているはず。ならここは一泊させてもらい体を休めて万全の状態を整えてから、エルフの森へと向かった方がいいでしょうからね」
すると彼女の一連の言動は全て俺の体を思うが故にのことであり、クラークとの決闘で負傷した箇所に的確に視線を向けて指摘してくると、どうやらアリスの考えは頭領と同じであることがわかる。
「なんで俺よりもお前の方がこの体ことを熟知してるんだよ……ったく」
これは本当に疑問なのだが女性というのは何故こうも人の体について分かるのだろうか。
これでも負傷した箇所を隠すように動きや仕草には気をつけていたのだが、取り敢えずここはアリスと頭領の勘が異様に鋭いということで納得しておくべきなのかも知れん。
「ふっ、話は纏まったようだな。では早速だがやるべきことがある」
話に区切りがついたところで頭領が横から声を掛けてきた。
「やるべきこと? なんだそれは?」
この期に及んでまだ何かあるのかと自然と身構えてしまう。
だが彼女は大きく頷きながら再び口を開くと、
「ああ、簡単なことだ。今から宴を開催することとする!」
両腕を組みながら唐突にもそんなことを言い出していた。
「「「お”お”お”お”お”ぅ”!」」」
そしてその言葉に逸早く反応したのは当然の如く傭兵の皆さんである。
「は、はぁ? なんで急に宴なんだよ?」
突拍子しもないその発言に対して自然と疑問が口から出ていくと、周囲の傭兵達との温度差を明確に感じられて乗りについていくことができない。
だがこれには流石のアリスも困惑の色を隠せないようで目を丸くさせていた。
「まあただの恒例行事の一つだ。このタスクでは客人を持て成す際には、必ず宴を行うことにしているのだ。だからお前達には嫌でも付き合ってもらうぞ。はははっ!」
如何にも傭兵達が好きそうな宴という行事に強制参加を言い渡してくると、もう今日はこれ以上は何も進展が起こることはないだとうと思えてしまいやる気が抜けていく。
「そ、そうなのか……。まあ食費が浮くと思えば多少はラッキーだと思うべきかぁ?」
だがそれでもお金が節約できたとして前向きに捉えることにした。
今後の旅路でお金が湯水のように流れていくのは容易に想像できることで、少しでも節約できるならばそれに越したことはない。
そう無理やり自分を納得させることで伝説の剣についての衝動を抑えることにした。
「さぁお前たちさっさと腰を上げて準備しろ。私はクラークの様子を見てくるから、それまでに飯と酒を用意しておけ。足りなければ食料庫を解放しても構わん」
手を叩きながら傭兵達を急かすようにして指示を出すと、そのまま頭領は建物内へと戻るべく足を進ませ始める。
「了解しやしたー!」
「直ぐに準備いたします!」
「うひょぉ! 肉が食える肉が食えるぞ~!」
周りからは指示を受けた傭兵達がまるで子供のような喜びの声を上げて準備を始めると、特になにも言われてない俺は一体どうするべきか分からず、取り敢えず椅子に座りながら周囲の様子を眺めることに徹した。
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