40話「お茶と菓子は勘弁してください」
気候が次第に落ちてくると周囲には冷たい風が吹き始めたのだが、それを逸早く野生の勘なのか頭領が察知すると建物の中へと入ることを提案してきて、俺としては戦闘後の披露やらも地味に全身に蓄積されていることから、その提案は有り難く受け入れさせて貰った。
そして今の今まで言い忘れていた事があるのだが、この異世界では気候が直ぐに変わりやすいという特徴を有していて、それは日本で過ごしていた俺ですら堪える時があるぐらいなのだ。
まあ年中家の中で過ごしていたから普通に暑いや寒いは厳しいんだけどな。
「おーい! そろそろ中に入るぞー!」
頭領の提案を受け入れたあと体をアリスの方へと向けると、未だに向こうでは何かしらの話に花が咲いているようで白熱した討論が行われていたが、一応建物の中へと入ることは伝えておかなければならないだろう。
ここで仮に黙って俺だけ先に寒さから避難したら、後々なにを言われるかなんて容易に想像できるからな。それに決闘を終えて疲労が全身を蝕んでいる今の状態で、怒りを顕にしたアリスの対応は正直に言うと面倒だという他ない。
「わかりましたのー! もう少し話したら私たちも中に入りますわ!」
すると彼女は右手を大きく振りながら反応を示すと、まだまだ女性傭兵達との話し合いに終わりが見えることはないらしく、この寒い風が適度に吹く場所でも無問題であるらしい。
やはりアリスはお嬢様というよりも限りなく俺達のような無法者に近い存在なのかも知れない。
生まれた環境が違えば恐らく彼女も今頃は有名な冒険者か、クラークのように何処かに属してそれなりの地位を得ていたかも知れないな。
まあ領主の一人娘だから今の方が地位は高いんだけどな。
だがそれでもアリスはお嬢様という身分よりも、遥かに血なまぐさい冒険者の方が似合うと俺は思うのだ。
「ああ、了解したー!」
色々と思いつつも返事をすると寒さを凌ぐ為に建物内へと移動するべく頭領の後を追うようにして付いて歩いていく。しかし彼女は何というか他人に背中を見せたくないのか、歩きながら終始顔を僅かに後ろに向けては横目で俺のことを見てくる。
一体なにを警戒しているのか分からないが、その横目は鋭く野生の獣を彷彿とさせるので辞めて頂きたいところではある。
実を言うと俺はこの異世界に来て勇者一行と旅をしている時に猫みたいな動物を発見したのだが、実はそれが獲物を引き寄せる為の擬餌であったのだ。本体は熊のような見た目をしていて体長は二メートルを容易に超えて太く短い四肢を持ち強力なカギ爪が備わっていたのだ。
それを見たときは本当に心の底から悲鳴をあげたもので、当時はまだチート能力があまり上手く使いこなせないこともあり本気で死を覚悟した瞬間でもあるのだ。
まあその時は周囲に勇者一行も居なかったことから情けない悲鳴を聞かれることもなかったがな。
ああ、それと補足して言うのであれば当時は死んだふりをして何とか乗り切ることができた。
あれは実際にやると分かるのだが生きた心地がしない。なんせ奴らは本当に死んでいるかの確認の為に、顔を近づけてきて念入りに観察してくるからな。
ちなみにこれは魔物の個体にもよるかもしれないが、吐く息が牛乳を拭いて尚且つトイレ掃除で使用したような不純を極めた雑巾のような匂いがするのだ。
取り敢えず一週間ぐらいは鼻が馬鹿になることは確実であろう。
「ん、付いたぞ。ここが私の部屋だ。モエギが来るまで、ここを使って待つといい」
自身のトラウマを思いだしていた間に何故か頭領の部屋の前へと着いていたらしく、妙な笑みを見せながら彼女は言うとドアノブに手を掛けて扉を開け放ち中へと入るように促していた。
「は、はぁ……失礼します」
いきなり女性の部屋に招待されることになろうとは予想外の事で呆気に取られるが、このまま入室を拒否することも雰囲気的には出来ないので大人しく中へと入ることにした。
そして頭領の部屋へと足を踏み入れて何気なく周囲の様子を伺うと驚くことに壁際には多くの多種多様な武器が飾られていて、しかもよく見れば武器だけではなく狼の剥製や毛皮までもがまるで骨董品のように丁寧に飾られていたのだ。
「むむ……もしかしてこれって……」
飾られている狼の毛皮を見て何かに似ているのではと思うと、それは頭領が着ているコートと同じ質感をしているということであった。つまりそれらの情報を纏めると彼女が身につけている柔らかそうなコートの正体は狼の毛皮で作られているということだろう。
「好きなところに座ってくれて構わないよ」
部屋を眺めていると横から頭領が声を掛けてきたが、彼女はそのまま歩みを進めて部屋の奥へと向かう。
「あ、はい。わかりました」
いつまでも棒立ちしていたもしょうがないとして言われた通りに近くの椅子に腰を下ろすと、この椅子は高級な物なのか座り心地がかなり良くて疲れた体には完璧だ。
俺はアリスの屋敷でも同じ感触の椅子を幾度と使用していたことから良い物と粗悪品の差が分かるのだ。
しかし気になるのは彼女は一体奥で何をしているのかと言うことであり、興味本位で視線を向けてみると頭領は手を動かしながら何かをしているようで時折、陶器のような物に金属の何かをぶつけて甲高い音を部屋に響かせていた。
「ああ、そうだ。キミはフォーヒーにシュリングは入れる派かな?」
それから手の動きを止めて頭領が振り返ると、聴き慣れない言葉を二つほど口にして尋ねてきた。だがそれはこの世界で言う飲み物の名前であり、フォーヒーは日本で言うコーヒーに分類される物で、もう一つのシュリングという単語は簡単に言えば砂糖という意味である。
この世界では向こうの世界と似たような物が多くあるが、若干名前などが異なるようで俺としては違和感しかないのだが慣れるしかないのだろう。
「は、はい。多めにお願いします……」
つい条件反射的に砂糖を入れることを頼んでしまうが、ここで思い出すは他人から出されるお茶とお菓子には絶対に手をつけたくないという鋼の意思である。
理由は言わなくとも分かると思うが俺はこの世界に来てから、人から出された物を口に入れて不幸な目にしか遭っていないのだ。それは最早トラウマ級の症状を発症させるぐらいにだ。
故に今回も同様の事が起こるのではと直ぐにでも断りたいのだが、正直に言うと頭領という女性は見るからにゴリゴリの武道派であることから断りにくいのだ。
というか今更断りの言葉を伝えたとして、それに意味があるのかどうかも疑問だ……。
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