1話「元ニート、勇者一行から追放されて再びニート」
「悪いが今日限りでキミにはパーティーを抜けてもらうよ。これは皆で話し合って出した結論だから、悪く思わないでくれたまえ」
「……はぁ?」
いきなりの追放宣言に俺の口からは気の抜けた声しか出なかった。
しかし俺の目の前で椅子に座りながら冷ややかな視線を向けてくる宝塚系の女性を目の当たりにすると、どう言い返すべきだろうかと正直悩む所ではあった。
……そして俺がなぜこんな場面に遭遇しているのかと聞かれると、それには深海よりも深い事情があるのだ。まず無事に異世界に転生したあと何処とも知らぬ森の中で目が覚めたのだが、そこで俺は既に詰の予感しかしていなかったのだ。
何故なら俺は転生したあとの事を何一つ女神から聞いていなかったからだ。
一体このあと自分は何をするべきなのだろうかと、その場で十分ぐらい悩んだ末に取り敢えず森を抜けてみようと考えて動き始めたのだ。
それから暫く森の中を徘徊すると妙に態とらしく二本のショートソードが綺麗な状態で置かれていたので、俺は自称女神のモニカに感謝の祈りを捧げつつ装備させて貰ったのだ。
これで一先ず装備云々の問題は解決したのだが、残りの問題はどうやって勇者一行に遭遇するかというものであった。
……まあ深く考えても答えが出る訳でもないだろうとして俺は再び森の中を歩き始めると、運が良いのか太陽が沈む前に森から脱出できて人が通りそうな道に出られたのだ。
そのあとは情報不足のモニカの事を罵倒しながら特に宛もなく道なりに沿って歩いていたのだが、そこへ突如として馬車に乗って三人の女性が現れたのだ。
一人は宝塚系で名前を【セシール=ミストラル】と言い、彼女は片手剣使いで身長も高く金色の長髪に碧眼という如何にも揃ったような美女で、しかもこの女性こそが勇者の証を持つ者であったのだ。つまり俺が手助けをして魔王を討伐させる為の張本人ということである。
あとはヒーラー役とタンク役の二人が居るのだが、ヒーラーの女性に関しては名前が【ベアータ=ベルティ】と言い、褐色肌で漆黒色の長髪をポニーテールのように纏めていて常に胸元が開いた魔導服を着ているのだ。さらに彼女は無口な方らしく俺は旅の道中一度も話し掛けられたことがない。
それとタンクの女性については名前を【ヴァシリーサ=レノフ】と言い、長髪で薄い青色をしていて横髪を三つ編みとしているのが特徴的である。
……がしかし彼女の特徴はそれだけはなく、まるで格闘家のように体格が大きく且つ筋力量が凄まじいのも印象的であるのだ。
まず腹筋が割れていることは無論のこと、ヴァシリーサは重さ1,980キログラムの鉄製の大盾を軽々と片手で振り回せるほどの力を有しているのだ。ちなみに彼女は見かけによらず花が好きらしく、旅の先々で珍しい花を購入しては早々に枯らしていた。
――――とまあ俺が勇者一行と無事に合流する事が出来ると、どうやら向こう側では俺がここに現れることは予言という形で知らされていたらしいのだ。
来るべき日に二本の剣を背中に携えし青年を仲間にしなさい。という某RPG風な感じで。
その予言の話しを聞いてモニカもしっかりと働いているようで俺は安堵すると共に、これから勇者一行の手助けをする旅が始まるのだと気分は上昇していくばかりであったのだ。
ちなみにこの世界での俺の名前は【アマデウス=クリフォード】で通してある。
流石に日本で生活していた頃の名前を使うことはできないから、勇者達と出会った時にこの世界観に合うものを適当に考えて述べたのだ。
……だがどうしてこうなったのだろうか。
俺が勇者一行に加わり一年が経過すると急にセシールから大事な話があると言われて酒場の個室に連れて行かれたのだが、部屋に入るなり言われた言葉が先程のあれである。
「はぁ? ではないよ。キミはもうパーティーに必要ないと言っているんだ」
セシールは俺の返事を聞いて再び追放宣言をしてくると、その声色は重たいもので真剣だという気持ちが否応にも伝わってくる。
現在の時刻は昼頃で個室の外からは他の冒険者達の賑やかな話し声が聞こえてくるのだが、この部屋に漂うものはそれとは真逆なもので俺は胃が締めつけられるような感覚を受けていた。
「り、理由を……聞いても?」
そしてこの部屋にはセシールの他にもベアータやヴァシリーサも居るのだが二人は俺と視線を合わせようとしない。というよりかは意図的に避けているようにも伺えた。
「はぁ……まあいいだろう。理由を話した方がキミも納得するだろうしね」
短く溜息を吐いてセシールは椅子の肘掛けに肘を乗せて頬杖を付くと、全身から面倒くさそうな雰囲気を放っていた。
だが俺としては何としても理由は聞かねばならないのだ。そうでないと魔王討伐後の何でも一つ願い事が叶えられるという機会が永遠に失われてしまうからだ。
「実はキミをパーティーから抜けさせるという話は半年ほど前からしていてね。それはキミが思った以上に使えない部類の人間だったからさ」
小さく顔を左右に振りながら彼女は人を嘲笑うかのような表情で理由を語りだすと、ベアータやヴァシリーサも同様の思いなのか頷いていた。
俺はその事を聞いて初めて三人がそんなことを前々から話し合っていた事実を知ると、無性に心の底から苛立ちという怒りの衝動が込み上げてくる。
中学生の頃もそうだったのだ。
修学旅行の時に友達が居ない俺は担任の独断により適当な班に組み分けされて、修学旅行中に邪魔だからという理由で知らない街に置いて行かれた思い出があるのだ。
その事と今回のことを組み合わせるのならば、俺という存在が嫌なら出会った当初に、班に組み分けされた時に、何かしら明確に嫌だとか無理とか言ってくれた方がまだマシなのだ。
寧ろそうしてくれた方が俺は無駄な時間を過ごさずに、しかも心に傷を負うこともなかったと。
なのにどうして時間が過ぎてからそうやって後出しジャンケンのように言うのだろうか。
こっちは不器用なりにも迷惑を掛けないように頑張っているというのに。
そりゃぁ、ニート歴が長いから人とのコミュニケーションは苦痛で仕方ないけどもさ!
しかし、しかしだ! それでもいきなりこれは酷いのではないだろうか……。
「予言では二刀流使いは最強の剣豪であり、勇者一行を魔王の元へと導くと言われていたんだけどね。だが実際はどうだい? 小物の魔物しか倒さず大物だけは私達に押し付けるという、ただの無能じゃないか」
俺が唖然として頭の中で独り言を呟いていると、その間にもセシールは理由を淡々と語っているようで勇者一行から追放する決め手となったのは小物しか倒さないからという理由らしい。
「貴方には期待していたのに、がっかりです」
「チッ、やっぱり男はダメだな。腰抜けばかりだぜ」
すると先程まで無言のまま壁際に立っていた二人が口を開くと、ベアータは感情の篭っていない声でそう言い、ヴァシリーサは大きく舌打ちすると両腕を組みながら俺を睨んできた。
「……た、確かにそれは事実だ。だがそうしないといけない理――」
そんな二人からの威圧感も相まって弁明という訳ではないが、このまま俺不在で魔王討伐が成されることだけは避けようと思い、モニカのことや自分がここに来た理由を話そうと声を捻り出すが……
「黙れ。無能の言葉なんぞ聞きたくもない。それにもうキミの後継人には見つけているからね。……さぁ、入ってきなさい」
セシールは劈くように言葉で俺を無理やり黙らせると、そのまま両手を叩いて後継人とやらを部屋に招き入れようとしていた。ということは既に俺の追放は紛れもない事実であり、ドッキリ等の可能性は完全に皆無となった瞬間である。
……だが聞いて欲しい。俺が小物しか倒せない理由について、それは単純にモニカから言われた目立たないようにを俺なりに追求した結果であるのだ。
理由としては大物の周りには必ず取巻きの小物が居るからだ。
ならば小物は俺が全て倒して美味しいところだけは、勇者一行に任せるというのが一番良いやり方なのではないかと。
そうすることで名声と実績が共に上がるだろうと当初の俺は考えていたのだが……。
「は、はいっ! 失礼いたします!」
その活気のある声と扉の開く音によって俺の思案が中断させられると、背後からは茶色の長い髪を靡かせた女性がすぐ横を通り過ぎてセシールの椅子の横に立った。
見れば彼女は腰にショートソードを携えているようである。
「ふふっ、そんなに緊張しなとくも大丈夫だよ。この男は野蛮なオークと同等の価値しかない人間だからね」
部屋に入ってきた女性に対してセシールは優しい口調で語りかけると、俺はこの宝塚系の勇者が実は大の女好きであることを思い出した。森を出て直ぐに出会った当初も俺を見るなり露骨に嫌な顔をしていたぐらいで、恐らく彼女は男性嫌いの女性好きであるのだろう。
「……あ、そうだ。どうせなら殴ってみるかい? 無能な男を殴るのもそれなりに快感があるものだよ。それに今まで私達に追わせてきた負担を考えると腕の一本や二本、切り落としたいぐらいさ」
なにを思ったのか急にセシールは手を大きく叩いて笑みを浮かべると、茶髪の女性に俺を殴らせようとする発言をしていた。一体彼女はどれほど俺の事を嫌っているのか分からないが相当嫌われていることは今確認出来た。
しかしいきなりそんな事を言われても困るだろうにと俺は彼女に視線を向けると、
「えっ、いいんですか!? 実は私、男性の人を一度本気で殴ってみたかったんですよ! ありがとうございますセシールさん! ではさっそく遠慮なく殴らせて頂きます!」
どういうことだろうか茶髪の女性は意気揚々した表情でセシールに感謝を述べたあと拳を固く握り締めていた。そして彼女は腰に力を入れるようにして体を動かすと、寸分の狂いもなく真っ直ぐ拳を俺の腹部に目掛けて打ち込んでくる。
「はあ!? ま、まって――――がぁっ!?」
一見大人しそうな茶髪の女性がそんなにもサイコだとは思わず反応が遅れると、彼女の拳は俺の腹部に直撃したと捻りを加えてきて更に衝撃を倍増させてきた。
「ううっあぁぁ……っ」
鈍い痛みと拳が鳩尾に入り込んだ事で俺は両膝を床に付けると腹を抱えてその場に蹲る。
くそっ……とんでもない痛みだ。俺が下手に出ればアイツら調子に乗りやがる……。
しかもなんだよあの茶髪の女は……なんで初対面の男に遠慮なく全力のグーパンチがお見舞いできるんだよ……。この世界の女性は皆頭がおかしいのか?
「うんうん、実に良い声だ。無能らしくて品のないところが特にね。……さて、ヴァシリーサもどうだい? 常々殴たりと言っていたし、ちょうどいい機会だと思うけど」
珍しく機嫌が良さそうにセシールは柔らかい声を出して何度も頷いて反応すると、視線を彼女の方へと向けて今度はヴァシリーサという怪力女に俺を殴らせようとしていた。多分だがセシールはあわよくば俺を殺す気でいるのではないかと、その時何となくだが分かってしまった。
「ああ、勿論だ。こんなに気分が上がることは滅多にないぜ! いっぱい殴ってやっから簡単にくたばってくれるなよ!」
彼女の提案にヴァシリーサは肩を回しながら乗り出すと、壁際から離れて俺の元へと近づくように歩みを進め始めた。
けれど俺はこんな下らない事で怪我を負うのは愚の骨頂だと思い、
「……はっ、お前達は嘗てないほどの過ちを犯したな。俺をパーティーから追い出すという、その選択。必ず後悔することになるぞ」
蹲っていた体を起こして全員に顔を向けながら後悔するという宣告した。
だがこれは決して見栄を張った訳でなはなく、紛れもない真実であるのだ。
「くふっ、一体何を言っているんだキミは? パーティーのお荷物を捨てるだけで何故私達が後悔するんだい?」
セシールは口元に手を添えながら堪えきれないという感じで笑みを零すと、それに続いて茶髪の女性も俺から顔を背けて笑うのを必死に堪えている様子であった。
「はぁ……馬鹿だとは思っていましたが、まさかこれほどの者だったとは思いませんでした」
ベアータが消えりそうな声で静かに罵倒してくると、道端に転がる魔物の汚物を見るような視線も同時に向けてくる。
「ゴタゴタとうるせえよ。まずはその歯を全部へし折って黙らせてやらぁぁあ!」
俺の元へと歩みを進めていたヴァシリーサが急に表情を鬼のような形相に変えると、床を思いっきり踏み込んで一気に距離を縮めてきた。
「はぁ……やれやれだぜ」
俺は猪突猛進してくる彼女を視界に捉えつつ懐に手を入れると、白色の小さな玉を二個ほど取り出して床に叩きつけようと腕を振り上げた。
実はこういう場合を想定……いや本当は野盗に襲われた時ように護身は万全であるのだ。
「ッ……煙幕玉かっ!?」
セシールは俺が懐から取り出した丸い物の正体を即座に見破ったようだが、時すでに遅し状態で煙幕玉を床に叩きつけると部屋の中は一瞬にして濃い白煙に包まれて視界が封じられた。
「ったく、本当にどうなっても知らねーからな。俺は忠告したからな一応。んじゃ、ばいばーい」
一番扉に近いところに居た俺は視界を封じても特に支障はなく、ヴァシリーサ達に捕まる前に難なく部屋を出て行くと最後に勇者一行のもとで一年働いた分の報酬として、メンバー全員の下着を貰っていくことを心に決めるのであった。
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