表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/49

プロローグ「ニートのおっさん、親に刺されて転生する」後編

「あのーもし? 起きてくださーいよ」


 意識が途絶えてからどれくらいの時間が経過したのだろう、俺の右耳からは聞いた事もない女性の声がふんわりと聞こえてきた。


 ……いや聞いたことないというのは語弊かも知れない。

 エロゲーを攻略していた時に似たような声を聞いたことがある気がする。


「あのぉぉぉ! 起きてくださーいよぉぉ!」


 すると女性は業を煮やしたのか鼓膜を破る勢いで大きな声を出すと、俺の意識は耳鳴りと共に否応にも覚醒へと促されていた。


「なんだよ……俺はもっと寝てい……はっ!? う、うああぁっ!? 包丁が俺の体をっ! 出血多量でこのままじゃ死ぬ! 嫌だ! もっと生きていたい! 死ぬのは嫌だぁぁあ!」


 そして俺は深い眠りから覚めるように体を起こすと、つい先程の血の惨劇が脳内にフラッシュバックして咄嗟に全身を触りながら悲鳴をあげて涙を流すと、あんなつまらない死に方は嫌だとその場に蹲りながら震えた。


「落ち着いて下さいよ。そしてご自身の体を良くご覧になられては?」


 エロゲーで聞いたような事のある声を持つ女性が、まるで子供をあやすように再び声を掛けてくる。


「えっ? あ、はい。なんかすいません……って!? 俺、生きてるぅぅぅ!? 嘘だろあの状態でだぞ! まじかよ! やはりニートの生命力はゴキブリ並とはよく言ったものだな! ざまあみろクソ親どもがぁ! はっはは!」


 女性に言われて俺は自身が滅多刺しにされて中身が見えていた腹部に視線を移すと、そこには血まみれになった服があるのみで特段痛みを感じることはなく、更に確認の意味を込めて手で触れてみたが傷痕らしきものは一切見受けられなかった。

 

「あー……なんか面倒な方が来てしまった予感がしますね。これは」


 俺の目の前では眉間を押さえながら女性が重たい表情を浮かべている

 しかし今更ながらに思うがこの女性は一体誰なのだろうか。


 そしてよくよく周囲を見渡して見ると、ここはどうやら俺の家ではないらしい。

 なんか天井には星のような形をした物が無数に光輝いていて、床に至ってはブラックホールのように真っ黒で意識が吸い込まそうな印象を受けた。


 だが俺は実際にブラックホールを見たこともないし、吸い込まれたこともないから唯の憶測である。そう、言ってしまえば例え話であるのだ。


 けれど今はそんなことを考えるよりも先に、


「あ、あの……すいません。ここはどこでしょうか? そして貴女は誰ですか? 声優さんですか? サインを貰ってもよろし?」


 俺は女性と視線を合わせると自分でも分かるほどに怒涛の質問責めを披露した。

 だがそれと同時に今一度しっかりと女性の姿を視界に捉えると、彼女は純白の長髪に人間離れした美しい白肌を見せていて、瞳は晴れた空のように明るい色をしていた。

 

 服装は修道服のような物を着ているのだが、明らかに日本人ではないことは容易に理解できる。

 というよりぶっちゃけアニメの世界から飛び出してきたのではと思えるほどに可愛い。

 

「……はぁ。順番に追って話しますので暫く黙っていてください」


 面倒くさそうに溜息を吐いて女性は右手の人差し指を立たせて一の字を書くように横に振る。

 すると途端に俺の口は自らの意思に関係なくチャックが閉じるように開かなくなった。


「ッ!? んん”~~ん”ん”っ!」


 その急な出来事に一種の催眠術かと思い必死に口を開けようと唇の間に指をねじ込もうとするが、まるで俺の口は見えざる手によって塞がれているように僅かな隙間すら生まれることはなかった。


 ……でも諦めるのもなんだが癪なのでそのあとも五分ぐらいは口を開けようと奮闘したのだが、ついに俺の努力が実ることはく無駄に体力を使っただけで疲れ果ててその場に座り込んだ。


「ふんっ、無駄だと言うことが漸く理解できました? ではそろそろ本題を進めますよ」


 いつの間にか女性は椅子に腰掛けていて、俺の努力を鼻で笑うような素振りを見せてくると一方的に話を進めだした。しかし今の俺は口が開けられない状態なので黙って聞くことしか選択肢はなかった。

 

「えーっとまずはですね。貴方は死にました。ええ、それも実の親に包丁で滅多刺しにされてですね」


 いきなり女性はそんな事を言い出すと右手で包丁を握るような仕草を見せて何度も上下に振り出した。それはまるで男性のナニを発電させる時のような仕草にも見えなくはないが、生憎今の俺に性欲は皆無であり脳裏に刺された時の記憶が再び蘇ると気持ち悪くなった。


「……ッ!」


 というより吐きそうになるが口が開かないので、胃液が喉を上がってきた際の妙な痺れと酸味が永遠と口内に残り続けていた。

  ある意味これは新手の拷問なのではないだろうかと思えるほどにキツイ。


「それでここは天国とも地獄とも違う次元の狭間という場所であって、私はここの管理人をしている女神の【モニカ】です」


 俺が口内に残留した胃液で苦しんでいるというのに、モニカという女性は偉そうに椅子に座りながら女神なんぞという言葉を真顔のまま口にしてくる。

 しかも俺の反応を待たずして矢継ぎ早に話を進めていくと、

 

「それでですね? 死んだ直後の貴方をここに引っ張ってきたのには理由があるんですよ。というのも私が担当している異世界が今ものすごく魔王軍に攻め込まれていて劣勢なのです。だから貴方には魔王を倒す手助けをして欲しいのですよっ!」


 自称女神のモニカは俺にびしっと指を差しながら決め顔を見せつけてくる。

 だがその話を聞いて全てを鵜呑みにすることはできないが、少なくとも死んでいるという部分に関しては納得していた。


 だって血まみれの服を着ている状態でしかも、あんな凄惨な光景がずっと頭の中で何度も再生されるのだから。寧ろ死んでいると言われた方がまだ信憑性が高くて安心できる。


「……あっ、すみません。魔法を掛けていたら喋れませんよね。いま解除します」

 

 モニカは態とらしく左手を口元に添えてから言うと、再び人差し指で一の字を書くように今度は逆の手順でそれを行った。

 すると俺の口は瞬時に豆腐のように柔らかく軽くなり自由に開閉ができるよになった。


「はぁ……やっと自由に喋られるようになった。ったく……今のは何なんだよ本当に」


 自身の口周りをぺたぺたを指先で触れて俺は口が自らの意思で開くことに安心感を覚える。


「ふふっ、私女神なので何でもできちゃうのです。それよりも魔王討伐の手助けをお願いできないでしょうか?」


 なんとも小悪魔っぽく片目を閉じながら笑みを見せてくるモニカだが、どうしてだろう不思議と声だけは良いから何を言っても可愛く見える。

 そして両手を組みながら少し潤んだ瞳を向けてくるあたり、とてもあざといと言えるだろう。


「あー……それを仮に俺が受けたとして何かメリットはあるのか?」


 自慢ではないが俺はこういうあざとい系の女性に弱い傾向にある。

 故にこうやって見え見えの誘い方に乗ってしまうことも多々あるのだ。


 経験談としては学生時代に同級生の女子から同じように頼まれて変な壺を買った経験がある。

 値段は二万ぐらいだった気がするが……恐らくあの時の俺は正気ではなかったのだろう。

 もし仮にあの頃の二万が戻ってくるのならば、俺は迷わず競馬に注ぎ込んで増やす方法を取るだろうし。


「はい! 勿論ありますよ! それはもう沢山ですっ! まずですね、無事に目的を達成された暁には何でも願いを一つだけ叶えてあげちゃいますっ!」


 ……とそんな事を俺が思っているとモニカは張り付いたような満面の笑みでメリットについて教えてくれた。恐らくあれが俗に言う営業スマイルというものだろうが、それはそれとして彼女が今言った事が本当ならば話に乗るのも中々に有りかも知れないと思えた。


 ――いや、寧ろ何でも願いが叶うなら迷わず受けるべきではないだろうか。


「ほう、何でも願いが叶うと……。よろしい、ならば受けよう。で? 俺の戦場はどこだ?」


 俺は顎に手を当てながら深く考えるような仕草をしてみるが特に深いことは何も考えていない。

 強いて言うならば既に願い事の方を思案しているぐらいだ。


「えっ!? い、いいんですか? そんな即決しちゃって……自分で言っておいてアレですけども……」


 モニカは俺の有無を言わせない判断に度肝を抜かれているのか目を丸くさせて反応しているが、そんな呆気に取られた彼女の姿もまた可愛いと言えるだろう。

 やはり声が全てである。萌え声万歳!


「構わん。どうせ一度死んだ身。ならば面白そうな話に乗っかってみるのも一興だと思ってな」


 そう返事をすると俺は自身の中で一番格好良いと思われる仕草を思い出して、両腕を組みながら微笑み掛けるように笑み作って送る。


「そ、そうですか……。ではさっそく詳しい内容をお話致しますね! 取り敢えず貴方には特典と呼ばれるギフトを一つ選んで貰います! それは最強の武器であったり、魔法の才能であったりと様々です!」


 モニカは俺の渾身の笑みを軽く受け流したのか、はたまた見てない振りをしているのか、少しだけ冷たい視線を向けたあと詳しい内容とやらの説明を始めた。


「ギフト……ふむ、なるほど理解した」


 俺は彼女のそんな生ゴミを見るような瞳を見て少しだけ中学の頃の暗い記憶が蘇ると、心の奥で何かに亀裂が入るような不透明な音が響き聞こえた気がした。


「そして次に一番重要なことなのですが、貴方はくれぐれも目立たないように勇者一行の手助けをして下さい。あくまでも魔王は勇者に倒されないといけないので! これは神々の法則で決まり事なのです」


 またもや得意気な顔を見せてモニカは話を続けていくと、どうやら俺は魔王を倒す勇者のサポートをしなければならないらしい。その神々の法則とやらがいまいち理解不能だが、詰まるところ俺は選ばれし勇者的な存在ではないのだろう。


「目立たないようにか……まあそれなら得意中の得意だな。任せておけ」


 しかしだからと言って別に嫌でもなんでもない。何故なら俺は長年ニートをしていたおかげで、表舞台から姿を消す技術には長けている自身があるからだ。

 故に日陰者になれと言われれば好都合である。


「おお! それは良かったです! じゃあ早速この紙の中から特典を選んで下さいね! ……あ、あと特典を選んでからの変更は不可能ですので予めご了承ください」


 両手を合わせて感謝の言葉を口にしたあとモニカは次に指を鳴らして、何もない空中から大量の絵が書かれた紙の束を降らせて特典とやらを選ぶように指示してきた。


「お、おう。わかった。じゃあざっと一通り見てみるか」


 まるで手品でも見ているような錯覚に陥るが今は言われた通りに特典を選ぶべく、床に散らばった紙を一枚一枚手にしてじっくりと中身を見つつも他の物と比べて慎重に選ぶ事にした。


 ……それから俺が特典を選ぶべく悩みに悩むと時間はあっという間に進んでいき、


「ねーねー、決まりましたぁ? もう三十分も経過しちゃいましたけど」


 モニカは既に飽きているのか椅子に座りながら両足をぷらぷらと揺らしていた。


「ま、待ってくれ! どれも良いものばかりで悩むぜ……これは!」


 顔を前に向けて彼女にもう暫く待つように声を掛けると俺の両手には二つの紙が握られていて、その二つの特典をじっくりと見比べて最後の決断を下そうとしていたのだが……


「――なっ!? こ、これは二刀流最強セット一式だと!」


 両手に持っていた二つの特典を一旦床に置こうとして俺は視線を下に向けると、そこには先程まで気づかなかったが男子諸君が一度は夢見る憧れの特典内容が書かれている紙が転がっていたのだ。


「ああ、それなら私もオススメしますよー」


 気怠そうにモニカが反応を示してくる。


「よし、特典はこれにしよう! それであとは何かやるべきことはあるのか?」

 

 ついに俺は長きに終える戦いに終焉を迎える事が出来ると気分は向上していく一方であった。

 なんせ異世界で俺が二刀流を匠に扱い無双していく訳だからだ。

 

 ……まあ目立たないようにという前提条件はあるが。

 

 それでも俺は今までの腐っていた人生を爽快にやり直せるのではないかという、そういう僅かばかりの期待を心の中で膨らませていくと珍しく何かに対して前向きになることが出来た。


「いえ、それで終わりです。あとは後ろの転移の魔法陣に立って待機していて下さい。異世界に飛ばす云々は私の仕事ですので」


 しかしそんな俺の明るい心とは対照的にモニカは冷たい声色で事務的な言葉を吐いてくる。

 もう少しこう……なんか気を遣う様な言葉があるのではないかと思うが、


「お、おう! 了解したぜ!」


 今の俺は流されるままに親指をぐっと上げて言われた通り従った。


「うーん……にしてもそのやせ細った肉体ではどうも異世界では生きていけない雰囲気がしますねぇ」

 

 床に書かれた陣の上に俺が立つとモニカは円を描くように右手を動かしつつ左手を自身の顎に当てながら、いきなり異世界では生きていけないと言う死亡フラグのような言葉を浴びせてきた。

 その余りにも突然な死の宣告に俺は呆気に取られて言葉が出ない。


「……あっ、そうだ。ちょうど昨日向こうの世界で死んだ若い男性の遺体がありますのでサービスとして、そちらの遺体に貴方の魂を移しときますね」

 

 彼女は何を思ったのか死を冒涜するネクロマンサーのような言葉を言い始めると、俺は本当にモニカが女神なのかどうか考えてしまい一気に怪しくなった。

 

「えーっと、つまりはどういう意味?」

「まっ、あとの事は向こうの世界で自分で確認してください。きっと後悔はしませんから。……そう、今までの生活に比べたらねっ!」


 モニカは俺の疑問をそよ風の如く受け流すと左手でも円を描き始めて、やがて陣が緑色の鈍い光を放ち始めると確かに見た目だけは異世界に転生できそうな雰囲気がある。


「は、はぁ? ……ってお前俺の今まのでニート生活知って――」

「ぐっどら~っく二龍隆史くん! また会う時を楽しみにしてるよ~!」


 彼女は俺の声に被せるようにして別れのような言葉を口にすると満面の笑みを浮かべて両手を振っていたが、そこで陣が一段と眩い光を放ち始めると俺は堪らず目を閉じるのであった。

最後まで読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

宜しければ評価と、ブックマーク登録を、お願い致します。

活動の励みとなり、更新が維持出来ます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ