16話「勇者一行が搜索願いを出し、ニートは慌てて街を出ようとする」
渡り鳥から届けられた新聞を見て勇者一行が俺の行方を探している事に気が付くと、急いでカークランドから離れようと決意して直ぐに荷造りを開始するべくアリスに声を掛ける事にした。
「おーい、アリスーッ! 今日の特訓はここまでにして後は自由時間でいいぞ!」
三メートルほど離れている彼女に向けて大声を出して特訓を途中で辞めるように言うと、俺としては荷造りをしてこの屋敷を出て行く事を悟られてはいけないとして、妙な緊張感が一瞬にして全身を駆け巡った。
「あら、急にどうなされましたの? 何か急用でも?」
すると当然の如くアリスは困惑しているのか疑問の声色を出しつつ素振りを止めて顔を向けてきた。
「ま、まあな。ちょっと忘れていた用事があってな」
あまり深い理由をここで言い出すと後で追求された時に綻びが生じて嘘だと言うことが容易に発覚する事を予想し、ここは敢えて浅い感じで理由を伝えることにした。
取り敢えずとしてはこの屋敷から出るまでが早急の課題となり、誰にも見つからないように脱出しなければならないだろう。つまりこれより先はステルスミッションとなる訳だ。
それとちなみに言うと生前の頃の俺は隠密行動を必須とするゲームが大の苦手で何度も台パンをした経験がある。だがしかし今回はリアルでマジの方であり失敗は一度も許されないという、これなんてハードゲームだよとツッコミたくなるほどだ。
「そうですか。では今日のところはこれぐらいにして……あっ、そうですわ! でしたら後でわたくしの部屋でお茶会をしませんこと?」
納得したようでアリスがレイピアを鞘に収めると急に何かを思いついたように両手を叩いて瞳を輝かせながらお茶会という地獄のパーティーを口にして剰え俺を誘ってきた。
「お、お茶会だと……。分かった。所要を終わらせたら直ぐ向かうとする」
一瞬だけだがこの場で即答して断ろうという考えが脳内に巡るが、それだと逆に怪しまれるとして思考を正すと親指を立たせて如何にもお茶会を楽しみにしている雰囲気を装うことにした。
「承知致しましたわ。とっておきの紅茶とお茶菓子を用意して待っていますの!」
口元を緩ませて軽やかな声を出すとアリスはそのままステップを踏みながら屋敷へと戻っていく。
だがそんな彼女の純粋な姿を目の当たりにすると遥か昔に失くしたと思い込んでいた良心の部分が、見えざる手で握られているような感覚を受けて普通に罪悪感で押しつぶされそうになる。
これでも数ヶ月の間は剣の扱い方を教えて同じ飯を食べて共にお茶会や街に買い物などをしたりした仲であるのだ。
何も言わずに黙って出て行くのは些か心無いかもしれないが、これも俺の本懐を遂げる為に必要なのだ。致し方あるまい。ここは一切の情を無くすべき所であろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「さて、取り敢えず誰にも見られないように部屋へと戻ってきたが急いで荷物を纏めないとな」
自室へと到着して直ぐに部屋全体を見渡すと脱ぎ捨てた服や下着が所々に乱雑に脱ぎ捨てられていて、一先ずとしては休日の時に事前に街で購入していおた革製のバッグに全てを詰め込まなければならない。
「これからの旅に使えると思って銀貨30枚で購入したが、まさかこうも早くに役に立つとはな」
革製のバッグを開いてから部屋中に散らかる物を掻き集めると無理やり押し込んで次々入れ込むと、瞬く間にバッグは容量を超えてチャックが閉じなくなるが気合で引っ張ると『ミシィ』という奇妙な音を出しながらも閉じる事に成功した。
「ふぅ……これで俺の居た痕跡は大丈夫だろう。けれどもし何か忘れていたら魔法使い職の奴らが俺の私物を媒介として探知してくるからな。まったく、この世界の魔法は絶対にメンヘラやヤンデレには覚えさせてはいけないと思うぜ」
部屋全体を見渡しながらそんな事を呟くと荷物で一杯になり今にも溢れ出そうな雰囲気を出している革製のバッグを抱えて部屋の済へと置く。そうして残る問題としては、この屋敷を如何にして脱出するかと言う問題だけだろう。
「うーむ、この時間は広間を掃除している給仕達が数名ほど居るからな。……となればやはり夜帯を狙ったほうが賢い選択やも知れん」
この屋敷を出る手順としてはまず第一に屋敷内から脱出して、次に広間と呼ばれる外庭を歩いていて門のところまでたどり着かないといけないのだ。
そして難関所を言うのであれば、それはずばり屋敷内の一階だろう。
今俺が使用している部屋は二階なのだが給仕達の休憩室が一階の出入り口付近にあるのだ。
主に昼間はそこまで使用されてはいないのだが、夜になると三人ほどが交代で使用しているのだ。恐らく見張り役を時間で交代して仮眠をしたりしているのだろう。
……ということは見張り役も何とかしないといけない事になる。
しかし愚かなことに俺は今の今まで数多の時間があったにも関わらず一度も見張りの配置や、屋敷を巡回する給仕達のルートなどを調べて記録していなかったのだ。
そもそもの話こんな事になろうと予想だにしてなく、そんなことをする考えすら頭になかった。
とどのつまり脱出する際は正真正銘、一度きりの本番というとになる。
「ど、どうする。いや、今更どうしようもない……やるしか道は残されていない。だが仮に脱出が失敗した場合はどうなるのだろか。色々と不安要素は尽きないが、脱出決行は深夜の時間帯ということに変わりはない」
色々と不安要素が頭の中に込み上げて足が震えるが、どのみちここに居ても新聞の内容を見たモーセルに捉えられることを考えれば、どの選択を選んだとしても対して変わりはないとして荒ぶる気持ちを沈ませる。
「だが問題は他にもある。それはモーセルがいつ新聞を目にするかという問題だ。しかし幸いにも今日は一日中、領主としての仕事が忙しく大丈夫だろう。けれど可能性として給仕達がそれとなく情報を渡すことも考えられる」
これは本当に面倒事になる予感しかしてこなくなると、今現在でこの屋敷に居る者は全員敵として考えるのが妥当なのかも知れない。そして脱出の予定は今のところ夜に設定してあるが、状況次第では早急に出られるように構えておいた方がいいだろうな。
「はぁ……本当に勇者一行と関わると碌な事にならないな」
額に手を当てながら勇者一行の面々を思い出すと前頭葉が重たくなるを鮮明に感じられた。
そして深い溜息を吐いて不安を拭い去ろうとすると突如として部屋の扉が三回ノックされ、
「アマデウスさん居ますか? 珍しい茶葉を手に入れましたので、お茶会をする前に一緒に……一口……飲みま……」
アリスの声が聞こえた時には既に何もかもが遅く彼女は部屋の扉を開け放ち足を踏み入れていた。そう、俺が全ての荷物を片付けて夜逃げを決行しようとしている最中の部屋にだ。
「ぬぁっ! ア、アリス!?」
彼女が部屋へと入る途中で言葉を止めた姿を視界の真ん中で捉えてしまうと、そう自然と驚愕の声が喉から口へと伝わり飛び出していく。
だがこれは気のせいなのだろうかアリスの瞳から一瞬にして光が消え去るような印象を受けると、それと同時に凍土のような冷たさを放っているように物凄く感じられるのだ。
「何処かに……お出かけでも致しますの?」
そう尋ねてくる彼女は首を傾げているが瞬きを一切せずに視線を合わせてくると両手には銀色に光り輝くトレイを手にしていて、その上にはティーカップが二個と紅茶が注がれているであろうポッドが乗せられていることに気が付いた。
「いや、まあそんなところだ……あははっ」
精一杯誤魔化そうと光の速さで妙案と呼ばれるものを頭の中で考えるが、それはこういう時に限って直ぐに浮かばず綻びが生じていくものだとこの時の俺は、アリスの絶対零度のような眼差しを受けながら実感させられるのであった。
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