12話「ニートVS領主の娘」
モーセルから印鑑を強奪するかどうか悩みながらも部屋を出たあと、俺は令嬢と顔合わせをする為に中庭の方へと案内されていた。
どうやら中庭へと向かうには屋敷の長い廊下を歩かないといけないらしく、周囲には数々の美品や絵画が置かれていて、やはり金持ちというのは何処の世界もこういうのを集めたがる者なのだろうか。
それから体感時間で六分ほど廊下を歩かされると漸く外の光を拝む事ができて、噂の令嬢が居るとされる中庭へと到着した。
「ほぉー、これまた随分と広い中庭ですね」
屋敷から出て直ぐに周囲を見渡すように視線を向けると、俺の視界には緑豊かな雑草や木々や池や花と言った自然と呼ばれる物が数多く溢れていた。
「そうかい? これでも小さい方だと思うけどね。他の街の領主の屋敷とかだと、これの数倍は広いだろうし」
「まじですか……。ってそれよりも肝心の娘さんは何処なんですか?」
モーセルの言葉に領主とはやはり金持ち部類で自分とは一生分かり合えることはないだろうと思うが、今はそれよりも肝心の令嬢と顔を合わせることが先決である。
「おや? 気になるのかい? ふふっ、良いね」
俺の言葉に反応して彼は含みのある笑みを零すと、なぜだろうか不思議と苛立ちが込み上げる。
というよりこの屋敷に来てからずっと苛立ちが体の奥でくすぶっている状態であり、もしかしたら深刻なカルシウム不足なのかも知れない。ここを出たら街で一番良い牛乳を買うとしよう。
「別にそういうのじゃないですよ。早く終わらせて帰りたいだけですし」
そうなのだ、これが俺の本心であり紛れもない事実。
一刻も早くギルドに戻って仲間集めを再会させたいのだが、その為にも印鑑は必須事項であるが故にこれを考えるとまた苛立ちが込み上げてしょうがない。
「ははっ! そんなこと言わないでくれよ。えーっとだね、娘ならば向こうの花畑のところで修練をしている筈さ」
短く陽気に笑みを見せるモーセルはそう言いながら多種多様な花々が咲いている方へと指を差して令嬢の居場所を伝えていた。
それを聞いて俺は面倒ながらも花畑の方へと足を進め始めると次第に、
「はぁぁぁっ!」
という妙に気迫の篭る声と共に何か鋭利な物が空を切るような音が周囲に木霊していた。
「おっとぉ? あれが噂の娘さんか?」
その音が木霊する方へと顔を向けて目を細めて凝視してみると、そこには花畑の上でレイピアの様な細い剣を振り回している一人の女性の姿が視界の真ん中で鮮明に映った。
見れば彼女は薄い金色の長髪をしていて服装は青色を貴重とした鎧ドレスを身に纏い、胸の辺りに薔薇の刻印が施されているのが印象的である。
しかもアリスは俺の想像していた通りに美少女の部類に当て嵌まり、見た目だけで言うのならばまるでイギリス人のような外見をしている。
……だからこそなのか胸部の育ちが異様に凄く、直感的にサイズを言うのならば恐らくEカップぐらいはあるだろう。
「だが肝心なのは何も見た目だけではない。まだ剣筋は全然荒削りで無駄な動きも多く、あれでは初陣で死ぬことは間違いない。だがそれでも鍛え方次第では化ける可能性を秘めているように感じられる……」
アリスは未だに俺の存在に気が付いていないらしく一心不乱にレイピアを振り翳しては空を切り裂く音を響かせているが、その動きを見ていて何処か可能性らしきものを感じ取るときちんとした剣術を習えば魔王軍の幹部と互角に渡り合えるような、そんな気がしてならなかった。
「あら、貴方は誰ですか? ここはカークランド家領主の敷地で関係者以外は立ち居入れない筈ですけど?」
そして等々気が付いたようで彼女はレイピアの素振りを辞めて剣を鞘に収めると、そのまま僅かに息を荒げて汗の滲む顔を向けて誰かと尋ねてきた。
「あっいや、その俺は――」
「こほんっ。こちらは僕が呼んだアマデウス=クリフォード君だ。ほら、例のあの人だよ」
急に横から幽霊のようにモーセルが姿を現すと何故か勝手に俺の名前を述べて、某魔法映画のような名前を出してはいけない人のような扱いをしてきた。
しかし前提で既に名前を出していることから意味はないが。
「アマデウス……ああ、なるほど。貴方が噂の古龍を一人で倒した二刀流使いですのね?」
モーセルからの言葉を聞いてアリスは一瞬だけ考える素振りを見せると、それから思い出したように瞳を好奇心のようなもので揺らめかせていた。
「は、はいそうです」
「ふぅん、この方がそう……。でしたらアマデウスさん? いきなりで申し訳ないのですが、わたくしと手合わせをして頂けませんこと?」
じろじろと足の爪先から頭頂部まで観察するように確認したあと、彼女は余りにも唐突過ぎる物言いを真顔のまま告げてきた。一体何がどうしたらそういう事になるのか理解が追い付かないが、やはり令嬢というのは一般人と考え方が根本から違うのだろう。
「えっ、手合わせ? それってつまり決闘ってことか?」
一応俺の聞き間違いか勘違いかも知れないという一部の望みを賭けて聞き返す。
「そうですの。恐らく既に父様から事情は聴いていると思いますが、わたくしは実際に剣を交えてからじゃないと貴方の実力を信用しませんの。なんせ口から出まかせを言う大人達を何人も幼い頃から見てきましたので」
だがしかしそれは聞き間違いとかではなく事実のようで、アリスとしては剣を教えて貰うに値する人間かどうか自分で確かめる気でいるようで、その結果手っ取り早く実力を知るには決闘ということらしい。
なんとも相手の都合を考えないところが、まさに金持ちのお嬢様と言ったところだろう。
しかも既に俺が話を承諾したような口振りで喋っているようだが、こちらとしては剣を教える気は一切ないというのに。取り敢えず無駄な戦闘を避ける為にそれを最初に説明したほうが良さそうだ。
「ま、待ってくれ。確かに事情は聞いたが俺は別にお前に剣を教える気はないぞ!」
「あら、そうですか。なら今ここでわたくしが悲鳴を上げて襲われたとでも言えば貴方は豚箱行きですわね」
そよ風が吹くが如くアリスは脅迫の言葉を笑顔のまま口にすると、一体なにをどうしてそこまでして戦いたいのかと正直に疑問を感じざる得ない。
彼女は令嬢なんて生易しい者ではなく、ただのバーサーカーなのではないだろうか。
「な、何を言って……それにここにはお前の親父さんだって……ってあれ!?」
「父様なら池の魚に餌を与えに行きましたわよ。そして今ここに居るのはわたくしと貴方だけという事をお忘れなく」
そう言いながらアリスは指先を池の方へと向けると確かにそこにはモーセルが紙袋のような物を抱えて池の中に居る生き物に餌を与えている様子であった。
あの男は気配を殺す事に慣れているのだろうか? 先程から神出鬼没すぎて恐怖すら覚える。
「はぁ……面倒だな。やはり見てくれだけで中身はワガママ貴族だったか。俺の勘はいつも最悪な結果を引き当てやがる」
池の方から視線を外して頭を乱暴に掻きながら愚痴を吐き捨てた。
「それで? 決闘は受けて下さいますの?」
「ああ、それしか道はないんだろ? ならさっさと構えてくれ、お嬢さん」
本当に面倒だがこのまま豚箱行き来になるのはもっと面倒だとして決闘を承諾すると、中庭へと向かう途中に返して貰った二本の剣を腰から引き抜いて体制を整える。
「ふふっ、ありがとうですの。それでは相手に先に参ったと言わせた方が勝ちでよろしいでしょうか?」
「そうだな。それで問題ない」
アリスから提示された勝敗の条件を呑むと彼女が先程まで僅かに見せていた微笑む姿がモーセルが微笑む時と同じ顔をしていて、親子というのはこういう部分が似るのかと俺はなんとも面倒な親子に捕まってしまった自分の運命を呪った。
「承知致しましたの。では早速ですが、いざ尋常に勝負開始ですわっ!」
静かに頷いたあと彼女はレイピアを引き抜いて数歩後ろに下がると、いきなり戦闘開始の合図を告げてくるのであった。
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