月明かり
「ミスティ……お前、どうしてここに……」
見間違うことがない勇者パーティー時代のミスティ。気配もミスティのものだ。
マーギンが立ち上がると、ミスティはこっちを見て微笑んだ。
「ミスティーっ!」
マーギンはミスティの名前を叫んで駆け寄り、強く抱きしめた。
「お、お前……どこに、どこにいたんだよ」
「マーギン……」
ミスティもマーギンを抱きしめ返した。そして、
「マーギンには私が誰に見えてるの?」
「えっ? ど、どういう意味だ?」
「私はポニーだよ」
ポニーは変化の魔法が使える。しかし、今、胸の中にいるのは間違いなく本物のミスティ。
勇者パーティー時代の服装、気配、そして、かすかに香る赤ちゃんみたいな甘い匂い。いくら、変化の魔法が使えると言ってもここまで再現できるはずがない。
「お前は何を言って……」
と、言いかけて、ミスティとひとつだけ違うところに気が付いた。ミスティは、語尾が「だよ」なんてしゃべり方はしない。
「こ、これは変化の魔法でミスティになってるのか……?」
「違うよ。変化の魔法は使ってないよ」
「だったら、この姿や気配は……」
「私ね、変化の魔法じゃない能力も持ってたみたい。満月の月明かりを浴びているときだけ、私を見た人の一番会いたい人に見えるの。マーギンが一番会いたい人は、ラーの使徒様なんだね」
「な、なんだよそれ……」
「本物とまったく同じに見えるのは、マーギンの心の中にある姿が見えてるからだよ」
ミスティの姿をしたポニーはそう説明した。それが嘘ではない証拠に、キンとギンがポニーのお尻をツンツンした。キンとギンにはポニーに見えてるのだろう。
マーギンは言葉が出なかった。理屈ではポニーだと分かっても、話し方以外がすべてミスティそのものなのだ。
抱きしめていたポニーを離し、顔をマジマジと見る。そして、あちこちを触って確かめた。
「あっ……」
「えっち」
見た目はミスティの胸。しかし、触った感触が違う。
「あ、ご、ごめん」
これで本物のミスティでないことが確定した。混乱した意識が冷静になっていく。ミスティにこんなセクハラをしたら「何をするのじゃーっ! このスケベが!!」と怒鳴るに違いない。
マーギンがポニーに謝ったあと、月明かりがすーっと雲に隠れた。
「本当にポニーだったんだな」
月が雲に隠れた途端、ちゃんとポニーの姿に戻ったのだ。
「騙したみたいでごめんね、マーギンが起きてくるとは思ってなくて」
ポニーはふと目が覚めて、テントの外に出てきただけなのだ。
「いや、お前が謝る必要はない。俺が勝手に見間違えたんだ」
恐らくポニーはタヌキ系獣人の血を引いている。この能力は種族特性なのかもしれない。自分が変化をするのではなく、精神系の魔法なんだろうなとマーギンは思う。
そして、あのミスティは自分の記憶の中のミスティか。とマーギンは理解した。
「使徒様に会いたい?」
マーギンはポニーにそう聞かれて黙る。そして、少し、間を空けてから
「そうだな……」
と、呟いたのだった。
◆◆◆
「これの買い取り価格を見直してもらうことはできませんか?」
ハンナリーの父親は、とある商会にカニガラの肥料の値段交渉をしていた。
「こちらは少しでも孤児院のためになればと、善意で買取をしてやっていたのに、買取価格を吊り上げようと言うのですか?」
「こちらは販売価格に対して、適正な買い取り価格を希望しているだけです」
と、上から目線の商会に対して、ハンナリーの父親は丁寧に答えた。
「これが適正な買い取り価格というものですよ。そもそも、ゴミを買い取ってやってるだけでもありがたいと思ってもらいたいものですね」
「確かに元はゴミではありますが、このように加工されたものはゴミではありません。子供たちが汗水を垂らして、ゴミを回収し、立派な肥料にしているのです。その肥料をゴミ呼ばわりされるとは心外ですね」
「加工しようがしまいが、ゴミはゴミ。さっさと今まで通りの買い取り価格で引き渡しなさい」
とある商会は聞く耳を持たず、カニガラの肥料を勝手に荷車に載せようとした。
「困ります。勝手に肥料を持っていかないでください。今回は交渉がまとまらなかったということで、この肥料はお渡しできません」
「なんだと?」
商会の男はハンナリーの父親を睨みつけた。
「ですから、交渉の余地すら持たせてもらえないのであれば、肥料はお渡しできませんと申し上げたのです。孤児院のためとおっしゃるなら、適正な買い取り価格をご提示ください。今の買い取り価格ではお渡しできません」
「キサマ……」
「脅しても無駄ですよ。これは寄付ではなく商売です。商売には商売の流儀があるのではないですか?」
商会の男は凄んだ。それに対して、ハンナリーの父親は涼しい顔で対応する。マーギンに殺されるかと思ったこと比べれば、何一つ怖くないのだ。
「ならば金輪際、買い取りしてやらんぞっ!」
「分かりました。交渉決裂と言うことですね。今までお取引くださりありがとうございました」
「うちが買い取らなかったら、結局はゴミのままになるぞ。それでもいいのかっ!」
「ゴミではありません。これは商品です。そちら様が適正な買い取り価格をご提示くださるのであれば、これからもお取り引きをさせていただきたかったのですが、交渉の余地もなく、商品をゴミと罵る、挙句の果てには脅そうとする。とても商売人がやることとは思えません。どうぞお引き取りを」
「ぐっ……あとで泣きを見ても知らんからな」
「それはこちらのセリフです。あなた様から金輪際買い取りをしないとおっしゃいました。こちらも今後、取り引きをするつもりはございません。どうぞお引き取りを」
商会の男は「覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いて、去って行った。
「おじさん。相手を怒らせてしまって良かったのかよ?」
「おじさんも色々と調べてきてね。カニガラの肥料はもっと高値で売られているんだよ」
ハンナリーの父親はどこでどれぐらいの値段で売れているかを子供たちに説明をする。そして、売り値に対して、どれぐらいが適正な買い取り価格になるのかを子供たちに教えていったのだった。
「いやぁ、ハンナリー商会さんは手広く商売をされておられて、ご立派ですなぁ」
孤児院からカニガラの肥料を入手できなくなったとある商会は、シスコの元に訪れていた。
「ご用件はなんでしょう? 時間があまりございませんので、手短にお願いします」
小娘に偉そうな態度を取られて、男は眉間にシワが寄った。しかし、すぐに笑顔になり、
「これは失礼致しました。では本題を申し上げます。私どもが月5千Gでカニドゥラックのゴミ処理をさせていただこうと思いまして、交渉に参りました。今は1万Gでゴミ処理を委託されてるとのこと。うちは半額でやらせていただきます。どうです、いい話でしょう」
「けっこうです。話はそれだけですか?」
「それでは、さっそく来月から……え?」
断られると思ってなかった男は耳を疑った。
「半額ですよ、半額。破格の条件ではないですか」
「ゴミ処理の費用は孤児院への寄付代わりという意味合いもございますので、半額でも他のところに委託するつもりはありません」
「で、では、その1万Gを我が商会がハンナリー商会名義で孤児院に寄付します。それならいいでしょう?」
「まぁ、本当に孤児院に寄付なさるなら、考えても構いませんが、ゴミ処理機はどうなさるおつもりですか?」
「ゴミ処理機?」
「ええ。カニドゥラックから出た生ゴミは、毎日ゴミを処理をする機械に入れています。その機械は孤児院のものですから、あなたの商会は使えませんよ。毎日ゴミを回収しにきてもらうことになりますが、可能なんでしょうね?」
「えっ? ゴミ処理機が孤児院のものですと? 商会のものではなく」
「えぇ。そうです。カニドゥラックだけでなく、孤児たちがゴミ回収している店のゴミ処理機は孤児院のものです。ご存知ないのですか」
「いやその……」
とある商会の男は、ゴミ処理機が孤児院のものだとは夢にも思っていなかった。
「ゴミ処理代5千Gを受け取り、孤児院に1万Gを寄付する。月に差損が5千Gです。それに毎日ゴミを回収することになります。本当にできるんでしょうね?」
「あの……」
「お引き取りを」
もう話はここで終わりと言ったシスコ。男はスゴスゴとハンナリー商会から出ていった。
その足で孤児院に向かい、買い取り価格を倍にするからと言いに来たが、ハンナリーの父親はお断りしたのだった。
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