予行演習
「お前ら、そんないい服を買ってもらったのか?」
カザフ達は成人の儀の服を大隊長に買ってもらっていた。貴族服の高そうな服だ。
「うん。マーギンが一緒ならこれぐらいの服が必要だってさ」
まさか、孤児だったガキ共がこんな風になるとはな。馬子にも衣装とはこのことか。特にトルクは孤児だったとは思えない。貴族の子供だと言われても信じるだろう。
そして、女性陣もドレスを着ている。
「で、お前らもその服を買ってもらったのか?」
「そう。持ってないなら作ってやると言われたんだよ」
バネッサは黒くて艶のあるドレスだ。胸元も背中も開いていて、大人っぽいもの。童顔で小柄でも、こうして見るとレディに見える。
「いや、イメージがガラッと変わったわ。大人に見える」
「なっ、なんだよそれ」
しかし、履きなれないヒールのせいか、歩く姿は生まれたての小鹿のようだ。
ロッカのドレス姿は触れないでおこう。またいらぬことを言ってしまいそうだ。
シスコのドレス姿はまったく違和感がない。さすが、大手商会の娘といったところか。
「ねぇ、私はどう?」
「お前はなんの違和感もないな」
カタリーナがドレスを着ていても普段着かと思うぐらい違和感がない。いつもは鰯だけど、やはり姫だな。
「マーギンさん、私はどうですか?」
うん、アイリスはアイリスだ。ドレスを着ていても子供感が抜けない。
「可愛いぞ」
「えへへへ」
マーギンが褒めると嬉しそうだ。
「マーギン、ローズは? ローズはどう?」
カタリーナがローズを引っ張ってきた。
「ひ、姫様。私は護衛任務もあるので、みんな程目立つようなドレスではありませんし……」
と、チラッとマーギンを見る。ローズのドレスは薄い水色で、ややタイトなドレス。しかし、動きやすいようにスリットが入っている。スリットから生足が見えるかと思って凝視してしまったマーギン。
「そ、そんなに見るな」
「あ、ご、ごめん」
残念、スリットではなく、プリーツのようだ。
「ハンナリーは来なかったのか?」
「気後れするからいいって。宴会の用意をしてくれてるわ」
と、シスコが答える。
「宴会はどこでやるんだ?」
「カニドゥラックよ。リッカちゃん達も呼んでるわ」
一応、大将達にも成人の儀に参加するか声を掛けたそうだが、やはり気後れするとのことで、宴会だけ参加するとのこと。
「大隊長、貴族街の成人の儀は、同行者もこんなに着飾るもんなの?」
マーギンがそう聞くと、大隊長は小声で答える。
(普通はここまで着飾らん)
(じゃあ、何で?)
(予行演習だ。この中から誰かをパートナーに選ぶことになるだろうから、全員にドレスを作らせた)
(みんなそのことを知ってんの?)
(話してない。成人の儀の参列用と言ってある)
大隊長はよく気が利くのか、余計なことをしてくれたのか……
はぁ、パートナーを選ぶったってなぁ。
無難なのはアイリスを娘として選ぶのがいいだろうけど、本当の父親のエドモンドも来るだろう。そして、みんなの前で「娘を宜しく!」と言い出しかねん。
バネッサは……
ガクガク。
「うわっ、うわわわわ」
ダメだ。生まれての子鹿を売り飛ばしにいくように見えるだろう。
カタリーナは却下。ローズは貴族の前でパートナーとして選ぶのはまずいだろう。本当に婚約者だと思われてしまう。
となると……
「シスコ、俺は成人の儀の翌々日にパーティーがあるんだけどな。パートナーが必要らしいんだよ。お前、パートナーになってくんない?」
「嫌よ」
あっさりとフラレるマーギン。
ロッカはオルターネンが怒るだろうし……
結局、誰をパートナーに選ぶか決めかねているうちに、成人の儀に向かう時間になった。
会場まで馬車に乗るようで、2台に分かれて乗る。
「うわっ、うわわわ」
馬車に乗るのにコケそうになるバネッサ。
「ほら」
と、マーギンが手を取ってサポートしてやる。
「この靴歩きにくいんだよ!」
「しょうがないだろ。いつもの靴じゃドレスを引きずるんだから」
結局、バネッサがこちらの馬車に乗り、カザフ達と大隊長、マーギンの組み合わせに。
カコカコと馬車が進み、会場に到着すると馬車だらけだ。しかし、ケルニー伯爵家の馬車は正面までそのままいけた。貴族の序列がこういうところにも出る。
「カタリーナは王家の馬車で来なかったんですね」
「王家の馬車だと大騒ぎになるからな。うちの馬車にしてもらった」
カタリーナのことを知っている貴族もいるだろうけど大丈夫かな? まぁ、大隊長に任せておこう。
「すっげぇ」
馬車から降りたカザフ達は大きな教会を見上げていた。
バネッサはこけないようにマーギンの腕にしがみついている。
「そんなにベッタリとくっつくなよ。歩きにくいだろうが」
「コケそうになるんだから仕方がねぇだろ」
それを見ているカタリーナ。
「ローズもガクガクとなって」
「なりませんよ。普段ヒールを履かないとはいえ、履いたことがないわけではありませんので」
「バネッサがベッタリじゃない」
「コケそうになっているのです。仕方がありません」
と、カタリーナとローズがゴチャゴチャやっている隙に、アイリスが反対側の腕にしがみついた。
「こうすればバランス取れますよ」
結局、マーギンは両手に娘となり、そのまま会場入りした。
ざわざわ。
注目を浴びるマーギン達。
「俺達見られてるけど、やっぱりなんか変なのか?」
「見られているのは姫様だ」
高位貴族はカタリーナの顔を知っている。なぜ、ここに? という感じで、挨拶するべきか否かを判断しかねている感じだ。それを大隊長が首を横に振り、来るなと牽制していた。
成人の儀の内容は庶民街のとほぼ同じで終わり、カザフ達は無事に成人となった。
儀式終了後、カタリーナのことを知らない少年が近付いてきた。
ザッ。
ローズがカタリーナの前に立つ。
「何用か?」
「いえ、あの……」
「この方はとっくに成人済だ。着ている服を見れば分かるだろう。声を掛けるなら儀式の服を着ている娘にしろ」
「ぼ、僕は子爵家の……」
「聞こえなかったか? 家の名前を出す前に下がれ。家に恥をかかせることになるぞ」
ローズに凄まれて少年は去っていった。それでも次々と狙いを定めるように少年達がこちらに来ようとする。
「姫様、隣にいようか?」
と、トルクがカタリーナの横にきた。
「トルク、そうしてくれ。そのうち大声を出さねばならなくなる」
声を掛けてくる少年避けとして、トルクはカタリーナの隣に立った。
「大隊長、会場を出ましょうか。他の人にも迷惑になりそうですし」
「そうだな」
アイリスのときと同じく、その場に残って交流会に参加することなく会場を後にした。
「あー、疲れたぜ」
「あなた達は服を脱いじゃダメよ。大将達に成人した姿を見せるんでしょ」
すぐに服を脱ごうとしたカザフ達はシスコに止められ、そのままカニドゥラックに向かった。
「まだ、足がグラグラしやがんぜ」
ヒールを脱いだバネッサは足に疲労が溜まっていた。
他のみんなは着替えてからカニドゥラックに向かう。その道中、
「ねぇ、マーギン」
びくっ。
「な、なんだよ?」
ほっぺを両手で押さえるマーギン。
「パートナーはバネッサにするのかしら?」
「いや、無理だろ。まともに歩けないのに」
「私を娶る気があるなら、パートナーになってあげてもいいわよ」
「お前、なんのパートナーか分かってたのか?」
「当然でしょ。公式パーティーにパートナーとして参加するというのはそういうこと。私なら問題ないとか思われたことに腹が立つわ」
図星だったマーギンは苦笑いをする。
「いやさ、誰にお願いしても問題があるだろ?」
「私だってあるわよ」
「ん? お前、誰かとそういうことになってんのか?」
「さぁ、どうかしらね。それより、いい機会じゃない。ちゃんと覚悟を決めて選びなさい」
ますます、追い込まれるマーギンはカニドゥラックでの宴会でもうーん……と頭を悩ませるのであった。