男は単純
「マーギン、ここの討伐はもう大丈夫そうか?」
「うん。しばらくは大丈夫だと思う。ちい兄様ありがとう」
マーギンはこれからノウブシルク王都の対魔物防衛機能を高めるのに全力を尽くすことになる。北側の魔物は今回の件でしばらく落ち着くだろう。と、判断したオルターネン。
「では我々は一度シュベタインに戻る」
「我々?」
と、バネッサ、アイリス、カタリーナがオルターネンを見た。
「全員戻るぞ。ここに居てはマーギンの邪魔になる」
「邪魔なんかしねーよ。うちは戻らねぇぞ」
「言うことを聞け。マーギンは王としてやらねばならぬことがあるのだ。バネッサ達は王の補佐ができるのか?」
そう言われて黙る。
「マーギンがどこかに行ってしまうわけではない。ここで長引けばもっと戻ってくる時期が遅くなる。それより、マーギンがシュベタインに残してくれたものを守る方がいいと思わんか?」
「何を守れっていうんだよ?」
「人々だ。北の領地はサリドン達に任せてきたが、北西の領地は領主がいなくなったことでしばらく混乱するだろう。アージョン達だけで判断できないことも増える。それぞれができることをやりに戻るのだ」
オルターネンにそう言われたバネッサがマーギンを見る。
「俺がいないところで無茶すんなよ」
マーギンは暗にお前も戻れと言った。
「それはこっちのセリフだ!」
と、バネッサは少し涙ぐんで強がった。
「マーギン、絶対に戻ってきてね」
カタリーナはわがままを言うのを堪えた。今の様子を見て、自分達が邪魔になると悟ったのだ。
「皆さん、気を付けて帰ってくださいね」
居座る気満々のアイリス。
「お前も帰るんだよ」
「えー」
「えーじゃない。ハンバーグを山程作って持たせてやるから」
「しょうがないですね、まったく」
しょうがないのはお前だ。
「甘辛も作っておいてくれよ」
「へいへい」
「ではマーギン。ゴルドバーンへ送ってくれんか?」
大隊長はシュベタインではなく、ゴルドバーンに送れという。
「シュベタインにじゃなくですか?」
「そうだ。あの執事に街道の話をしてから戻る。帰り道でも魔物が少ないようなら、王に休憩所と宿場町のことを了承してもらう。お前はウエサンプトンと話をしておけ」
「分かりました」
「あと、年明けにシュベタインに来い」
「何かあります?」
「カザフ達の成人の儀があるだろう。お前はこいつらの親代わりなのだ。ちゃんと面倒を見てやれ。服は俺が用意してやる」
アイリスの成人の儀から3年も経つのか。ずいぶんと色々あった3年間だったとマーギンは思う。魔導書店でくすぶっていた時期がなければ、もっときちんと色々な準備ができたはずなのに、とも。
しばらく黙ってしまったマーギン。
「どうした?」
「いえ、無駄な時間を過ごしたなと思っただけですよ。カザフ達のことを頼みます」
こうして、みんながノウブシルクから去ることが決まり、マーギンは1日掛けて、ハンバーグと唐揚げの甘辛を大量に作り、それぞれに持たせた。
「ではよろしくお願いします」
「お前も気を付けてな」
「そちらこそ」
みんなが城から出るのを見届けるマーギン。そして、見えなくなるまで見送っていると、タタタッ、とローズが戻ってきた。
「忘れ物?」
チュッ。
「えっ?」
ローズは真っ赤になりながら、マーギンのほっぺにキスをした。
「戻ってくるのを待ってる」
それだけ言い残して、ローズはみんなのところに走っていった。
えっ? えっ? えっ?
キスされたほっぺを押さえてボーっとするマーギン。
「した? ねぇ、ちゃんとした?」
「きっきっきっ、聞かないでください!」
カタリーナは絶対にマーギンが戻ってくるようにローズに命令を出していたのであった。
それからマーギンは死ぬほど頑張った。重機が足りないところは魔法を駆使して工事を手伝い、北の街の住民が避難してくるときは荒れ狂うように魔物を倒し、冬が来る前に全てのことを終わらせたのであった。男とは単純なものである。
◆◆◆
「陛下、ゴルドバーンとの街道に資金を出していただきたい」
ゴルドバーンから街道を使ってシュベタインに戻った大隊長達。オルターネン、ロッカ、バネッサ、アイリスは王都に戻らず、先に西の領都経由で北西の領都へと向かっていた。
「本当に街道は普通に使えるようになるのじゃな?」
「設備が整えば問題ないと思われます」
大隊長は街道に作る休憩所と宿場町構想を説明する。
「マーギンが一枚噛むのか。ゴルドバーンとウエサンプトンはどう動く?」
「ゴルドバーンは今すぐには何もできません。国の復興が第一優先です。ウエサンプトンの返事はまだ分かりませんが、話にのらないということはないでしょう。のらなければのらないでかまいません。主として動くのはシュベタインです」
「それが後々の利益に繋がるのじゃな?」
「それもありますが、国として余裕があるのはシュベタインだけです。そのうち、ノウブシルクがさらなる発展をするとは思いますが」
「そうか。ノウブシルクの国力が戻ればまた戦争になったりはせんか?」
「マーギンが王の間は問題ないでしょうが、そのあとは保証できません」
「それはそうじゃの。マーギンはいつまでも王をするわけじゃなかろう?」
「やつには使命がありますから、体制が整えば王を降りるでしょうね」
「次の王が誰になるか問題じゃの。お前がやってはどうじゃ?」
「私が王になったら、シュベタインを攻めますよ」
と、軽口を叩いた王を牽制する大隊長。
「お前は可愛くなくなったのう。マーギンの影響か?」
「あいつのやってることはシュベタインのためでもあるのですよ。冗談を言う前に、何か手を打ってやってください」
「そう怒るな。マーギンは年明けにもどってくる予定なのじゃな?」
「カザフ達の成人の儀の前には戻ります」
「分かった。成人の儀のあと、マーギンをノウブシルク王として、国賓扱いで迎える。そのときに正式会談をしよう」
「分かりました。では、街道の出資をよろしくお願いします」
◆◆◆
「大隊長殿、どうしてこちらに?」
ゴルドバーンの王都で復興を担っていた隠密執事は大隊長達が来たことに驚いた。
「復興は進んでいるか?」
「ようやく、国民達も自分達でやらないといけないと理解したようです。まだまだこれからといったところでございます」
「チューマンは出ていないか?」
「あれからぱったりと出ておりません。警戒は続けておりますが。噴火の影響があるのかもしれません。地形がかなり変わりましたし、溶岩が流れ出て、南の地と分断されております」
マーギンが原因で起こった噴火は収まりつつあるも、溶岩が流れ出し、地形を大きく変えていた。
「南の土地を管轄していた領都はどうなってる?」
「あちらは放棄することになるでしょう。かなり灰に覆われておりますので、復興は後回しになります。港街はなんとかなりそうなのが幸いです」
執事の話によると、南の領都及び周辺の居住区の住民達は王都側に転居させている最中らしい。
「食料はどうしている?」
「ウエサンプトンから供給してもらっております。あとは魔物を狩って食べるといった感じでしょうか。陛下がビッグワームの食べ方を伝授してくださったのと港街で豊漁が続いているのが幸いです」
「すぐに飢えるような状態ではないのだな?」
「はい。この冬はなんとか持ちこたえられそうです」
「それならば間に合うかもしれん」
「何がですか?」
大隊長はシュベタインとの街道の話をした。
「なんとっ! 通常の商人達が通れるような見込みがあるのですか」
「その予定で動く。ゴルドバーンからも出資をしてもらうがいいな?」
「金品で済むならもちろんでございます」
「今のゴルドバーンの決定権はお前にあると思っていていいか?」
王族は滅びたかもしれないが、他にも貴族はいる。口だけ出して何もしないのがいるはずだと大隊長は言った。
「その点はご心配なく。余計な口出しをするものはもうおりませんので」
その言葉で大隊長は執事が何をしたか悟った。
「そうか。ならばこちらも急ごう。街ができるのはずっと先だが、とりあえずの防護壁と水場はなんとかなると思う。それができたら、食料や資材をシュベタインから輸送してもらうつもりだ」
「それは陛下が?」
「そうだな。マーギンが手を貸してくれるだろう。それと、ウエサンプトンにも声を掛けてもらう。構想としては大国4カ国が出資して作る街道だ。街道が平和の道となればいいと思っている」
そう説明した大隊長に隠密執事は深々と頭を下げたのであった。