500話記念閑話:魔法書店店主マーギン
魔法書店で一人でポツンと暮らすマーギンはどこか店でご飯を食べることにした。
選んだのは近くの安そうな店だ。
「いらっしゃーい。ご注文どうぞ」
注文を取りにきたのは幼さの残る赤髪の少女。
「一番安い酒とつまみになるもの」
「はーい」
すぐに出てきた赤ワインと煮込み料理。よく煮込まれた肉にタマネギやジャガイモが入っている。
「おっ、旨い」
一口食べて声が出たマーギン。味にはまったく期待をしていなかったが、いい意味で期待を裏切られた。
次に酒を飲むと、薄いブドウジュースみたいな味だ。この料理にこの酒は合わないな。そう思ったマーギンは赤ワインの入ったコップの上で指をくるっと回した。
「うん、これなら合う」
黙々と食べ、赤ワインを飲み干したマーギンはすぐに店を出た。
翌日からは混雑する時間を避けて早めに店に行く。
「いらっしゃい。昨日も来た人だよね」
「そうだな。一番安い酒と煮込みを頼む」
それからほぼ毎日店に通うがマーギンは誰ともコミュニケーションを取ろうとしなかった。
ある日、
「お客さん、あんたどこの国から来たんだい?」
注文を取りにきたのはいつもの少女ではなく女将さんだろう。なかなかに恰幅のよい人だ。
「ん? どこだろうね。一番安い酒と煮込みを頼む」
マーギンはコミュニケーションを拒むようにはぐらかす。
「あんた、たまには他のもの頼んでみちゃどうだい? 毎日そればっかじゃ飽きるだろ?」
毎日のように来る客は他にもいる。しかし、こう毎日同じものを頼む客はいないのだ。しかも見た目からして異国人。怪しいやつじゃないかと女将さんが話し掛けてきたのだ。
「いや、煮込み料理を頼む」
しかし、マーギンの態度と注文は変わらない。
「おうっ、他の料理は気に食わねぇってのか?」
料理を運んできたのはイカつい男。この煮込み料理を作っているのはこんなやつだったのか。
「他の料理が気に食わないんじゃなくて、これが旨かったんだよ。同じ物を頼んだのは迷惑だったか? なら、明日から来るのやめとくわ」
「誰も迷惑だなんて言ってねぇだろうが。それとどこに住んでる? 宿か?」
「いや、近くで店をやってるからそこに住んでる」
「何の店だ?」
「魔法書の店だ」
「魔法書だと?」
「あぁ。売ってるのは生活魔法書ってやつだ」
「ほう、お前、魔法使いか?」
「まぁな。それより煮込みが冷めるだろ。先に食わせてくれよ」
「あぁ、悪かった。お前、閉店後に来れるか?」
「なんで?」
「他の料理も食って試せ」
「あんまり金ないからいいよ」
「金はいらん。他に気に入る料理がないか試せと言ってんだよ」
「なんでそんなことするんだよ?」
「こっちが気になるんだ。他のは不味くて頼まねぇのかな、とか」
「他の食ったことがないから不味いかどうか分からんだろうが」
「だからいろいろ作ってやるから食いに来いと言ってんだろうが」
料理人の大将の押しの強さに負けてマーギンは閉店後にもう一度来ることになった。
「どうだ? 旨いか?」
「どれも旨いぞ。肉はボアとオーキャンか」
「そうだ。それに旨いのは当たり前だ。俺が狩ってきた獲物だからな」
「店やりながら狩りしてんの? 大変だな」
「そうしないとこの値段では出せんからな」
大将は値段を抑えるために自分で狩りにいくそうだ。
「大変だな。一人だとせいぜいボア一匹しか持ち帰れないだろ?」
「まぁな」
「荷物持ち手伝ってやろうか?」
マーギンは今日の礼がわりに、荷物運びを手伝うかと聞いた。
「本当か?」
「うちの店は暇だからな」
食堂が休みの日に狩りにいく。大将の武器は大鉈だ。ボアはともかく、よく大鉈でオーキャンを狩れるもんだとマーギンは感心した。
大将が狩ってくるからここで待っててくれと言われて待つことに。何もすることがないマーギンは気配を探ってボア1匹とオーキャン2匹を狩っておいた。
「せっかく来てもらったのにすまんな。今日はボア1匹だけだ」
「問題ない。暇だったからボアとオーキャンを狩って解体してある。それも貸して」
「は? ここで解体すんのか? と言うか、ボアとオーキャンを狩っただと?」
「あぁ。近くにいたからな。ボアはそこに置いてくれ」
マーギンが何を言っているかよく理解できなかった大将はボアをその場に置いた。
マーギンがそのボアに手をかざすと、毛皮が開いて肉や骨、内臓などに解体されていく。
「モツも食うよね?」
「あ、あぁ……」
内臓に洗浄魔法を掛けて解体終了。マーギンはそれをアイテムボックスに収納した。
「さ、帰ろうか」
「お、お前、何者だ……?」
大将は目を疑うような光景を目の当たりにして、マーギンに思わずそう問いかけた。
「俺か? 俺は魔法書店店主のマーギンだ」
そう笑って答えたマーギン。この狩りがきっかけで大将と深い付き合いになっていくのであった。




