かなりまずい状況
トルクが見えない手でトラバチ達を捕まえては押し込みと頑張っている。
「まだいけるか?」
見えない手で取りこぼしたトラバチを斬りながらオルターネンがトルクに状況を確認する。
「まだいける……」
と、答えたが、トラバチが大量にいる最前線で、押さえ込みと窓を閉めるを同時にしているトルクに限界が近付いてきていた。
「オルターネン、取りこぼしの対応と毒の防御は俺がやる。お前は窓を閉めろ」
「了解です。トルク、お前はトラバチを押し込めることだけに集中しろ」
「うん」
階層が上がるにつれ、トラバチの数がどんどん増えている。下からここまで押し込んできたトラバチもいるので、見えない手の向こう側はすでに見えないぐらいになっていた。
そして、うしろからもトラバチが襲ってくる。
「どこに隠れてやがったんだ」
大隊長は正面以外のトラバチを片付けていくがその数が増していく。
「オルターネン、窓を閉めるのは諦めろ。うしろを守れ」
大隊長は外に出てしまったトラバチはマーギンがなんとかすると判断し、この場を切り抜けることを優先した。
◆◆◆
「これは……」
隠密執事が撤退を伝えようと城の中を進むと、先ほどまではいなかったトラバチが増えている。
「もう羽化したやつが出てきているのか。私が見たときよりも早くにトラバチが来ていたのかもしれませんね」
素早く動きながら、ナイフでトラバチに対応するが、このままでは伝言を伝えるのは無理と判断した隠密執事。しかし、戻ることも不可能な状態に陥る。
「魔法はあまり得意ではないのですが……」
ブツブツと詠唱をしながら窓に近付き、
《ファイアボールっ!》
ドウンッ。
ファイアボールで窓を吹き飛ばした。
「くっ……」
信号弾を兼ねるために大きめのファイアボールを撃った隠密執事の魔力が切れ、その場で膝をつく。
「陛下、申し訳ありません。あとはお願いいたします」
そして、立てなくなった隠密執事の前にトラバチ達がホバリングしながら、尻を向けているのであった。
◆◆◆
ドウンッ。
「なんだ? 窓が吹き飛んだぞ」
バネッサが1階の窓から炎の弾が飛んだのを見付けた。マーギンとアイリスはチョロチョロと窓から出てくるトラバチを狙い撃っていて、それに気付いていない。
「マーギン、なんか変だ」
「どうしたバネッサ」
バネッサの方を向かずにトラバチをファイアバレットで撃ち続けるマーギン。
「1階の窓が吹き飛んだ。多分ファイアボールだ」
「誰が使った?」
「分かんねぇ。1階だから大隊長達じゃねぇと思う」
それに大隊長達はファイアボールを使えない。マーギンは城内の生き残りの誰かが撃ったのだと思った。
「確認する余裕がない。このまま大隊長達が撤退するのを待つ」
「けどよ……」
「チョロチョロ出てくるやつを逃せばここだけでなく、大陸中がヤバくなる」
トラバチが出てくる場所はここから離れているため、魔法が届かないか、届いてもスピードも威力も落ちる。アイリスもホーミングで狙っているが、トラバチの逃げるスピードに追いつけないことが出てきていた。
「ちっ、お前ら耳を塞いどけ」
「何をするつもりだ?」
「ファイアバレットでの対応が難しくなってきた。アイツラを仕留めるための魔法を先に撃つ。早く耳を塞げ」
と、叫んだマーギンが魔力を高めていくと、城の上空に光の筋がパリパリと音を立てて煌めき始めた。
《サンダーボルトっ!》
バーーーン!
「きゃーーっ!」
雷魔法を撃ったマーギン。その大半が城のてっぺんに落ち、城の近くを飛んでいたトラバチ達は巻き込まれたが、少し離れたやつには当たっていない。
「ちっ、ほとんどが城に吸収されやがる。落とす場所を調整しないとダメか」
「マーギンっ、なんて魔法を撃ちやがんだ。まだ大隊長が中にいるんだぞっ!」
「中にいるやつは大丈夫だ」
「ほ、ほんとかよ?」
「鼓膜が破れるくらいだ。それより話しかけんな。耳塞いで黙って見とけ」
雷魔法のコントロールは非常に難しい。どこに落ちるかはマーギンにも想像がつかないのだ。マーギンは城近くから散らばってしまったトラバチを目で追いながら、サンダーを数撃ちゃ当たる方式で連発する。
ババーン、ババーン、ババーン!
ゴルドバーンの中心部に雷が降り注ぐ。雷は城以外にも落ちて建物から煙が上がるが、それに構っている暇はない。
「建物が燃えてるってばよっ!」
「だから、話かけんなっ!」
城から出てくるトラバチが増えてきたので、マーギンは雷を落とし続けるのであった。
◆◆◆
カッ、ドーーンっ!
「うおっ、なんだ」
窓の外から強烈な光が差し込み、大きな音と振動が大隊長達を襲う。
「うっ……」
耳にダメージを負ったトルクの集中力が途切れ、見えない手が解除されてしまった。
「まずい、撤退だ。オルターネン、トルクを連れて撤退しろ」
オルターネンはトルクを抱き抱え、即座にその場を離脱する。見えない手で抑え込んでいたトラバチ達が一斉に襲い掛ってきたのだ。
大隊長がその場に留まり、トラバチ達と対峙した。
「そうやすやすと俺を倒せると思うなよ」
ババーン、ババーン、ババーンと何発も大きな音を立てているなか、トラバチ達はホバリングして、尻を大隊長に向けていた。
「なぜまだこんなにトラバチがいやがる」
トルクを抱えたオルターネンはうしろを振り向かずにジェニクスでトラバチを斬りながら走る。しかし、斬りきれなかったトラバチが毒を掛けてきた。
ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ。
毒攻撃を防ぐ手段を持たないオルターネンは近くの窓を破って外に飛んだ。
「トルク、全力で身体強化をしろ」
下に落ちながら指示するが反応しないトルク。この高さから落ちたら助からないかもしれない。と、オルターネンは渾身の魔力を込めて身体強化して、トルクを包み込むように抱きしめたのだった。
大量のトラバチと対峙する大隊長は風魔法で身を包み、毒が自分の方にこないようにし、ヴィコーレを振り回していた。
「このままでは魔力が持たんな」
と、窓から一か八かで飛ぶことを考えたとき、
バキャッ。
「ギーギチギチ」
「カチカチカチカチカチカチ」
大きくて分厚い扉をぶち破ってチューマンがゾロゾロと出てきた。そしてチューマンとトラバチがお互いを威嚇する。
なぜここにチューマンが? と大隊長は疑問に思ったが、トラバチの意識が自分から削がれた隙に窓をぶち破って外に飛び出した。
「フンッ!」
ガツッ、ガリガリガリガリガリガリ、ドドーン。
壁にヴィコーレを打ち付けて、壁を削りながら落ちた大隊長。地面に落ちる寸前に残りの魔力を使って、最大限に身体強化をして身体を守ったのであった。
◆◆◆
「隊長っ、トルクっ!」
満身創痍でマーギン達のところに戻ってきたオルターネンとトルクを見付けたカザフとタジキ。
「マーギンっ、隊長とトルクが戻ってきた」
「大隊長と執事は?」
「二人だけ……」
マーギンは雷魔法に集中しているため、カザフ達の声だけを聞いていた。
「マーギン」
「なに、ちい兄様」
「すまん、任務に失敗した」
マーギンの隣に来て謝るオルターネン。
「生きてりゃいいよ。大隊長と執事は?」
「執事?」
「執事から撤退の伝言を聞いたから、出てきたんだろ?」
「いや、執事は来てないぞ」
「えっ?」
そのときに初めてオルターネンを見た。
「なんでそんなに怪我してんの? 大隊長と執事は出て来てないの?」
「大隊長は俺達を逃がすために殿をやってくれた。俺達は城内を通って撤退するのは無理だと判断して、窓から飛び降りた。恐らく、大隊長も窓から撤退する。中はトラバチだらけだ」
オルターネンは身体強化をして、地面への衝突に備えた。地面スレスレのときにトルクが見えない手をクッション代わりにしたおかげでこの程度の怪我で済んだと説明した。
「大隊長も身体強化しているとは思うが、俺達より大怪我をしている可能性が高い。俺は探しに行ってくる」
「ちい兄様」
「なん……ぐっ……」
マーギンは大隊長を探しに行こうとしたオルターネンの肋骨を押した
「折れてるね。そんな身体じゃ大隊長を見つけても担げないだろ。カザフとタジキ、ロッカを連れていって」
と、マーギンはオルターネンに治癒魔法を掛け、大隊長の捜索に向かってもらった。
「お前ら、ちょっとこっちに来てくれ」
マーギンはここに残っている皆を呼び寄せた。
「次は何をすりゃいいんだ?」
と、バネッサが戦闘の準備を始めた。
「状況はかなりまずい。トラバチが城の中で爆発的に増えてるみたいだ」
「突っ込むのか?」
「いや、トラバチを外に逃さないことを優先する。ローズ、こっちに来て」
と、マーギンはローズを呼び寄せ、耳打ちした。
「お前……」
「頼んだよ」
と、ローズに微笑んでから、ここにいる全員の足元に転移の魔方陣を展開したのであった。




