ゴルドバーン王都へ
「どうしたマーギン」
オルターネンがマーギンと隠密執事の様子を見に来た。
「ゴルドバーン王都に空飛ぶチューマンが現れたらしい」
「飛ぶだと……? 壁が何も役に立たんではないか」
「そう、かなりまずい。飛ぶと言うことはシュベタインにも来る可能性がある」
空飛ぶチューマンの行動範囲がどれぐらいか分からないが、地面を移動するチューマンとは比較にならないぐらいのスピードで大陸全土に生息域を伸ばす可能性が出てきた。
「ちい兄様、ここは任せていい? 俺は王都に向かう」
「一人で行くつもりか?」
マーギンは悩む。敵だけなら1人でも対応可能かもしれない。しかし、大勢の人間がいる場所での戦闘になる。それにすぐに移動するなら、カタリーナを連れて転移魔法を使った方がいい。
「皆で離れるとここも危ないかもしれないね」
「新たなチューマンが入ってこないように、門は俺が土魔法で塞いでこよう。住民は丈夫な建物に避難させておけばなんとかならないか?」
陸からくるチューマンはそれでしばらくなんとかなるだろう。しかし、空からくるチューマンがここにも来たら防げない。
「執事、空飛ぶチューマンの大きさはどれぐらいだ?」
「上空でしたので、確かなことは言えませんが、他のチューマンに比べて小型です。人間の子供ぐらいだと思います」
「数は?」
「私が見たのは5匹です」
「それだけなら偵察個体かもしれん。ちい兄様、門を塞いできてくれる?」
「分かった」
オルターネンに門を任せ、その間にマーギンはカタリーナの手伝いをすることに。
「どうしたの?」
「ゴルドバーンの王都がまずいことになっている。怪我人の治癒を一気に終わらせるぞ」
教会内にいる怪我人をスピード優先で治癒していく。
「次っ、次っ!」
マーギンは来るのを待つのではなく、運ばれて来た人を片っ端から治癒していった。
オルターネンが戻ってくるまでに、大隊長達にも空飛ぶチューマンを討伐しに行くことを伝え、作戦を練る。
「遠距離攻撃できるものが主体だな」
「はい。俺とアイリスが主体になりますね。まだ数が少ないようですが、すでに仲間を呼んでいれば、大軍になる可能性があります」
「何が効くか分からんが、落とすだけなら俺も可能かもしれん」
◆◆◆
「早く始末せんかっ! ありったけの毒を撒け。城には近付けさせるな」
「はっ!」
ゴルドバーン王は城の守りをガチガチに固めていた。城下では人々の悲鳴が聞こている。
ブゥーン、ブゥーン、ブゥーン。
上空を飛び回っていた空飛ぶチューマンが一番高い場所に集まり始めた。
「くそっ、あんなところにいたら、毒が届かんではないか」
カチカチ、カチカチ。
空飛ぶチューマンが噴霧器を向けている衛兵達に警戒音を出している。
ブシュッ、ブシュッ。
「無駄打ちをやめろ。毒も限りがあるんだぞ」
「しっ、しかし」
ブゥーン。
「うしろだっ!」
衛兵が揉めている隙に、1匹の空飛ぶチューマンが衛兵に襲い掛かる。
ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ。
衛兵達は毒の噴霧器で応戦する。しかし、ブンっ、と素早く避けたあと、
ブシュ。
空飛ぶチューマンがお返しとばかりに毒を飛ばした。
「うわっ、グギギギ」
それを合図に、城の上にとまっていた空飛ぶチューマンが一斉に襲い掛かる。
ブシュブシュブシュブシュ。
噴霧器を持った衛兵達は全員毒を食らい、動けなくなった。
カチカチ、カチカチ。
「やめろっ、やめ……」
空飛ぶチューマンは衛兵達が動けなくなったのを確認するかのように覗き込んだあと、城の中に次々と入っていくのであった。
◆◆◆
「すまん、遅くなった」
広い領都の門を土魔法で固めてきたオルターネンが夜になって戻ってきた。
「大丈夫、こっちもなんとか治癒を終えたところだから」
マーギンは王都に移動したあとの役割分担をオルターネンに説明する。
「相手がどんな攻撃してくるかまだ分からない。こっちの攻撃のメインは俺とアイリス、サブにバネッサ。他の人は住民避難を優先してもらう」
「アイリスの炎攻撃は効くのか?」
「それもまだ分からない。でも、羽は耐火性能が落ちるんじゃないかと思う」
「死なずとも、落とせる可能性があるということか?」
「そう。アイリスなら数打ちもできるし、相手が素早いならホーミングで対応できると思う。バネッサのオスクリタは届かないかもしれないから、近付いてきたやつの牽制ってところかな。大隊長も風魔法で落とせるかもしれない」
「ならば俺はストーンバレットを試そう」
作戦が決まり、転移魔法で王都の門前に移動すると夜になっていたため、門は閉じている。マーギン達はプロテクション階段で王都の壁を越えて中に入った。
「夜とはいえ、ずいぶんと静かだな」
店は全部閉まり、通りにも人はいない。しかし、悲鳴が聞こえてくるわけでもない。まるで人が街から消えたような感じだ。
「全員食べられちゃったのかな?」
「いや、人の気配はある。皆、建物の中で息を潜めているんだろ。執事、空飛ぶチューマンはどこの門から見た?」
マーギン達が来たのは北側の門だ。
「南門です」
「反対方面か。よし、そっちに向かおう」
壁沿いではなく、街中心を通って南側に向かう。
気配を探りながらダッシュすると、外には誰もいないが人の気配はある。死体も血溜まりもないから、執事が見た空飛ぶチューマンはやはり偵察個体だったのだとマーギンは思った。
「マーギン……」
先頭でダッシュしていたバネッサがスピードを落として立ち止まった。
「どうしたバネッサ?」
「城……城の上を見てくれ」
と、城の一番高いところを指さした。
「なんだあれは?」
城の一番高いところが、膨らんでいるように見える。
「まさか、群がっているのか……」
オルターネンも暗視魔法で見る。
「確かに動いているな」
「予定変更。城に向かおう」
南門を確認しに行く前に城に向かう。
貴族門を越えて、王城の前までくると、動いているように見えた城の上部に空飛ぶチューマンが大量にとまっていた。
「あれ全部チューマンかよ?」
「みたいだな。飛び回られる前に攻撃したいが距離がありすぎるな。中に入るか」
城門をプロテクション階段で乗り越えようと上にあがったときに、ブゥーンと大きな羽音が聞こえた。
ヤバいと思ったマーギンはスライダーにして全員を降ろす。
「きゃーーっ!」
いきなり、下に滑ったことでカタリーナが悲鳴を上げた。
ズザッ。
「もうっ、びっくりするじゃない」
《プロテクションボール!》
下に落ちた皆をプロテクションボールで包む。
ガッ。
プロテクションボールに空飛ぶチューマンがぶつかった。
ガッ、ガッ、ガッ。
そして何度もプロテクションボールにぶつかり、プロテクションボールにとまった。
カチカチ、カチカチ。
目の前にいる空飛ぶチューマンは見た目からして蜂だと分かる。
胸と腹の一部が虎柄の蜂。まるで虎柄のビキニを着ているようにも見える。
『うち、チューマンだっちゃ』
いらぬ想像をするマーギン。
「これはチューマンか魔物かどっちだ?」
「こんな柄の蜂系の魔物は見たことがない。それに足がチューマンと同じ感じだから、チューマンの一種じゃないかな」
マーギンは自分でチューマンの一種だと言って気付く。
「これって、もしかして……」
ブシュッ。
プロテクションで阻まれてマーギン達に近付けない空飛ぶチューマンはお尻から何かを吹き付けた。
「きゃっ」
それに驚くカタリーナ。
「毒を吹き付けてくるのか。厄介だな」
事前に攻撃を見れたのは僥倖。初見だと食らっていたかもしれない。
「なんの毒か分からないけど、ヤバいのは確かだね。それと、こいつが魔物かどうか確かめるよ」
マーギンはプロテクションボールをもう1つ内側に展開し、自分以外を包んでから外側のプロテクションボールを解除した。
「フンッ」
その瞬間に、妖剣バンパイアで斬った。
「大丈夫かよ?」
「解体するから、他に来ないか見ててくれ」
全長120cmぐらいの空飛ぶチューマンを解体していく。
「魔核がないから魔物じゃないね。それにこのねちゃねちゃした感じはチューマンと同じだ」
皆のプロテクションボールも解除して説明した。
「別種か?」
と、大隊長が聞いてくる。
「多分そうですね。チューマンより蜂の特性を残しているので、進化前の存在なのかもしれません」
と、城の上で蠢く空飛ぶチューマンを見上げたのだった。




