張らなくていい意地
「あれ? ハンバーグはどこにいったんですか?」
起きるなり昨晩食べ残したハンバーグを探すアイリス。
「お前が残したから食ったぞ」
「ひどいですっ! せっかく朝ごはんに残しておいたのに」
嘘つけ。
「マーギンさんに謝罪とハンバーグを要求します」
と、左手を腰に手を当てて、右手でビシッと指さすアイリス。
「却下だ」
なぜ朝っぱらからハンバーグを作らにゃならんのだ。
私のハンバーグを食べた食べたとブツブツ文句を言うアイリス。
まったくもうっ!
朝っぱらからハンバーグを作り始めたマーギン。それに気付いたアイリス。
むぎゅ。
「マーギンさん、大好きです」
と、うしろから抱きついてくる。
「作りにくいから離れてろ」
「マーギンさん……」
アイリスは抱きついたまま離れない。
「なんだ。まだできんぞ」
「こんな時間っていつまで続くんでしょうね」
アイリスは束の間の幸せを噛み締めるように呟く。
「マーギンさんはこれから……」
と、アイリスが何かを言いかけたとき、
「マーギン、腹減った。元気になったら甘辛作ってくれる約束だろ」
と、バネッサがテントに入ってきた。
「お前はまだダメだ」
「えぇーっ、もう大丈夫だって」
ハンバーグを作らされてるのに、唐揚げも作るのは嫌なので、2人にテリヤキハンバーガーを食べさせた。
「これも旨ぇよなぁ」
「はい。とっても美味しいです」
「マーギン、おっはよー!」
2人が食べ終わった頃にカタリーナがやってきた。
「あーっ、もう食べ終わってる。ローズのせいなんだからねっ!」
どうやら、カタリーナは夜明け前に来ようとしたらしいが、ローズが迷惑だからと止めたらしい。
「もうハンバーグはないぞ」
「マーギンはもう食べたの?」
「まだだぞ」
マーギンはハンバーグを作っただけで、自分は食べてなかった。
「よかった。ローズ、まだ食べてないって」
と、カタリーナが言うと、うしろからローズがおずおずとパンケーキをのせた皿を出してきた。
「その……なんだ。疲れてるんじゃないかと思ってだな……」
と、横を向きながら説明するローズ。
「ありがとう。わざわざ焼いてきてくれたの?」
「う、うん」
と、マーギンが受け取ると、嬉しそうに俯いた。
テントの中がぎゅうぎゅうになるので、外に出てありがたくいただくことに。
「甘いのが嫌かもしれんと思って、何も掛けてないのだ。好きな食べ方をしてくれ」
「いや、ローズの言う通り、疲れてるかもね。魔木の実シロップを掛けて食べるよ」
「魔木の実シロップがまだあるの?」
魔木の実シロップに反応するカタリーナ。
「俺のはほとんど食べてないからな」
「私も食べるっ!」
ローズが焼いてくれたパンケーキを一緒に食べるカタリーナ。お前とアイリスは同類だ。
「朝から賑やかだな」
「おはようちい兄様」
オルターネンがロッカとともにこちらにやってきた。
ローズは、マーギンがオルターネンのことをちい兄様呼びしたことに、んんん? みたいな顔をした。
「今日は住民に避難の話をするのだろ? マーギンはそれに出るのか?」
「いや、騎士団長に任せるよ。俺はあの台座をどうやって壊すかもう少し調べる」
「何か分かったのか?」
「やっぱり自爆装置が仕組まれていた。あのときに壊さなくて正解だね」
「自爆装置なんてものがあるんだな」
「ゴルドバーンの研究者はかなり優秀だったみたいだね」
「それを見殺しか……」
「一番優秀なやつは先にあそこから出てると思うよ」
「見捨てたのは下っ端だけか」
「多分ね。この国はそういうことを平気でやってるから」
と、朝飯を食べ終わったあと、マーギンは資料の確認。他のものは警戒と住民避難説明を行うことに。
「バネッサ、休むなら自分のテントで休めよ」
「別にいいじゃねーかよ」
マーギンがテントの中で資料を見ていると、バネッサが帰らずに、マーギンのマットレスでゴロゴロしているのだ。
大人しくしてるならいいかと、バネッサをそのままにして、自爆装置の回路と仕組みを見ながら、あぁして、こうしてとブツブツ言っているマーギン。
「極端に温度を下げてやれば起動しないな」
解決方法を見付けたマーギン。
「なんか分かったのか?」
「あぁ、多分これで大丈夫だ」
「今から行くのか?」
「そうだな。なるべく早い方がいいと思う」
「付いてってやろうか?」
「そんな身体のお前を連れていけるか」
「もう大丈夫だって」
「ダメだ。元通りに動けるまで大人しくしてろ」
「ちぇっ、じっとしてるの退屈なんだよ。軽く動いた方が早く治んじゃねーの?」
本来ならまだまだ安静にしている期間だ。しかし、バネッサの回復力は驚異的に早い。となると、確かに軽く動いているほうが筋力低下も抑えられるか。
「なら、一緒に見回りにでも行くか」
「いいぜ」
マーギンはバネッサが完全回復するまで、召喚の魔法陣を壊すのを延期した。そして、住民説明は思ってたより時間が掛かり、皆の意見が纏まるまで一週間ほど掛かったのだった。
◆◆◆
「なに? 港街の住民を全員ノウブシルクに移住させるだと?」
南の地を治める領主に、マーギン達の動きが報告されていた。
「そのようなことができるものか」
「魔法を使って移動させるとのことです。あの者たちは異常な強さもありますし、何か手段があるのかもしれません」
「余計なことばかりしおって。あの化け物をけしかけて消せ」
「返り討ちにあって、また化け物の数が減るのでは有りませんか?」
「先にありったけの幻惑粉を使え」
「はっ!」
◆◆◆
「陛下、足腰の立たない親がいると……」
働けない者はどうするのか聞いてきた騎士団長。
「連れてけ。孤児とかも全部だ。ここに残ってたら食われるぞ」
「本当に全員でよろしいのですね? 牢に入ってたようなものも」
「全部だ。牢に入ってるやつは向こうでも牢に入れる。牢がなければつないどけ」
「分かりました」
騎士団長にそう指示したあと、隠密執事がやってくる。
「陛下、そろそろ動きが出るころです。偵察に出てよろしいでしょうか」
「そうだな。頼んだ」
「カザフ少年を連れて行ってもよろしいですか?」
「カザフを?」
「はい。何かあれば伝令に戻ってくれるものがいた方がいいと思います」
「分かった。連れてってくれ。その代わり戦闘はさせるなよ。あいつは無茶をする」
と、自分のことを棚に上げる。
「かしこまりました」
隠密執事とカザフが偵察に出てくれた。
「うちが行きゃ早ぇのによ」
「お前は身体を万全にしろ」
「分かってるよ。だから行くとは言わなかったじゃねーかよ」
それもそうだ。
◆◆◆
「隊長、マーギンと何かあったのですか?」
カタリーナが大隊長と話している隙に、ローズがオルターネンに気になっていたことを聞いた。
「何かとはなんだ?」
「いえ、マーギンがその……ちい兄様と呼んでいたもので。それと、二人の雰囲気が以前のようになったなと」
「あぁ、そのことか。俺はマーギンに素直に話をしただけだ」
「素直に話をした?」
「あぁ。俺は素直に自分の気持ちをマーギンに話した。あいつはそれを受け入れた。その結果だ」
オルターネンは隊長職を降りて、マーギンとともに戦うことを伝えたと説明した。
「ちい兄様呼びは……まぁ、なんだ。あいつが一番しっくりくる呼び方に戻しただけだ。ちい兄様呼びをやめさせたのはお前のことがあったからな。ローズと一緒にならないのなら、ちい兄様呼びをやめろと俺が言ったのが原因だ」
「えっ?」
ローズはマーギンが自分と一緒になるつもりになったから、ちい兄様呼びに戻したのかと思って顔が綻びる。
「ローズ、勘違いするな。マーギンがお前と一緒になると言ったわけじゃない。ちい兄様呼びは愛称代わりだ。お前のこととは関係ない」
「か、勘違いなどしておりません」
綻んだ顔が一気に暗い顔になる。
「お前、マーギンのことはもういいと言っていたではないか。姫様の護衛を使命とするからと」
「そうですっ。私はマーギンのことはどうでもいいのですっ!」
ローズは思わずオルターネンに怒鳴った。
「前に、もう俺はお前の進む道に口出しをしないと言ったな」
「はい」
「だがな、アドバイスはしておく」
「アドバイス?」
「兄ではなく、人生の先輩としてな」
と、オルターネンはニヤッと笑った。
「張らなくていい意地を張ってもいいことはないぞ」
と、スッキリした顔でローズに告げ、カタリーナが戻ってきたので話を終えた。
(私は……私は意地など張ってない……)
ローズは俯いたままそう呟いたのだった。




