ムニュ
いつの間にか眠ってしまっていたマーギンは隣でモソモソと動く気配で目が覚めた。
ん?
それはバネッサが下着を着けている気配だった。
「見んなよバカ」
「わ、悪い」
このスケベ野郎と怒らないバネッサ。
「まだ痛むだろ?」
「あぁ、全身が痛ぇ」
「それを着たら寝ころべ。もう少し治癒魔法を掛ける」
下着姿のバネッサを寝かせて、丁寧に治癒魔法を掛けていく。
「まだ完全にくっつけてないから派手に動くなよ」
「分かった」
そう返事をしたバネッサは服を着ずにマーギンの顔を見る。
「もう治癒魔法は掛け終わったぞ。早く服を着ろ」
「なんとも思わねぇのかよ?」
「何がだ?」
「うちの裸も見たし、今もこんな格好してんだぞ」
「今の俺は医者みたいなもんだ。エロい目で治癒してたら嫌だろうが」
「うちが怪我してなくて、こんな格好してたらどうすんだよ?」
「そりゃ、こうするに決まってるだろ」
と、ワシャワシャと嫌らしい手つきをしてみせる。
「すっ、スケベ」
顔を赤くしたバネッサはそそくさと服を着たのだった。
朝ごはんに薄いお粥を作ってやり、スポドリもどきを飲ませておく。
「物足りねぇぞ」
驚異的な回復をみせるバネッサはあぐらをかきながら、お粥をすくったスプーンを咥えてブンブンと動かしている。
「内臓までダメージ食らってただろうからそれで終わりだ。体力が回復したらちゃんとした飯を作ってやる」
「ちぇっ。甘辛だからな」
「へいへい」
テントを片付け、バネッサをおぶって港街に向かう。
シュゴー。
ホバー移動をしながら、何があったのか詳しく聞いておくことに。
「大量のチューマンが山側から街に入りやがったんだ」
「お前1人で戦ったのか?」
「皆を逃がすために足止めだけのつもりだったんだよ。けど、あいつら前より関節が硬くなってやがって、足止めすら難しかった。だから、散らばられたら街が全滅するんじゃねーかと思ったんだ。で、自分に引き付けられるだけ引き付けて、時間を稼いでたら囲まれちまったんだよ。てか、マーギンが助けに来てくれたんだろ?」
「ここがどこか分かってるか?」
「街の外」
「そうだ。それもそこそこ離れている。俺はこの近くでチューマン討伐をしていた。だから、お前が港街でチューマンと戦っていたことを知らない」
「えっ?」
「血塗れのお前が俺のところに落ちてきたんだよ」
「なんだよそれ?」
「お前が殺られそうになったのを助けたのは俺じゃない」
「じゃあ誰が……」
「お前は転移魔法で俺のところに飛ばされてきたんだと思う。俺が知る限り、俺以外に転移魔法を使えるのは1人しかいない」
「だっ、誰なんだ?」
「俺の魔法の師匠だ」
「あの石になっていた……」
「そう。ミスティだ。あいつがやったとしか思えない」
「生きてんのか?」
「そうだといいな」
そう答えると、バネッサはぎゅっとマーギンにしがみついて何も言わなくなったのであった。
「バネッサっ!」
マーギンとバネッサが港街に到着し、皆が集まっているところに姿を現した。それを見たカザフが走ってくる。
「どうしたんだよ?」
グスッ、グスッと泣いてバネッサに抱き着くカザフ。
「なっ、なにしやがんだ、このスケベやろ……」
「良かった、良かったーーっ!」
抱き着いてきたカザフにゲンコツを食らわせようとしたバネッサだったが、自分を本当に心配してくれていたんだなと気付いて、頭を撫でてやる。
「悪かったな、心配掛けて」
「良かった。良かった」
と、バネッサの胸に顔を埋めてグリグリと顔を動かす。
ゴンッ。
「いい加減にしやがれっ!」
と、カザフにゲンコツを食らわせて突き飛ばした。
「バネッサ……お前、本当に生きてるんだな」
次はロッカだ。
「おぉ、心配掛けて悪かった。この通り生きてるぜ……」
「バネッサーーっ!」
むぎゅうぅぅ。ゴキゴキキキキ。
ロッカに力いっぱい抱きしめられたバネッサの身体から嫌な音が聞こえる。
「うぎゃぁぁ」
「ロッカ、バネッサの骨はまだ完全にくっついてないんだぞっ!」
「えっ?」
バネッサはロッカの腕の中でぐったりしていた。
「うぉぉぉ、バネッサ、バネッサ大丈夫かっ!」
バネッサの肩を激しく揺らすロッカ。
グキングキン。
「やめろーーっ! 魔物かお前はっ!!」
ロッカからバネッサを取り上げ、状態を確認する。
げっ、腕が粉砕骨折してる。それもチューマンにやられた箇所と違う箇所じゃねーかよっ。
マーギンはバネッサに痛み止め魔法を掛けてから、骨を元に戻して治癒魔法を掛けていく。
「マーギン……うちはもうダメだ」
「死ぬなバネッサ」
「首がもげそうだ……」
むち打ちにまでなってるじゃないか。ったく。
首にも治癒魔法を掛けて、バネッサを絶対安静にしておいたのだった。
マーギンのテントにバネッサを寝かせて様子を見ていると、カタリーナとローズが入ってきた。
「マーギン、バネッサはどうやって助かったの?」
「多分、転移魔法だ。バネッサが死なないように俺に飛ばしてきたんだよ」
「誰が?」
「……多分、ミスティだ」
「えっ?」
「転移魔法を使えるやつはほぼいない。転移魔法を使えるのは、俺が知ってる限りミスティだけだ」
「い、生きてるの……?」
「俺の前には姿を現してないけどな。そうとしか考えられん」
「ならどうして、出てこないんだろう? マーギンがあんなに心配してたのに」
「どうしてだろうな。俺にも分からん。ここが片付いたらまた探してみるわ」
「会いたい?」
カタリーナに会いたいかと聞かれて、黙るマーギン。
「……向こうは会いたくないんだろうな」
と、答えたのだった。
翌朝、領主邸にチューマン研究の情報を得るために侵入する件で隠密執事と打ち合わせをする。大隊長とオルターネンも参加だ。
「陛下、やはり夜の方がよろしいかと」
今から行こうかと言ったマーギン。
「そうか。お前、宝物庫の解錠はできるか?」
チューマン研究の情報は領主邸の宝物庫にある可能性が高いとなり、侵入はなんとかなるが、解錠をどうするかの問題が残った。
「通常の鍵であれば。しかし、特殊な……魔道回路が組まれた鍵であれば難しいです」
「魔道回路が組まれた鍵か」
ミスティの魔道金庫みたいな仕組ならお手上げだ。しかし、ミスティより上の回路が組めるやつがいるとは考えにくい。
「最悪、扉を壊すわ」
「防犯装置があると思われます。それも敵を殺すような仕組みではないでしょうか」
「城のはそうなってるのか?」
「はい。落とし穴に落ちたあと、四方八方から槍が飛び出てきます」
「なるほどな。そんな仕掛けなら問題ない。どうとでも防御できる。解錠が無理なら扉を壊す。それで何もなかったら領主を締め上げる。これでいいな」
「陛下の御心のままに」
隠密執事は領主邸に情報がなく、騒ぎになって情報を隠された場合、ゴルドバーン王ですら締め上げられるのだと理解した。
マーギンは落ち着いて話をしているように見えるが、滲み出る怒りが誰も口を挟めないほどの威圧となって出ていたからだ。
話し合いが終わり、自分のテントに入ろうとしたら、中でロッカがバネッサにひたすら謝っている声が聞こえた。
「だからもう気にすんなって。元はと言えばうちが下手打ったせいなんだからよ」
「そうか。そう言ってくれるなら、もうこの話は終わりにしよう」
「そうしてくれ。うちも気まずいしよ」
そして、2人の笑い声が聞こえてきたので中に入る。
「バネッサ、起きたか」
「マーギン、まだ身体が痛ぇぞ」
「一気に治してないからな。元気が戻ってきたみたいだから追加で治癒魔法を掛けてやるよ」
バネッサの身体をぺたくた触りながら治癒魔法を掛けていく。肋骨も折れていたので当然胸周りも。
「お、おい。マーギン。セクハラが過ぎるぞ」
それを見たロッカが慌てる。
「ロッカ、別にいいんだよ」
と、当のバネッサは嫌がる素振りを見せない。
「お前は恥ずかしくないのか?」
「今さらだ。もう真っ裸のままで触られまくったからな」
そんな言い方をするな。ロッカが誤解するだろうが。
それを聞いたロッカはカーーッと顔を赤くする。
「そ、そうか。では、あとはお若い人同士でごゆっくり……」
そう言ってロッカはテントを出ていった。
お前はどこのオバハンだ?
「お前なぁ、ロッカが誤解するだろうが」
「嘘をついたわけじゃねぇだろ?」
「そりゃそうだけどさぁ」
治癒魔法を掛け終わったマーギンが身体から手を離そうとしたら、その手を握って胸にやるバネッサ。
「ちょっ、おまっ、何して……」
「今まで触ってただろうが」
「そ、それは治癒魔法を……」
「嫌じゃねぇ……」
「何がだ?」
「うちはマーギンに触られても嫌じゃねぇって言ったんだよ」
「お、お前……」
ムニュ。
「何しやがんだこのやろーっ!」
ベキッ。
バネッサの言葉に驚いたマーギンは思わず手に力が入ってしまった。
「嫌じゃないとか嘘じゃねーかよ」
「そんな触り方するからだろうがっ!」
そして、テントの中でぎゃいぎゃいと言い合いするマーギンとバネッサ。
いやはや、あのお嬢さんは大した方ですね。陛下から湧き出る威圧をなくしてしまわれた。
隠密執事はテントの外でそう呟いたのであった。




