濃密な関係
「詳しいことは分かるか?」
「これは秘匿中の秘匿でして、私も詳細は掴めておりません。城にも詳しい資料が見当たらないのです。恐らく、南側を統括している領主邸に何か分かるものがあると思われます」
「南側を統括する領主か。俺とローズが面会したやつだな」
大隊長が腕組みをしながらマーギンの顔を見た。
「言葉を滑らせたやつですね。締め上げて吐かせるか、それとも……」
と、マーギンも大隊長の顔を見ながら、実力行使を選ぼうとした。
「陛下、まだ何かあると確信がございませんので、水面下で動いた方がいいと思います。もし、領主邸に情報がなければ、情報を隠されてしまい、手詰まりになります」
「他に心当たりはあるか?」
「なければ城の宝物庫だと思います。実力行使はそのときにとっておいてください」
隠密執事はゴルドバーン王家の隠密でありながら、ゴルドバーンがやっていることを本気で止めたいようだ。
「分かった。大隊長、今から馬車をノウブシルクに帰して動きましょう。団長、お前は馬車と一緒にノウブシルクに戻れ」
「何をおっしゃるのですか。私は陛下の護衛として……いや、足手まといになるかもしれませんが、一緒に参ります。陛下と他国の方々だけに任せてしまっていい話ではありません」
「そうか。俺達の移動は速いぞ。付いてこれるか?」
「死ぬ気で付いて参ります」
騎士団長はノウブシルクの民として、大陸西側の脅威に対抗するのが筋だと思ったのだろう。責任感の強い男だ。
「マーギン、オルターネン達はどうするのだ? 王都近くで落ち合う約束だっただろ」
「なんとなくですけど、南の領都に向かったんじゃないかと思います」
「なぜだ? そんな約束にはなってなかったではないか」
「俺達が王都を出たのは夕方。王都近くで落ち合うなら、バネッサが馬車になんかしてきたと思うんですよね。ちゃんとした場所を決めてなかったから、俺達が出てくるのを見張ってたはずなんで」
「なるほどな。だから場所を決めてなかったのか」
「まぁ、そこそこ付き合いも長くなりましたし、お互いの行動が読めるのかもしれませんね。領都近くにいなければ、あの破壊された港街に行ったと思いますよ」
マーギンの言うそこそこ長い付き合いとはたったの数年のことだ。それで、そこまで分かるというのに大隊長は感心した。
「濃密な付き合いなのだな」
「そんな仲じゃないですって」
マーギンは大隊長の言葉を男女のそれとして受け止めたようだ。
騎士団長が御者にノウブシルクに戻るように指示をする。こんな暗い森の中から戻れるか心配したが、王家の馬車の御者は多少の魔物でも対応できる人らしい。なるほど、王族が乗る馬車の御者なら、普通の人じゃないわな。
「では参りましょうぞ」
「私が先頭を走ります」
と、隠密執事。その後にマーギン、騎士団長、大隊長の順だ。騎士団長を最後尾にしたら置き去りにしそうだからな。
隠密執事は皆が付いてこれるか確認しながらスピードを上げていく。
ガッシャガッシャガッシャ。
鎧を着ている騎士団長。うるさいし、スピードが遅い。はっきり言って邪魔だ。
「ストップ、ストップ」
隠密執事を止まらせる。
「団長、鎧を脱げ。うるさいし遅い」
「鎧を脱ぐのですか」
いつも鎧を身に着けているものが、鎧を脱ぐのに抵抗があるようだ。
「そのガッシャガシャした音が魔物を引き寄せるぞ。着てる方が危ない。それにスピードも遅い。執事、遠慮せずにスピードを上げろ。団長は死ぬ気で走れ」
「脱いだ鎧はここに捨て置くのですか?」
「俺が持ってやるから、さっさと脱げ」
そうマーギンに言われて、うしろを向きながら鎧を脱ぐ騎士団長。乙女かお前は?
騎士団長が鎧を脱いだことでスピードアップして移動。
「遅いぞ。もっと速く走れ」
大隊長にうしろからヴィコーレでつつきまわされる騎士団長。しかし、必死なので返事もできない状態だ。
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」
ゾンビみたいな顔をしている騎士団長は領都近くまで来たところでギブアップ。
「アイリスでももっと走れるぞ。鍛え方がたらん」
「もっ、も……ゲッホゲホ……うぇぇぇ」
「大隊長、こんな状態のときにしゃべらせたら、こうなるに決まってるでしょ」
うぇぇぇした騎士団長に洗浄魔法を掛けて、休んでいるとバネッサがやってきた。
「やっぱりこっちに来やがったか」
「お前が領都か港街に行ったかと思ってな」
「あんまり遅ぇから、港街に移動しようかと言ってたんだよ。野営してんのはまだ先だ」
時間は夜明け前。バネッサは寝ずに領都近くで俺達が来るのを見張ってたのか。
「よくお気付きになられましたね」
と、隠密執事がバネッサを褒める。
「マーギンが気配を消してねぇからな。わざとだろ?」
「団長が一緒だから消しても無駄だろ。それにこの方が見付けやすくていいかと思ってな」
「この辺に魔犬がそこそこいるから、早く移動したほうがいいんじゃねーか? 戦闘になると目立つかもしれねぇ。ハンターらしきヤツも野営してやがるからな」
「だってよ。団長、もう立てるか?」
「も、問題ありません」
ダメだなこりゃ。
問題ないと立ち上がった騎士団長はフラフラだ。しょうがない。
マーギンは土魔法で作ったトロッコを出す。
「これに乗れ」
「えっ?」
「運んでやるから乗れと言ってるんだ」
「運ぶ……?」
「さっさと乗らんか」
騎士団長を部下のように扱う大隊長はヴィコーレでつついて騎士団長をトロッコに乗らせた。
《スリップ!》
今度はバネッサを先頭に移動再開。トロッコは大隊長がゴンっと蹴飛ばし、走って追いついてきたらトロッコを殴って進ませる。騎士団長がむち打ちにならないか心配だ。
オルターネン達の野営している場所まで到着し、スリップを解除。
ズザッ。ガッ。ゴットン。
つんのめって、ひっくり返ったトロッコ。
「もう少し丁寧に止めてやらんか」
と、ひっくり返ったトロッコを戻してやる大隊長。
あなたに言われたくないです。途中で騎士団長の首がもげそうになってたじゃないか。
「やっと来たか」
テントから出てきたオルターネン。
「隊長、なんか分かった?」
「いや、見てきた他の街は活気がなかったぐらいだ。領都はまだ見ていない」
と、話をしているとみんな出てきた。
「カザフは?」
「南側の街に偵察に出ている」
「1人で大丈夫ですかね?」
「お前はカザフの成長を知らんのだ。偵察なら1人で問題ない」
そうか、俺の知らないカザフ達を大隊長とオルターネンは知っているんだな。
そろそろ戻って来るんじゃないかと言われ、朝飯を作ってカザフの帰りを待つことに。飯を作るのはタジキ。
「ハンバー」
「作らんぞ」
「甘……」
「作らんぞ」
なぜ徹夜明けの朝食にそんな物を作らねばならんのだ。タジキのスープを飲め。
タジキスープができあがる頃、カザフが血相を変えて戻ってきた。
「やべえっ! チューマンが出てる」
「なんだと?」
「結構な数が南の街に向かってる。早く倒しに行かないとっ!」
マーギン達の想定より、物事は早くに進み出しているのであった。




