話は付いた
ウエサンプトンを通過し、ゴルドバーンとの国境まできた。
「荒地のままだな」
ノウブシルク兵を引き揚げさせたが、攻められた方のゴルドバーンは戦闘を継続したようで、ウエサンプトンと小競り合いが続いていたらしい。
「あちこち穴があいたままだね」
カタリーナも外を見て確認する。
「ワームも結構出たんだろ。兵士達は格好の餌だったと思うぞ」
そんな荒れ地を抜けて街が見えてくると、兵士らしき者達が集まってきた。
「どこの者だ?」
馬車を停められて、武器を向けられる。対応は騎士団長がしてくれるようだ。
「我々はノウブシルクのものだ。ゴルドバーン王に終戦の提案と、賠償の話をしたく参った」
ざわざわざわ。
兵士達から終戦と賠償だと? と声が聞こえてくる。
「そんな話を信じられるか。全員馬車から降りろっ!」
「貴様ら……」
末端の兵士に武器を向けられて、キレそうになる団長。
「やめとけ。こいつらが信じられないのも当たり前だ」
と、マーギンが馬車から出てきた。
「へ、陛下がご対応されなくても……」
「いいから。剣から手を離せ。終戦交渉に来てるんだぞ」
「も、申し訳ございません」
団長を引き下がらせ、マーギンが前に出る。
「おい、俺は新しくノウブシルクの王になったものだ。お前らの王に終戦の話をしにきたのは本当だ。それを信じられなくて、攻撃してくるなら自衛のために反撃する。死にたいやつは掛かってこい」
「へ、陛下?」
団長には叱ったくせに、自分は兵士を脅すマーギンに目を丸くする。
「この人数相手に何を……」
と、兵士が戸惑ったときに、他の者達が武器を持って馬車から出てきた。全員から強者のオーラが漂っている。
「お前らを殺そうと思えばいつでもできる。お前らの希望は戦闘か? それとも和平か? 好きな方を選べ」
マーギンの威圧に耐えられない兵士達。馬に乗った隊長らしきものが前に出てきて、馬から降りる。
「し、失礼いたしました。我々では王城にご案内していいか判断ができませんので、領主に判断を仰いでよろしいでしょうか」
「かまわんよ。お前の先導で領主のところに案内しろ」
「かしこまりました」
ゴルドバーンの兵士がマーギン達の前後左右に付き、領主の元へ誘導する。他国の兵士というより護衛団のようだ。
トン。
マーギンが乗る馬車の天井に何かが乗った音がした。
ひょい。
窓から覗き込むバネッサ。
「何やってんだよ?」
「見てきてやろうか?」
見てきてやろうか、というのは領主の様子を探ってこようかという意味だ。
「大丈夫だ。探りを入れると警戒されるからな。こいつらが案内してくれるんだ。のんびり行けばいい」
「そうかよ」
開けた窓からヒョイっと馬車に乗り込んできて、団長とマーギンの間に座る。
「狭いだろうが。自分の馬車に戻るか、正面に座れ」
「別にいいじゃねぇかよ。おっさん、もっとそっちに詰めろよ」
団長をおっさん呼ばわりするバネッサ。
「バネッサ、なんでこっちの馬車に乗ってくるのよ」
「マーギンと打ち合わせしときてぇんだよ」
「なんの?」
「どうせこいつは領主のところでもめるだろ? どこまで殺るか聞いとかねぇと判断に迷うだろうが」
殺るとか人聞きの悪いことを言うな。
「あのなぁ、交渉に来てるんだぞ。話し合いをするだけだ」
「さっきも揉めてたじゃねーかよ」
「揉めてない。理解を求めただけだ」
団長はマーギンの理解を求める=脅しなのだと理解した。
領主がどんな感じで対応するか不明なので、行き当たりばったりでいいと説明したマーギン。
「本当に大丈夫かよ?」
「なんかあったら、大隊長がなんとかしてくれるだろ」
「ったく、お前ってやつはよぉ。ま、いいか。なんかオヤツくれよ」
と、バネッサがオヤツを要求してきたので、前に作ってあったべっ甲飴を口に入れてやった。
「私にもちょうだい」
それを見たカタリーナが口を開けたのに、手渡したマーギン。
ぶすっ。
「何拗ねてんだよ? 飴やっただろうが」
「別に。はい、これローズにあげる」
「姫様はいらないのですか?」
「いらない」
こうして、領主の屋敷前に到着するまで、カタリーナの機嫌が悪いままなのであった。
屋敷の前でかなりの時間待たされている。
「失礼致します」
やって来たのは、執事服を着ているが隠密だろう。
「影が表に出てきていいのか?」
待たされた腹いせに先制パンチを食らわしてやる。
「ノウブシルクの陛下だと伺いましたが、そのような御姿ではなかったはずですが」
何事もなかったかのように話を進める執事。
「この前、王になったばかりだからな。ウエサンプトンから兵を引かせたのは俺だ」
「そのような話は信じられません」
「だろうな。だが、現実に国境沿いからノウブシルクの兵がいなくなり、ウエサンプトン兵も侵攻してこなくなったろ? ウエサンプトンとはすでに不可侵条約を結んだ。ゴルドバーンとも不可侵条約を結びにきただけだ。それと、ノウブシルクがゴルドバーンを攻撃したことに対して、賠償金を支払う予定にしている」
そう話している間に伝令が飛んだようだ。なかなか優秀な隠密を持ってるなここの領主。
「念のため、武器をお預かりさせていただきます」
「それはダメだ。俺たちもお前らを信用しきってるわけじゃない」
「我らが危害を加えるとおっしゃるのですか?」
「危害は気にしてない。お前らにやられるほど俺達は弱くないからな」
「では何をご心配に?」
「俺達の持つ武器は特殊で使い手を選ぶ。預けるだけならいいけど、調べようとするだろ?」
「そこは信用していただかねば、中にご案内することも、王城へのご案内もいたしかねます」
「なら、俺だけで行くから、俺の武器は預けよう。それでいいか?」
「陛下、お一人で行かれるなどと……」
と、団長が止めようとする。
「なら、お前の剣も預けろ。2人で行く」
「かしこまりました」
団長は自分の剣を、マーギンは妖剣バンパイアを預けた。
「大隊長、あとよろしく頼みます」
「暴れるなよ」
「そんなことしませんよ」
と、笑って答えたマーギンは執事に案内されて中に入っていった。
「オルターネンとアイリスは姫様の馬車に移れ」
カタリーナの護衛をオルターネンとアイリスに任せ、大隊長とロッカ、カザフ達がその馬車の前で待機した。そしてバネッサがすでにいないことに気付いた見張りの兵士はいなかった。
「こちらでお待ちくださいませ」
豪奢な応接室に案内され、領主を待つことに。しかし、いつまで経っても来ない。
「さすがにコレだけ待たされるのはおかしいですな」
団長が痺れを切らせて呟いた。嫌がらせなのか、何かを試されてるのか不明だしな。
そのとき、ガチャと扉が開いた。
「なんだ、領主は会わないつもりか?」
入ってきたのはここに案内した執事。
「お助け願えませんでしょうか」
と、跪いた。
「領主が俺の剣を抜いたのか?」
「はい」
「お前、信用しろと言ったくせに約束を破ったな。それがこういう結果を生んだんだ。助ける代償は高くつくぞ」
「申し訳ございません」
と、領主の元に行くと、倒れた領主に治癒魔法使い達が魔法を掛けていた。
領主を鑑定すると、魔力がギリギリ残っている。倒れたときにバンパイアが手から離れたのが幸いだったな。
「どけろ」
治癒魔法使い達を離れさせ、領主のうなじを掴んで鑑定しながら魔力を流していく。
ピッピッと魔力が回復していく。もっとゆっくりやらないとダメだろうけど、悪いのはこいつだから気にしなくていっか。と、意識が回復するまで魔力を回復させた。
「うっ……」
「領主様っ!」
「うぇぇぇぇ」
起きるなり吐く領主。もらいケロッピしそうなので、洗浄魔法を掛けておく。
「こいつは返してもらうけどいいな」
と、そばに落ちている妖剣バンパイアを手にして執事に聞く。
「はい」
「貴様……ワシを殺そうとしたのか……」
ごすっ。
「なんて言い草だ。勝手に俺の剣を抜いたのはお前だろ? 人のせいにすんな。それに助けたのは俺だぞ。まずはごめんなさい。そしてありがとうと言うもんじゃないのか」
「どこの馬の骨とも分からんやつが何をぬかす」
まだごめんなさいしない領主にカチンときたマーギンはバンパイアを抜いた。
「分かった。助けたことはなかったことにしよう。もう一度これを持て」
と、まだフラフラしている領主の手を掴んで無理矢理持たせようとする。
「やっ、やめろっ。やめてくれ」
「さっさと持てよ。そうしないとなかったことにならんだろうが」
ぎゅーっと手を握り締めて開こうとしないので、小指から無理やり広げさせる。
ボキンッ。
「ギャーッ」
「ほら、抵抗するから指が折れただろうが。このまま全部折ってやろうか?」
「何をするかっ。領主様を離せっ!」
と、嫌がる領主を押さえつけているマーギンは騎士達に剣を向けられた。
ヒュッ。
ガシッ、ガキン。
しかし、次々と攻撃を食らって倒れていく騎士達。
「良かったな。俺が反撃する前にみんなやられて。さ、早く手を開いてこれを持て」
「ひっ、ヒィィ」
「陛下、もうお許しをお願い致します。領主様、今後は私の忠告を聞き入れてください」
「分かった。分かったからこいつを離してくれっ!」
「陛下、お願い申し上げます」
執事に頭を下げられて、領主の手を離したマーギン。
「じゃ、王城までの案内と取次を頼んだぞ」
「かしこまりました」
「バネッサ、話は付いた。降りてこい」
シュタッ。
「ほらみろ。暴れたじゃねーかよ」
「暴れてなんかないだろうが。俺は一切暴力は振るってないぞ」
「指折ったじゃねーかよ」
「折ったんじゃない。折れたんだ」
ギャーギャーと言い合いながら部屋を出ていくマーギンとバネッサ。
「なんかスマン。あれが我らの新しき王だ」
と、団長が執事から剣を返してもらうときに謝った。
「失礼ながら、あの王はどのようにノウブシルク王に?」
「陛下は恐怖をばらまきノウブシルクを乗っ取られたのだ。今回はこの程度で済んだことを幸せに思え」
「そのような方法で国を……大丈夫なのですか?」
「そうだな……利権を持っていた貴族達からは疎まれておられるが、国にとっては良かったのだと思っている。王は恐ろしい半面、お優しくもある。敵対せぬほうがいいと思うぞ」
「おい、団長っ! 早くこい。捨てていくぞ」
「はっ、ただいま参ります」
と、マーギンに呼ばれて嬉しそうに走っていく騎士団長を見た隠密執事。
「ふう……これは王城まで私が案内せねばなりませんね。領主様、よろしいですね」
「好きにしろ。私は二度とやつの顔を見たくはない」
こうして、マーギン一行は隠密執事の誘導で王城に向かうことになったのであった。




