バネッサ強し
カザフ達は騎士団長と軍統括に剣の稽古を付けてもらっている。
「マーギン、お前は王としてこれから何をするのだ?」
マーギンは大隊長にそう聞かれて、ノウブシルクが直面している魔物の脅威と、人が住める土地と農地や牧場の開拓をしていることを説明する。
「それと、ゴルドバーンとシュベタインへの賠償と不可侵条約締結ですね」
「賠償か。金額はいくらを予定している?」
「両国共100億Gです。港町の復興資金と負傷者や死者への見舞金になればと思ってます」
「まぁ、妥当な金額か。ウエサンプトンにも同じ額か?」
「ウエサンプトンは賠償金100億、すでに占領した地域への移住許可、国境の緩衝地帯の土地の権利にそれぞれ100億、合計300億Gですね。友好条約も結び、食糧を売ってもらうことにもしています」
「なるほど。ゴルドバーンにはもう賠償金を払ったのか?」
「まだ行けていないので、シュベタインより先にゴルドバーンに行くつもりです」
「そうか。ならばそれに同行してやろう」
「大隊長も来てくれるんですか?」
「あぁ。チューマンのことが気になる。それとノウブシルクとシュベタインが和解して、不可侵条約を結ぶことを証明するのに俺がいた方がいいだろう」
「まだ王様と話してませんよ」
「お前が王になったノウブシルクと和解しないと思うか? それに俺が来たのは、現状を把握したあとのことを任されたからだ。何も問題ない。あと、カザフ達も全員連れていくぞ」
大隊長は、チューマンが出たときのために全員連れて行くと言った。おそらく、次世代を担うであろうカザフ達の経験値を増やすためだ。大陸西側でチューマンが増え、それが大陸の東側に位置するシュベタインに来るのはまだ先になる。そのときに、ここでの経験が生きてくるだろう。
「大隊長、色々とありがとうございます」
「何がだ?」
「カザフ達を大隊長にお願いして良かったということですよ」
「俺もあいつらといると楽しいからな。礼を言うのはこちらだ。それに来年には酒を飲める歳になる。それも今から楽しみだ」
「あんまり強い酒を飲まさないでくださいよ」
「なぁに、すぐに慣れる」
いや、あなたと一緒にしないでやって欲しい。
ゴルドバーンへは時間短縮のために、プロテクションスライダーでホバー移動を予定する。騎士団長を巻き込むことになるが仕方がない。
晩飯のときに、皆にもこれからの予定を説明する。
「チューマンが出たら俺たちも戦っていいのか?」
「そのつもりだ。分かってるとは思うが他の魔物と同じと思うなよ。やられたら、治癒魔法でもどうにもできないかもしれんからな」
と、マーギンは手で首をスッと斬るよう仕草をして首チョンパになることを示唆した。
「き、気を付けるよ」
ゴルドバーン城には大隊長と騎士団長が同行し、他のものは街で待機することで話が付いた。
「いつ出発する?」
「3日後だ。俺は作業が残ってるからな」
「なんか作るのー?」
「そう。できた農機具に回路を組んでいかないとダメなんだよ」
その間、カザフは剣の稽古、タジキは子供達に簡単な料理教室をやり、トルクは回路を組むのを見ていたいようだ。バネッサとアイリスはすることがないので、大隊長とノウブシルクの街中を散策することに。
そして、出発の日、
「陛下、お客様がいらっしゃいました」
「誰?」
「オルターネン様です」
「えっ、隊長も来たの?」
「オルターネンが来ただと?」
大隊長も驚いているので、予定外の訪問のようだ。何か緊急事態が発生したのかもしれない
「すぐに行く」
と、マーギンと大隊長は慌てた。城の門のところで待機してもらっているようなので、こちらから行った方が早い。
マーギンと大隊長は走って門に向かった。
「隊長……オルターネン様はどこだ?」
「ヒッ」
凄い剣幕のマーギンにビビる騎士。オルターネンは門の待機所にいるらしい。
「隊長……」
「マーギンっ!」
ひょい、ベチャ。
「もうっ! なんで避けるのよっ。せっかく会いに来たのにっ!」
オルターネンだけでなく、カタリーナ達もいた。
「お前、何しに……」
と、カタリーナに怒りかけた瞬間、
「オルターネンっ、これはどういうことだっ!」
マーギンが怒る前に、オルターネンに怒鳴る大隊長。
「大隊長、落ち着いてください。王妃様の許可は取ってます」
「許可云々ではないっ。安全確保ができていないうちから、姫様を連れて来るやつがあるかっ!」
過去にあちこちカタリーナを連れ回したあげく、何度も危険にさらしているマーギンはそっとその場を離れようとする。
「どこに行く?」
気配を消して逃げようとしたマーギンをあっさり感知する大隊長。
「あとはお任せしようかと……」
「貴様……」
鬼タームになる大隊長。
「いや、そんなに怒らなくてもいいんじゃないかな……」
「なら、お前が責任を取れ」
えっ? あっ、これハメられたんじゃ……
しまったと思ったけど、アフターカーニバル。自分でカタリーナの来訪を許容した形になってしまった。くそっ、大隊長め。
「隊長、婚前旅行?」
ロッカもいたのでそう聞いてみる。
「いらぬことを言うなっ!」
大隊長にハメられた腹いせにオルターネンをからかっておいた。
そもそも、大隊長はオルターネンを信用している。カタリーナを護衛してきたオルターネンに対して、有無を言わさず怒ることは不自然だったのだ。
「シュベタインで何かあったのか?」
と、一応カタリーナに聞いてみる。
「マーギンに会いに来たの」
「それだけか?」
「うん」
と、にっこり微笑むカタリーナ。こんな顔されたら怒れんじゃないか。
「ここじゃなんだ。俺の部屋に案内する」
玉座の間を自分の部屋と言い切るマーギン。
「あーーっ!」
玉座の間に来るなり大声を上げるカタリーナ。
「どうした?」
「やっぱりバネッサもいたーっ! なんであなたがここに来てるのよっ!!」
「なんだ、お前も来たのかよ。何しに来たんだ?」
「それはこっちのセリフよ。あなた特務隊の任務はどうしたのよ」
「うちはしばらく休みを取ったから、なにしてようか自由だろうが。それよりお前は勝手に国を離れて大丈夫なのかよ」
「私はちゃんと許可をもらってきたわよ」
「ふーん」
聞いておいて、興味のない返事をするバネッサ。
「バネッサ、俺はお前の休みを許可したお覚えはないぞ」
と、オルターネンが口を挟む。今、口を挟むのは悪手だぞオルターネン。
「ケッ、隊長こそカタリーナの護衛にかこつけて、ロッカを連れて来やがって。色ボケしてんじゃねーか?」
「なんだとっ? 俺がそんな私情をはさむかっ!」
「別にサリドンでも良かっただろ。隊長とロッカは前衛タイプ。遠距離攻撃できるやつの方がいいじゃねーか。どうしてロッカなんだよ?」
「ひ、姫様の護衛は女性の方が良かれと……」
「ローズがいるじゃねーか。それにカタリーナは自衛もできる。うちらと同じ基礎訓練を受けてきてんだ。ロッカを選ぶ理由がねぇ」
ほぅら、痛いところを突かれた。
「バネッサ、私が志願したのだ。隊長を責めるな」
と、ロッカがオルターネンを庇う。
「ロッカ、それが本当ならもっとやべぇ」
「えっ?」
「ロッカは確かに強ぇ。だけど、本当にカタリーナの護衛が目的なら、志願したこと自体が間違いだ。特務隊の戦力と能力をよく知ってるお前なら、自分よりサリドンの方がいいと進言するべきだったんじゃねーのか? なんで志願なんかしたんだよ。隊長と一緒に旅行したかったからか?」
「そ、それは……」
「バネッサ。もういい。ロッカは俺を庇ったのだ。ロッカを選んだのは俺だ。特務隊の主要メンバーがシュベタインを離れることになるなら、あとを任せられるのはサリドンとホープだったのだ」
「隊長、ラリー達を上手く使えるのはロッカだ。サリドンやホープじゃねぇ。そんなことは分かってんだろ」
バネッサは特務隊の戦力や特性、組む相手の相性、全てを的確に把握している。
「バネッサさん、まぁまぁ。せっかく来たのにそんなに責めなくてもいいじゃないですか」
と、アイリスが仲裁に入った。
「うちは別に責めてるわけじゃねぇ。隊長がグチグチと男らしくない言い訳をしたのが気に食わねぇんだよ」
「くっ……」
「お前はなぜここにいるのだ」
オルターネンは苦し紛れにバネッサにそう聞いた。
「マーギンのそばにいたいからだ。それがダメだと言うなら、うちは特務隊を抜ける」
バネッサはそうきっぱりと宣言した。
「そうか……俺もロッカを連れて来たかったからだ。悪いかっ!」
オルターネンはバネッサの覚悟を見たことで、逆ギレぎみに本音を言った。
「なら、初めからそう言えってんだ。ロッカが可哀想だろうが。別に本当に色ボケしてるなんざ思ってねぇけど、他の理由でごまかしてやるなよ」
口喧嘩の結末はバネッサの圧勝だった。
「陛下、こちらの方々は?」
一段落付いたところでキツネ目参上。
「こちらはオルターネン隊長、特務隊のトップだ。ロッカは隊員。カタリーナは……」
聖女か王女かどちらで紹介するか一瞬悩んだマーギン。他国に聖女と知られない方がいいかと思ったのだ。
「私はいわ……いやす……」
ポーズを取って、自己紹介をしようとするカタリーナは、口が勝手にイワシと言いかけるのを訂正しようとする。
しかし、先ほどバネッサがマーギンと一緒にいたいときっぱり言い切ったことで、動揺したままなのだ。そして、
「タワシはイワシの聖女っ!」
シーン……
フォローしようのないやらかしをしたカタリーナ。
「陛下、シュベタインではこのような、ことわざがあるのですか?」
「ない。こちらはローズ。カタリーナの護衛であり、オルターネン隊長の妹でもある」
マーギンは何事もなかったかのようにローズを紹介したあと、キツネ目に自己紹介させたのであった。




