そして親
「ノウブシルクで炊く米は〜愛の心を込めてます〜♪」
上機嫌で歌いながら米を炊くアイリス。と言っても炊飯器なのだが。
今夜はハンバーグとご飯をガッツリ食いたいようで、自分で米を研いで炊きだした。タジキによると、皆でご飯を食べるときもアイリスが炊くことが多いらしい。
「マーギン、何人分作るんだ?」
「多分、子供達も食いたいというだろうから、できるだけ多くだな。残ったらマジックバッグに入れとけ」
「オッケー」
アイリスとバネッサは俺が作ったやつを食べると言うだろうから、子供達のはタジキに任せた。
タジキは焼きそばを焼く大きな鉄板を使い、カザフとトルクも手伝って焼いていく。こっちはフライパンだ。
「何味にするんだ?」
「えーっと、今日はケチャップソースがいいです」
今日は? と、気になったが、まぁいい。
「うちもそれで」
俺のは塩コショウでいいか。と、アイリスとバネッサのを先に焼いていると、
「マーギン」
と、大隊長がこっちにきた。
「大隊長はタジキのを食って下さいよ」
「いや、焼肉のソースはあるか?」
「ありますけど、ハンバーグは食べないんですか?」
「食うぞ」
ソウデスカ。
炭火焼きの用意もして、肉は自分で焼いてもらう。
大隊長はハンバーグも網焼きで食べるようで、マギュウカルビを網にのせる前にハンバーグをのせていた。網にくっついてボロボロになりそうだ。
アイリスとバネッサのハンバーグが焼けたので、ケチャップソースで味付けして、少し煮詰めていると、アイリスが目を輝かせながら、どんぶり飯を持って待っている。しっぽがあればブンブンと振っているだろう。
「そこにのせるのか?」
「はいっ!」
ハンバーグ丼か。キャベツの千切りかなんか作ってやりゃ良かったな。
ひょいひょいと2つのせると、バネッサも同じようにするらしい。
「目玉焼きはのせるか?」
「いふぁぁひまふ」
もう食ってやがる……
アイリスの目玉焼きは堅焼き、バネッサのは半熟にして食ってる途中で追加する。
ジュワワワワッ。
大隊長がマギュウカルビを焼き始めた途端、めっちゃいい匂いと煙が玉座の間に充満していく。俺もハンバーグをやめて焼肉を食お。
丼飯にして、大隊長の隣に座って肉を焼き始める。
「陛下、室内でこれは……」
キツネ目が困りますというような顔をしている。
「あとで洗浄魔法を掛けるから問題ない。お前も食うか?」
「よろしいのですか?」
「かまわんよ」
「飯食いたいなら自分でよそってこい」
「はい」
すでに米の味を覚えたキツネ目。パンより好きらしい。
「この焼肉は初めて食べる味でございます」
と感動する。焼肉のタレで食べるカルビと白飯は人を魅了するからな。
「旨いだろ?」
と、自慢気な大隊長。
「はい。大隊長様」
「同じレシピでこのソースを作らせているのだが、なぜかマーギンのが一番旨いのだ。こいつはまさに焼肉の王様だな」
焼肉の王様……キングと呼ばれなくて良かった。
「なっ、何事でございますか。火事ですかっ?」
煙が外まで流れていたようで、報告を受けた宰相がとんで中に入ってきた。
「あ、外まで煙出てた? 悪い悪い。あとで綺麗にしておくわ」
「お肉を焼いておられるのですか?」
「宰相も食うか?」
「い、いえ、結構でございます」
と、宰相が遠慮すると、カザフ達がこっちに来た。
「マーギン、あいつらも焼肉食いたいみたいだから焼いてやってよ」
「いいけど、ハンバーグ食ったんだろ? 大丈夫か?」
「口から出るぐらい食わしてやりゃいいんじゃねーか?」
孤児だった頃のこいつらもそうだったなと、マーギンは追加で肉をドッチャリと出す。
「焼くの手伝え」
「分かったー」
網にのせた肉を広げていくトルク。
それを見た宰相がぎょっとした顔をする。
「こ、この子達は……」
「あぁ、こいつらは俺の弟子みたいなもんだ」
「お、おいくつでらっしゃるのですか……?」
「お前ら来年成人だっけ?」
「そうだぜ。そんときゃ絶対に帰ってきてくれよな」
「分かってる」
「来年成人……」
「なんか気になることがあるのか?」
「い、いえ……未成年なのにしっかりされているなと思っただけでございまして」
暑くないのに汗をダラダラと流す宰相。
「気になることがあるならちゃんと言え」
「本当に大丈夫です」
と、汗を拭き拭きする。
「ならいいけどな。なんかあるなら、ややこしくなる前に言えよ」
「か、かしこまりました」
と、宰相は部屋を出ていった。
「キツネ目、お前どう思う?」
今の宰相の様子はおかしい。
「どうでしょう? 宰相は陛下と旧王族との板挟みになっていますので、何か言われているのかもしれませんね」
そう、旧王族はこの城に残っている。王妃だった人は一切顔を出してきてない。
シュタッ。
隠密の頭が現れた。
「陛下、探って参ります」
「別にいいよ。宰相からは敵意を感じないし。旧王族がなんか企んでるならそのままやらしとけ」
「しかし……」
「下手に探ると潜られる。泳がしておいてくれ」
おそらく宰相は王か第一王子との繋がりが切れてない。従順に従ってくれているが、自分の前ではいつも挙動不審なのだ。
「斬ってやろうか?」
と、大隊長が肉をひっくり返しながら聞いてくる。
「そんなことをしなくていいですよ」
ジュワワワワッ。
大量にのせたカルビの脂がボワっと炎を上げる。
「マーギン、大きな厄災を防ぐには小さな芽を摘み続ける必要がある。予防も必要だと理解しておけ」
と、他のカルビは燃えないようにこまめに移動させて炎が出ないように調整するのであった。
大隊長達のベッドもここに運び込まれ、玉座の間が旅館の大広間みたいになっていく。カザフ達も疲れていたらしく、すぐにバタンキューだった。
そして、皆が寝たあとに大隊長と少し飲むことに。
「結構無茶な行程だったんですね」
小さく丸まって寝ているカザフ達にもう一枚毛布を掛けてやる。
「走り続けだな。凍った湖を通って、雪が残る道だったから、体力の消耗が激しい。カザフ達はともかく、アイリスもよく頑張って走ったと思うぞ」
「途中でおぶったりしなかったんですか?」
「お前は知らんかもしれんが、アイリスは結構しっかりしているのだぞ」
「そうなんですか?」
「お前といると子供だが、いないと甘えることもなくなった」
「俺がこいつをダメにしてるんですかね?」
「いや、マーギンがいることで心を平穏に保ててるんじゃないか。お前に甘えることで精神のリセットができているのだろう。慣れてきているとはいえ、戦いの最前線にいるのだ。気を張りっぱなしだとキツイだろう。それにまだ大人になりきれてない年代だからな」
アイリスは元の世界だと16歳か17歳ぐらいか。そう思うとよく頑張ってるわな。
「それと、余計なおせっかいだとは思うが、バネッサのことはどうするつもりだ?」
「どうするつもりとは?」
「お前を追いかけてノウブシルクまで来たのだ。バネッサは無責任な娘ではない。しかし、任務を放り出してまでお前を追いかけた」
「あいつ、何も言わずに来たんですか?」
「しばらく休むという手紙を残しただけだ」
「ったく……」
「俺が口を出すようなことではないが、男女間のそれでなくとも、そばに置いてやったらどうだ?」
「バネッサは特務隊から外せないでしょ」
「カザフとラリーが育ってきているから大丈夫だ。お前さえ良ければここに残してやれ。それにこれはお前のためでもある」
「俺のため?」
「心を許せるものがそばにいたら、お前の心が荒まずに済む。お前もバネッサのことは心憎からず思っているのだろ?」
「まぁ、そうですね……」
バネッサがここに残ると言えばアイリスも残るだろう。あとでオルターネンに謝らねばならんなと思っている大隊長なのであった。




