酒代わりとか
ズザザザ。
「なんの音だ?」
微かに聞こえた音を捉えたラリー。
「何も聞こえなかったぞ」
「いや、確かに何か這いずるような音が聞こえた」
と、動きを止めて耳をすませる。
「グルルル」
「今のは聞こえただろ。魔狼だ。どこに潜んでいる?」
魔狼が仲間に呼び掛けるような小さな唸り声が聞こえた3人は気配を探る。
「グルルル」
「あっちだ」
と、また音の聞こえた方に走っていく。
ガボッ。
「うわっ!」
先頭を走っていたラリーに雪の中から襲い掛かった白蛇。間一髪でそれを避けた。
「なんだよこいつは?」
シャーーッ。
自分達より遥かに大きな白蛇が鎌首をもたげて威嚇してくる。
ゾクッ。
先程まで気配を感じさせなかった白蛇が目の前で殺気を放ってきた。
「ラリー、退却だ。こいつヤバいぞ」
「分かってる。お前ら先に逃げろ」
「だ、だけどよ……」
「全員で逃げたら俺達を追ってくるだろうが。そうなりゃ逃げきれんかもしれん。俺一人ならなんとかなる」
一番スピードのあるラリーだけの方が逃げやすいと理解した2人。
「分かった。隙を見て逃げろよ」
2人は後退りをしながら少しずつ距離を取り、そこからダッシュした。
「ハンナリー隊に助けを求めるぞ」
と、サイマンとボンネルは先を急いだ。
2人が逃げたのを確認したラリー。
「へへっ、デカいだけの蛇なんざ倒してやらぁ」
ラリーは両手に短剣を持ち、白蛇に斬りつけた。
キンっ。
「硬ぇなこいつ」
攻撃してきたラリーに反撃をしてくる白蛇は雪の上とは思えないほど素早い。雪のせいでいつものスピードが出せないラリーには分が悪い。
「ちっ、退却するしかねぇか」
「ウォーーンっ」
と、退却しようした方向から魔狼の鳴き声が聞こえた。
「ちっ」
その鳴き声に一瞬気を取られたラリー。
「シャーーッ」
その隙を見逃さなかった白蛇の牙がラリーの肩をかすめた。
「ぐっ……」
丸呑みは避けられたが、肩を負傷して血が流れる。そして、反対側に逃げようとすると、またその方向から魔狼の鳴き声が聞こえた。
「やべぇなこれ。魔狼にも囲まれてんのかよ」
白蛇への攻撃は効かない。周りは魔狼に囲まれている。
『お前は功を急ぎ過ぎる』
オルターネンの言葉が頭をよぎる。
「しょうがねぇだろ。俺が日の当たる世界で生きていくには、周りに認められないとダメなんだからよ」
隠密の里を追い出されたラリー。軍から特務隊へ身柄を預けられたが、この生活が気に入っていた。
「ふーっ」
肩から流れる血を気合で止めていく。
「こいつをハンナリー隊のところまで連れて行ったら死人がでるかもな……しゃーねぇ」
ラリーはありったけの身体強化魔法を自分に掛けていく。
「死なばもろともってやつを見せてやるよ」
シュンッ。
雪煙を上げて白蛇に飛び掛かったラリー。
シュパシュパシュパっ。
キンキンキンキっ。
何度弾かれようと攻撃をやめないラリー。白蛇の攻撃を避けながら同じ場所に何度も攻撃を繰り返す。
ブシュっ。
「よしっ、傷が付い……」
ガクン。
白蛇の身体に傷が入ったのと同時に自分の身体が重たくなる。強力な身体強化魔法は体力を著しく奪う。
「もう、体力切れかよ……」
「シャーーッ!」
「せめて、もう一太刀……」
白蛇が大きな口を開けてラリーを丸呑みしようとしてきた。
「へへっ、その舌を斬ってやる」
と、口の中に攻撃をしようとしたとき、
《スローっ、スローっ、スローっ、めっちゃスローっ!》
いきなりガクンと白蛇の動きが遅くなった。
シパッ。
その隙に白蛇の舌を斬ったラリーはその場で膝をつく。
「ラリーっ!」
サイマンとボンネルが助けに入ろうとする。それに続く軍人達。
「あんたらちょっと待ちっ!」
それを止めたハンナリー。
「えっ、ラリーがヤバいじゃねーかよ」
「ラリーっ。あんた何やってんねんっ! 倒すんやったらはよ倒しっ!」
「えっ?」
「いつまで座っとんねん。今がチャンスやろ。気合入れっ!」
舌を斬られた白蛇はバタンバタンと暴れているが、その動きは鈍い。
「簡単に言ってくれるぜ、あのクソ猫」
ラリーはそう叫んで、再び白蛇に斬りかかる。自分が傷付けた場所目掛けて、必死に短剣を振り続けた。
ドサっ……
「回収っ! ラリーを回収や」
サイマンとボンネルがラリーに向かって走り、まだバタンバタンと動いている白蛇を盾隊が抑えたのだった。
「う、うーーん」
ようやく目を覚ましたラリー。
ゴンッ。
「痛ってぇぇ。なにしやが……ロッカ?」
目を開けるなり、ラリーはロッカにゲンコツを食らった。
「1人で白蛇と戦うやつがあるかっ!」
「白蛇は?」
「一応倒せていたみたいだ」
それを聞いてホッとする。
しかし、そのあとオルターネンとロッカから死ぬほど怒られる。
「隊長、ロッカ。もうそのへんにしといたり」
と、ハンナリーが2人の説教を止めた。
「しかしだな……」
「ラリーはちゃんとサイマンとボンネルを逃がして、殿を買って出たんや。作戦としては正しいやろ?」
「そ、それはそうだが、そのあとがだな……」
と、ロッカが反論しようとする。
「逃げられへんと思って戦うしかなかったんやろ。なぁ、ラリー」
「ま、まぁな」
「隊長、ロッカ、うちもちょっとは手伝うたけど、倒したんはラリーや。そない怒ったらんと話を先に聞いたり。怒るんはそれからや」
ラリーはいつも軍人達とバカ騒ぎをして、ヘラヘラ笑ってるハンナリーのことがあまり好きではなかった。それに軍人に可愛がられているだけで、隊を任されていると思っていたのだ。
「ふーっ。そうだな。ラリー、何があったか初めから話せ」
「わ、分かりました」
こうしてラリーは白蛇と対峙した理由を話したのであった。
夜、
ラリパッパでどんちゃん騒ぎをしているところにやってきたラリー。
「なんやあんたがこっちに来るて珍しいな」
「あ、あの……」
「なんや? 言いたいことあるんやったらはよ言い」
「ありがとう」
と、ラリーは横を向きながらお礼を言った。
「なんの礼や? 白蛇のことやったら、礼なんかいらんで。あれは特務隊として当たり前のことやからな」
「いや、それもあったんだけど、隊長とロッカに言ってくれたことだ」
「うちなんか言うたか?」
キョトンとするハンナリー。
「先に話を聞いてやれって言ってくれたじゃねーかよ」
「あー、なんやそれかいな。あれな、あの2人があんたを心配してガミガミ言うてたんは分かっててんけど、あんたにも言いたいことあるんちゃうかなぁと思っただけや。言いたいこと言う前に怒られたら、耳に入らんやろ? 自分は悪くないと思ってたらよけいにな」
「お前、いつも軍人達にもそんな感じなのか?」
「みんなうちより歳上やさかいな、頭ごなしには言わんようにはしてる。自分よりなんもでけんやつに、いきなり怒られたらムカつくやろ? そやから先に話聞くねん」
と、ラリーと話していると軍人達が割り込んできた。
「ハンナちゃん、俺達はハンナちゃんが何もできないとは思ってねぇぞ」
「そ、そうなん?」
そう言われてちょっと嬉しそうなハンナリー。
「そうそう。ラリパッパがなかったら、気分も晴れねぇしよ」
そして目的はラリパッパだと知る。
「なんやあんたらっ。うちのこと酒扱いしてるだけやないかっ!」
そうハンナリーが突っ込むと、軍人達はだーはっはっと大笑いした。
「お前ら、いつも楽しそうだな」
「ラリー、俺達はいつ死んでもおかしくねぇだろ?」
「ま、まぁな」
「だから、いつ死んでも悔いが残らんように楽しんでおくってわけだ。お前も色々抱えてんだろうけど、楽しんどけ。今回、ハンナちゃんが間に合わなかったらお前は死んでたんだ。なんにも楽しいことがないまま死んだらもったいないだろ」
「そ、そうだけどよ……」
ハンナリー隊に白蛇を近付けさせないために、死を覚悟したとは言わないラリー。
「あとな、仲間を信じろ」
「ん? どういう意味だ」
「お前、あのバケモンをこっちに来させまいと思ったんだろ?」
「えっ……」
ラリーは軍人に自分のことを見抜かれていたことを知る。
「俺達個々はお前らみたいに強くはないがな、集まりゃそれなりにやるんだぞ。連携もよく取れてる。ハンナちゃんのサポートもある」
「そうかよ……」
自分のやったことは無意味だと言われたと受け取ったラリー。
「それに逃げ足も早ぇ」
「なんだよそれ……」
「お前なぁ……ここは笑うとこだぞ。そんな顔したら、俺がスベったみてぇになるだろうが。まぁ、それはいいとしてだな、俺の言いたかったことは、お前が犠牲になって俺達が助かっても嬉しくねぇってことだ」
「そんなことを言っても、あいつはバケモンだったんだぞ……」
「知ってる。聞いた話によると、あのマーギンでも白蛇に殺られかけたらしいからな」
「えっ?」
「それぐらいヤバい魔物だ。ほれ、見知らぬ魔物と遭遇して、ヤバいと思ったら逃げろと言われてるだろ。それで俺達のところに連れて来たらまずいと判断したんなら、隊長達の方へおびき寄せたら良かったんだよ」
「あっ……」
「な、慌てるとそんなことにまで頭が回らなくなる。これからは常に撤退方法を頭に入れておけよ。特務隊が逃げてどうするとお前は言ったが、あとで勝ちゃいいんだよ」
オルターネンやロッカの言葉より、ただの軍人だと思っていた男達の言葉の方がラリーの心に響いたのであった。
◆◆◆
(もう完全に寝た)
マーギン毒殺に失敗したレジーナことアーシャは気配を消して、玉座の間に潜んでいた。
ナイフを構えて、寝ているマーギンの元に走る。
ゴンッ。
「ふぎゃっ」
張られていたプロテクションに気付かず、思いっきり顔面から突っ込んだアーシャはその場で気絶した。
「やれやれ」
キツネ目の男はアーシャを持ち上げて暗闇へと消えていく。
「はっ、ここは……?」
「ようやく目が覚めましたか。あなたは任務を失敗したのです」
そうキツネ目の男に言われてカタカタと震えるアーシャ。
「死にたいですか?」
そう聞かれてふるふると顔を横に振る。
「では、私の部下になりなさい」
「えっ?」
「あなたには隠密としての能力はありますが、才能がありません。他の仕事を与えますからそれをやりなさい」
「な、何をするのでしょうか」
「私の主のお世話です」
アーシャは何を言われているのかよく理解できなかった。だが、ハッキリしていることは任務が失敗に終わったということ。
「無理です。あなたがどなたか存じませんが、私は殺されますから」
「あなたの上とは私が話を付けます。雇い主は……気にしなくてよろしいでしょう」
「え?」
そして、キツネ目の男に言われた役目は元第二王子の世話係をするということ。
「やぁ、世話を掛けるね」
ベッドの中から微笑むヘルメニス。
「あっ、あの……」
アーシャは第二王子の顔を知っていた。任務を失敗したのに、王子の世話係なんて信じることはできない。
「アーシャ、どうしたのですか? 主があなたに挨拶をしたのですよ」
「あのっ、あのっ、どうして私なのですか……私は処分されるのでは……」
混乱するアーシャを見たキツネ目はしかたがなく説明をする。
「あなたは守られたのです」
「守られた? 誰に……ですか?」
「あなたが殺そうとした陛下にです」
「えっ?」
「陛下はあなたが自分を殺しに来た隠密だと初めから気付いておられました。その上で私に助けろと命令されたのです」
「ど、どうして……」
「それは分かりません。私は助けろと命令されたことを実行するのみ。あなたの上とも話を付けます。恐らくあなたは処分されたことになるので、しばらくここからは出られませんが安全は保証します」
こうしてアーシャは訳が分からないまま、ヘルメニスの世話係として、この部屋でしばらく幽閉されることになったのであった。
「なぜお前が絡んでくる?」
キツネ目の男は隠密組織のところに来ていた。
「ご忠告に参ったまで。前王族にこのまま仕えていると滅びますよ」
「裏切り者のお前の言葉なぞ聞かん」
「裏切りとは心外な。私はヘルメニス様の忠実なる下僕です」
「屁理屈を言いおって」
「あなた方が滅びてもどうでもいいですが、アーシャは頂いておきます」
「ならん。あれは処分する」
「ええ、そうですね。雇い主には処分したことにしておいてください。では私はこれで」
「待て」
「まだなにか?」
「なぜお前はあの男に肩入れをする?」
「私の主を助けてくださったからですよ。それに……」
「それになんだ?」
「アーシャのことはもちろん、私のことも気付いておられました」
「なにっ? お前に気付いただと?」
「えぇ、気配絶ちしていたにもかかわらず気付かれました。それに、陛下が気配を消されたら、真後ろにおられても気付きません。その証拠にほら」
と、そうキツネ目が指を差すと、隠密組織の頭がバッと後ろを向いた。
「からかったのか?」
「いいえ、本当にそのような感じでございます。では、ご忠告とアーシャをもらい受ける件はお伝えいたしましたので失礼」
そう言い残したキツネ目は目の前から消えるようにいなくなった。
頭の顔に冷や汗が流れる。
「ますます磨きがかかりおって……」
キツネ目の男はかつてこの組織に属していた。当時から次期頭だと言われていたが、第二王子の隠密になって組織を抜けた。処分しようとした他の隠密はすべて返り討ちにあい、お互い手出しをしないという条件で手打ちになったのだった。
「あいつが手打ちの条件を破ってまで、肩入れするやつか……」
隠密の頭は自ら動いてみることにしたのであった。




