リボーン
「へ、陛下が魔王……」
コツコツとプロテクション階段を降りてきたマーギンを見て、軍統括が声にならない声を出す。
「黒い魔狼に噛まれたやつはいるか?」
「怪我人は出ておりますが、黒い魔狼に噛まれた者は出ておりません」
「ならいい。ここの治癒師で治せない怪我人はいるか?」
「村人に重傷者が数名出ております」
「案内しろ」
マーギンは何事もなかったかのようにふるまい、重傷者のところに案内させた。
「おい、そこの治癒師。一気に治そうとするな。死ぬぞ」
「えっ?」
懸命に治癒している者に注意するマーギン。
「治癒魔法ってのは、その人の治癒能力を高めて治す魔法だ。だから治癒するときに体力も使う。くたばりかけてるやつに治癒魔法を掛け続けたら治るもんも治らん」
その治癒師と交代し、マーギンは傷口を魔法で出した水で洗い流してから、とりあえず血が止まるところで治癒をやめる。
「傷口を洗う、血を止める。まずはここまでだ。意識が回復して話せるようになってから、体力がどれだけあるか確認してから続きをやれ」
次は骨折者だ。折れた骨を元の位置に戻すのに相当な痛みを伴う。
「痛み止めは何を使ってる?」
「麻痺毒を持つ木の根を燻して吸わせます」
薬の本に書いてあったやつか。
「痛さをまったく感じなくなるまで吸わせるなよ。中毒になる」
「それは存じておりますが、やむを得ないのです。そうしないと耐えられない者もおりますので」
「雪の花はあるか?」
「ご、ございます」
「木の根を半分にして、同量の雪の花を混ぜて燻せ。それで中毒にならない」
「えっ?」
「雪の花にも痛み止めの作用があるんだよ。いいからさっさと試せ」
「は、はい」
急いでやらないとまずそうな年寄りがいる。雪熊にやられたのだろう。ざっくりいってるのと、骨折もしているな。
と、マーギンが死にそうな爺さんに近付く。
「わ、ワシより先に他の者を……」
「お前が一番重傷だ」
「わ、若いもんから先に……ワシはもうええ……」
「そんなことを言うな。生きられる間は生きろ。他のやつも助けるから心配すんな」
マーギンは痛み止めの魔法を掛け、傷口を洗い流し、折れた骨の位置を元に戻してから治癒していく。
「水は飲めそうか?」
「な、なんとか……」
身体を抱きかかえて起こしてやり、指先からチョロチョロと水を出して飲ませた。
「これで大丈夫だ」
こうして、重傷者を次々に治癒していったのだった。
翌日から手分けして壊れた扉を直させ、川側にも塀を作らせる。マーギンは大きな特殊個体の黒い魔狼のところに向かった。
「もう瘴気は大丈夫そうだな」
《インフェルノ》
ゴウッッッ。
すでに凍っていた死体は跡形もなく燃えつくした。
そして、倒した白い魔狼と雪熊を持ち帰り、肉と毛皮にしていく。
「これ、食うだろ?」
「はい。いただきます」
こういう村は魔物肉でも食べる。貴重な食料となるのだ。
こうしてしばらく村に滞在し、塀や扉に強化魔法を掛けていく。コレで雪熊が出ても耐えられるだろう。それから重傷だった者達に追加で治癒魔法を掛けて、ここでの役目は終わった。
「本当にありがとうございました」
城に戻ることを伝えると、村長を代表として、多くの者達が見送りにきた。
「お前ら、避難したいなら避難先を探しておくけどどうする?」
と、問いかける。
「我々はここに残りたいと思います」
「木材のことなら気にしなくていいぞ。なんとかするから」
「いえ、生まれ育ったこの村を離れたくないのです」
「そうか。まぁ、塀と扉に強化魔法を掛けておいたから雪熊程度じゃ壊れん。マンモーが大群で出たら逃げろ。1〜2匹なら大丈夫だと思うがな」
「何から何までありがとうございます」
と、村長との話が終わると、助けた爺さんがマーギンの前に来た。
「王様とは知らず、無礼なことをいたしました」
「そんなことは気にしなくていい。それより助かって良かったな」
「王様……本当にありがとうございました。もう死んでもええと思いましたが、助けていただいたこの命。大切にしてまいります」
「そうしてくれ。まだまだ働けるだろ?」
「はい」
マーギンは年寄りの手を握って、「長生きしてくれよ爺ちゃん」と言うと、泣いて喜んでくれたのであった。
王都に戻ったあと、軍人達の宿舎で功労会をすることに。
「無事、討伐完了を祝ってカンパーイ!」
皆がマーギンに、お疲れ様でした、お疲れ様でしたと酒を注ぎにくる。こんな強い酒をそんなに飲めるか。
「もういい、もういい。酒は自分のペースで飲みたいから、もう注ぎにくるな」
と、あっちいけしっしっとしておく。
料理はバイキング形式だが、マーギンにはメイドが料理を運んで来てくれる。
「あ、あの……料理をお持ちいたしました」
料理を持ってきてくれたのは幼そうに見える女の子。これで成人してんのか?
「ありがとう。あとは自分で取りにいくから、もう持ってこなくていいぞ」
「はい。では、お料理を並べさせていただきます」
緊張しているのか、手が震えてるけど大丈夫か?
ガチャッ。
「キャッ。も、申し訳ございませんっっ」
案の定こぼした。
「いいよ、気にしなくて。あとは適当に置いといて」
「すぐに代わりをお持ちいたします」
と言ってるのに、こぼした物をサササッと片付けて、もう一度料理を取りに行った。
ん?
マーギンは今のメイドのことが気になった。
そして、もう一度料理を持って来たときに、
「お前、名前はなんていうんだ?」
「な、名前ですか?」
「うん。それといくつ?」
「あの……レジーナと申します。歳は15歳です」
「そうか。成人したてなのに、こんなところでメイドしてるのは大変だな」
「あ、ありがとうございます」
ペコッと頭を下げて逃げるように去っていった。
レジーナか……
マーギンはこそっと今のメイドを鑑定していた。名前はアーシャで歳は13歳。それにバネッサやカザフとよく似た能力を持っていた。
「可哀想なことをさせやがる」
と、ポソっとつぶやいた。恐らくこの料理に毒が入っている。誰かに俺の暗殺を命じられたのだろう。俺が気付いたことがバレるとあの娘は証拠隠滅のために消されるだろうな。
「カタリーナがいたら食ってやったんだがな」
マーギンは料理をフォークに刺して、どうしたものかと悩んでいると、キツネ目の男がワインを持ってきた。
(陛下、その料理はお召し上がりになられぬように)
他の人には聞こえない声でそう言ってワインを注いだ。
このキツネ目の男は城で執事をしていて、子供達の教育係を買って出てくれたやつだ。
「おい、キツネ目。なぜお前がここにいる?」
「はい、陛下がお戻りになられたと伺いましたので、ご報告に参りました」
「なんかあったのか?」
「子供達は学ぶことに飢えていたのか、とても熱心に勉強をしております」
と、開いてるのか閉じてるのか分からない目で微笑んだ。
「報告ご苦労。それより、このワインに合うつまみはあるか?」
「チーズでよろしいですか?」
「いいぞ」
と、返事をしたキツネ目の執事は、料理の皿を下げ、チーズを持ってきたのだった。
宴会を途中で抜け出して城に戻ると騎士団長が待ち構えていた。隣には軍統括もいる。
「なんかあったのか?」
「少々お話がございます」
と、神妙な顔をして言うので、玉座の間の隣にある個室で話をすることに。
「で、話ってなんだ?」
「陛下が魔王だというのは本当でありますか?」
あの村でバッチリとフェニックスを見られたからな。軍人統括がさっきの宴会を乾杯だけで抜けたのは騎士団長と相談するためか。
「だったらどうする?」
と、平然と答えると、軍統括と騎士団長がガバッと土下座をした。
「どうか、どうか、国民皆殺しだけはお許しくださいますようお願い申し上げます。戦争に加担していた我々だけでお許しください」
「するか、そんなこと。皆殺しにするなら、こんな面倒臭いことをするか」
「で、では……」
「俺は魔王じゃない」
「し、しかし……あの炎の鳥は魔王と共にシュベタインとゴルドバーンに出たと報告を受けております。黒い魔狼討伐に向かった者の中には実際に以前に見た者もおります」
ここまでバレてたら、もう隠しても無駄だな。
「そうだ。シュベタイン、ゴルドバーンで魔王と名乗ったのは俺だ。だが、俺は本物の魔王じゃない」
「え?」
「お前らが魔王という人類共通の敵がいると知れば、人間同士で戦争している場合じゃないとなると思ったんだよ。しかし、ノウブシルクは戦争をやめなかった」
「で、では……」
「俺が魔王役をしたのは本当だ。だが俺は魔王じゃなくてただの人間だ」
そうマーギンが言うと、軍統括と騎士団長が顔を見合わせる。
「ただの人間かどうかは……」
「そこは突っ込むところじゃない。それと、俺は魔王じゃないが、魔王はいる」
「えっ?」
「近年の魔物の異常発生は魔王が復活するからだ。俺がその魔王を追っているというのは本当だ」
「ま、まさか……神話に出てくる魔王が本当に存在するとは信じられません……」
「そうだろうな。しかし、魔王が完全復活したら、今よりも魔物がもっと増える。そしてもっと強くなる。今の戦力では魔物に勝てないんだよ」
「た、確かにマンモーのような化け物が現れました。魔王が復活するから出たというのですか」
「マンモーより黒い魔狼の方が厄介だ。あの群れのリーダーは信じられんぐらい賢かった。魔物は本能で襲ってくるが、あの群れのリーダーは本能じゃなく、俺に戦いを挑んできた。これは知性があると思った方がいい。それに魔狼達だけでなく、雪熊を操り作戦を考えて指示していたからな。あの討伐は俺がいなかったら村ごと全滅だったな」
「知性のある魔物……」
「俺はシュベタインに住んでてな、シュベタインの王に魔王復活の進言をしたんだよ。そしたら、騎士隊の中に特務隊という魔物討伐専門の部隊を組んでくれて、軍人もそれに加わった。だから、俺が魔物討伐のための訓練を行った。もうシュベタインは大丈夫だろうと思う」
「なるほど、それでノウブシルクもなんとかしようとしてくださったのですか」
と、騎士団長がなるほどという感じでポンと手を叩いた。
「違う。国の防衛は国が対策をするものなんだよ。俺は魔王を討伐するのが使命だ。本当はノウブシルクにかまってる暇はないんだ」
「それでノウブシルクに王になられたと?」
「助けるためじゃないな。戦争を終わらせるためだ。魔王役をした俺の言葉を信じてくれてたら、こんなことをしなくてすんだのにな」
「陛下、シュベタインは騎士がまず魔物討伐専門となったのですね?」
「そうだ」
「では、我々も鍛えていただけないでしょうか」
と、騎士団長が頭を下げる。
「ここは軍が進んでやってくれてるから、別に騎士じゃなくてもいいんじゃないか?」
それを聞いた騎士団長は少し黙ったあと、
「陛下は身分制度をなくそうとされておられますよね?」
騎士団長はマーギンが何をするのか気付いていた。
「貴族がきちんと貴族の役目を果たしているなら、別に今のままでもいいんだがな」
「陛下のおっしゃる意味は理解いたしました。いずれ貴族制度がなくなれば、騎士の役割も少なくなっていくでしょう。しかし、我々は国を守るために戦いたいのです」
「まぁ、それなら軍人と一緒にやればいいんじゃないか?」
「はいっ。では我々騎士団は本日をもって、魔物討伐隊となります」
「それなら戦えるやつだけにしとけ。騎士の稽古で強くても、魔物討伐は別物だぞ」
「かしこまりました。騎士団は陛下の元、生まれ変わります。すなわちリボーンの騎士となるのです」
それを聞いたマーギンは頭の中にタラリラッタラッタランランランと音楽が再生されるのであった。




