戦いを挑む
「ここの村はどうして避難してないんだ?」
「ここは良質な木を切り出す村でして、避難させてしまうと、国の木材が足りなくなります。ですので、国が避難を認めなかったのです」
宰相の話によると、そこそこ大きな村だそうで、木でできた塀で囲まれているから大丈夫だろうとの判断だったようだ。
切り出した木は川を使って、王都やその他の街に運び込まれるとのこと。
「川側は囲いがあるのか?」
「ありません」
ヤバいな。川はすでに凍っているだろうから、そこから侵入されたら、魔物避けの塀が村人を逃さないための塀になってしまう。
「火の攻撃魔法を使える者と弓使いを中心に部隊を組んでくれ。あとは盾役もな」
「魔導銃部隊は宜しいのですか?」
「多分、使い物にならんから不要だ」
新しく軍の統括にしたものに部隊の編成を任せ、黒い魔狼討伐にでる。
村に向かうまでの道のりがめちゃくちゃ寒い。こいつらよく平気だな。こっちは温熱服を着ていても寒いというのに。
「陛下、大丈夫でございますか?」
寒そうにしているマーギンに気付いた軍統括が気遣ってくれる。
「めちゃくちゃ寒い。お前らよく平気だな?」
「慣れておりますので。私のでよろしかったらこちらをどうぞ」
と、毛皮の帽子を渡してくれた。
「お前は大丈夫なのか?」
「自分はフードもありますので、問題ありません」
確かに俺のコートより暖かそうなコートを着ているからな。ありがたくかぶっておこう。おっ、帽子を被るだけでも寒さがマシになるな。
そして、丸1日歩いて村に到着した。
「た、助けに来てくださったのですか……」
村長のところに魔物討伐に来たことを伝えると、信じられないようだ。
「頭が高い。こちらは新しく国王になられた方だ」
「へ?」
軍統括がそういうと、意味が理解できない村長。
「俺が誰かとかどうでもいい。それより魔物の状況を教えてくれ」
村長の話によると、木を切り出しているときを狙われるそうで、そんなときは村に閉じこもるそうだ。
「一昨年までは黒い魔狼はちらほら混じる程度だったのが、どんどんその数が増え、襲われたものは止むなく隔離をして死ぬのを待つしかありませんでした」
「そうだな。噛まれないようにするしか助かる方法はない」
木こり達はそこそこ戦えるようで、今まで魔物討伐は自分達でやっていたようだ。村に治癒師もいるらしく、多少やられてもなんとかなっていたらしい。
「分かった。しばらくこの村で厄介になる」
「あの……」
「なんだ?」
「なぜ助けに来てくださったのですか? 今までこのようなことは一度もなかったですのに」
「黒い魔狼を討伐しないと、村が全滅するだろ? 戦える者が人々を守りにくるのは当然だ」
「今は他国と戦争中で、軍人の皆様がこのようなことを……」
「戦争は止めさせた。人を殺すより、魔物を討伐する方がいいに決まってるからな。近隣の村に人がいなくなってるから、ここが集中して狙われるはずだ。村人で戦えるやつは女子供を守ってろ。今夜、魔狼が襲撃に来るぞ」
「え? 今夜ですか」
「あぁ。周りは魔狼だらけだ。俺達が村に入る様子を伺ってたから、餌が増えたと思って必ずくる。統括、川側に盾隊で壁を作れ。そのうしろに魔法部隊と弓隊だ」
「はっ」
念の為、木の塀側の見張りは村人に任せた。魔狼があの木の塀を越えることはないだろうが、魔狼だけじゃないかもしれんからな。
盾隊が陣形を取り始めると、凍った川から強く冷たい風が吹き付けてきた。風よけになるものがないから、容赦なく軍人達の体温を奪っていく。慣れているノウブシルク兵でも辛そうだ。これは集中力が持たなさそうだな。
まだ魔狼はこないので、魔法部隊と弓隊に簡単な雪洞を作らせる。
「交代で暖を取らせろ」
「宜しいのですか?」
「いざとというときに凍えて動けない方がまずいからな」
マーギンも雪洞に入り、大きな鍋で豚汁を作っていく。生姜と唐辛子も少し入れておこう。
「手分けして配れ。器は自分達のを使わせろ」
「陛下自ら兵の料理を作ってくださったのですかっ!」
「こんなもの、材料を入れて煮ただけだ。いちいち大袈裟に騒ぐな」
鍋一つだけでは足りないので、追加で作り、交代したもの達に順に食べさせていった。
「これは豚汁というのですか。初めて食べる味ですが、とても美味しいです」
「これは味噌という調味料を使っている。お前らが攻めて来たシュベタイン王国、タイベ領特産の調味料だ」
「シュベタインの……」
「お前らが攻めて来たときに、俺はたまたまタイベにいた」
「………ノウブシルクの者はどうなりましたか……」
「全員殺した。お前らは宣戦布告もなしに、いきなり戦艦から魔導砲をぶっ放しやがった。そのせいでたくさんの一般人が死んだよ。目の前でご主人と子供を殺された奥さんもいた。それに俺達の仲間にも死人が出た」
「そうでしたか……申し訳ございません」
軍統括は頭を下げる。
「ノウブシルクはウエサンプトン、ゴルドバーンでも同じことをしてただろ? だから俺はノウブシルクを滅ぼしてやろうかと思ったんだ」
淡々と滅ぼすつもりだったと言うマーギン。
「我々はそれだけのことをしてきました、そう思われるのも当然でしょう。しかし、それがなぜ我らを助けようとされるのですか?」
「一般人には関係ない話だからな。だから、戦争を始めた王や中枢の貴族だけでも殺そうかと思ったんだが、あいつらにも家族がいる。いくら酷いことをしていても、家族を殺されたら恨むだろ? そうなれば延々と戦いの火種が残る。戦うのは魔物だけでいい。もうこの世界は人同士で争っている余裕なんてないんだよ……来たぞ」
「え?」
「話は終わりだ。全員に戦闘態勢を取らせろ」
統括に指示を任せてマーギンも前線にでる。想定していたより魔狼の数が多いが、月明かりが雪に反射して比較的視認性が高い。これならなんとかなるか。
「撃って撃って撃ちまくれ。倒せなくても、村の中に入れさせなければいい」
「はいっ!」
盾隊の後ろから矢がヒュンヒュンと飛び、ファイアボールが魔狼の前に着弾していく。
「抜けたぞっ!」
パシュっ、パシュ。ボヒュッ、ボヒュッ。
攻撃を避けて抜け出て来た魔狼を狙い撃っていく。それが続いたあと、
「ウォーーン」
魔狼が遠吠えをしたあと、後方で待機していた魔狼がいっせいに走ってきた。
「くっ、魔力がもう少ないです」
「矢も残り少なくなっております」
なんて賢いやつらだ。こちらの動きを読んでたってのか?
「ガウッ」
そして、魔狼が盾隊を飛び越えた。
パシュっ。
「ギャンっ」
「やった! うぉっ!!」
矢が当たった白い魔狼の陰に隠れてた黒い魔狼が弓隊に襲いかかる。
《プロテクションっ!》
バンッ。
「ギャンっ」
「いっ、今のは……」
襲い掛って来た黒い魔狼が何かに当たって跳ね返されたことに驚く弓隊。
なんだ、この賢さは?
マーギンはそれより、見たことがない連携を取った魔狼に眉をしかめる。
「全員退却っ! 盾隊は密集して自分達を囲みながら下がれ」
「しっ、しかし」
「早くしろっ!」
マーギンはそう言い残して、妖剣バンパイアを抜いて魔狼に突っ込んでいった。
《ファイアマシンガン》
スドドドドっ。
マーギンは魔狼の群れに無数のファイアバレットを打ち込みながら、妖剣バンパイアで魔狼達を斬り裂いていく。そして、遠吠えで指示を出したリーダーの魔狼目指して走った。
「すげぇ……」
その光景に見とれる軍人達。
「見てないで早く退却しろっ!」
軍統括がマーギンに見惚れている軍人達に指示を出し、退却していく。
ゾクッ。
そのとき、マーギンの背中に悪寒が走った。
「なんだこの気配は?」
魔狼のリーダーが放った殺気か? いや、殺気は反対方向から……
「雪熊だーっ! 雪熊が来たぞっ!!」
「な、なんだあの数は……」
村の入り口の扉側に集まる無数の雪熊。そして、雪熊の群れが塀や扉に襲い掛かった。
ドガンっ、ドガンっ。
「にっ、逃げろっ。扉が壊されるぞ」
魔狼では破壊できない塀や扉も無数の雪熊には持ちこたえられない。
「わーっ」
「きゃーーっ」
村人達が慌てふためき、逃げ惑う。
「ちっ、反対側になんかヤバいやつが出やがったのか……はっ! もしかして、この魔狼の群れ全体が陽動部隊なのか」
やられた。
しかし、陽動隊の魔狼といっても数が多く、気配を探れないほど集まっている。
「ちっ、どっちもヤバいなら、こいつらを先に全滅させるしかない」
《フェニーークスッ!》
マーギンはフェニックスを出し、魔狼の群れ全体に高温の炎の雨を降らせた。
魔狼の頭上から無慈悲な炎が襲いかかる。白い魔狼、黒い魔狼が入り乱れて逃げ惑うが逃げられる場所はない。
「消えろ」
マーギンが手を頭上から振り下ろす。
フェニックスが低空飛行をすると魔狼が蒸発するように消えていった。
ピシピシピシピシっ。バキッ。
そして、高温にさらされた川の氷が溶けて割れていき、ガラガラと音を立てて、残った魔狼ごと川に飲み込んでいった。
魔狼を殲滅し、すぐさまプロテクション階段を出して、反対方向へとホバー移動で向かう。
「げっ、雪熊が扉と塀を壊しやがったのか」
すでに村の中に魔狼と雪熊が入って人を奪おうとしている。
《パーフォレイトっ!》
上空から、村の中に入った雪熊と魔狼を正確無比に撃ち抜いた。そして出したままのフェニックスを塀より向こう側に低空飛行させる。
「どこだ?」
先程の悪寒が走った相手は雪熊ではない。もっと強い魔物だ。
ザッ。
「いたっ! なんだあいつは……」
フェニックスから逃れるように物凄いスピードで遠ざかる魔物。
「あれは魔狼か?」
マーギンが見付けた魔物は黒い魔狼。しかし、その大きさが半端なくデカい。普通の魔狼の5倍以上ある大きさだ。
デカい魔狼はフェニックスの射程圏外まで離れたので、マーギンはそれを追い掛ける。しかし、プロテクションの上をホバー移動しているのに追いつけない。
「速ぇじゃねーかよっ!」
マーギンは覚悟を決めて、プロテクションスライダーでスピードを出し、デカい魔狼目掛けてミサイルのように飛んでいくし。
「怖ぇぇぇっ!」
肉弾となるマーギン。
ズザザザザッ。
そのとき、デカい魔狼が方向転換して、マーギンを迎え撃つ態勢を取った。
「げっ」
「ガァァァッ!」
前傾姿勢を取り、大きな口を開けてマーギンに襲い掛かろうとするデカい魔狼。
《プロテクションボールっ!》
自らをプロテクションボールに包み、そのまま魔狼にアタック!
ガッ。
それを弾き飛ばす魔狼。
ゴンカンコンカン。
木々に当たって、ピンボールの玉みたいになるプロテクションボール。マーギンは中でうぇぇぇしそうになっていた。
なんとか、うぇぇぇを我慢したマーギンを見下ろすように、大きな魔狼はプロテクションボールの前で静かにただずんでいる。それに気付いたマーギンは自分に戦いを挑んでいるような感じがした。
《プロテクションボール解除》
「ガルルルルっ」
プロテクションボールから出てきたマーギンを見て、ヨダレを垂らしながら、鼻にシワを寄せる魔狼。
「お前、生意気だな。俺に勝てると思ってんのか?」
威圧しながら魔狼と対峙するマーギンは妖剣バンパイアを再び抜いた。
「ガッ!」
その刹那、魔狼が消えるようなスピードでマーギンに襲い掛かった。
シュンッ。
マーギンと魔狼が交差し、少し時が止まったあと、
ぶしゃっーーーっ!
魔狼は首から血を吹き出し、その場で崩れ落ちた。
「ちっ、こいつ瘴気を放ってやがる」
マーギンは瘴気を避けるため、プロテクション階段で上空へ上がり、村へと戻った。
「魔王だ……」
「あっ……」
戻ってきたマーギンを見た軍人達。
まだフェニックスも解除しておらず、空中を歩いてきたマーギンを見て、そう口々に呟いたのであった。




