無限
「おー、寒ぃぃぃ」
「鼻が、鼻が痛いです」
北の領地に討伐に来ている特務隊のバネッサと鼻を真っ赤にしたアイリスが震えている。
「なんだよ、だらしねぇなぁ」
「うっせぇ、この時期にこんなに寒いっておかしいだろうが」
カザフが寒がっているバネッサをからかい、バネッサがそれに怒鳴り返す。
「そんなに寒いなら走れバーカ」
「なんだとてめぇっ!」
と、2人は元気に走って行った。
「まったく、あいつら勝手な行動をしやがって」
と、呆れるオルターネン。
「まぁ、そろそろ偵察が必要だと思っての行動だろう。この時期にこの寒さは異常だからな」
と、大隊長は2人の行動を理解していた。
「確かに。こら、アイリス。寒いからといって火をだすな火を」
「こうしてると、顔は暖かいんですよ」
顔の前に火の玉を浮かべているアイリス。
「温熱服を着てるんだろ?」
「着てますよ。でも寒いんです」
南国生まれのアイリスは寒さに弱い。マーギンさんがいたら、コートの中にくるんでくれるのに、とぶつぶつと独り言を言っていた。
「そ、そんなに寒いなら、これを着とけよ」
と、ノイエクスが着ていたコートをアイリスに差し出した。
「ノイエクスさんは寒くないんですか?」
「もうすぐ魔物が出てもおかしくないんだ。身軽になっていた方がいいからな」
「では遠慮なく」
と、男物のコートを羽織る。
「ノクス、私も寒いのだがな」
と、ロッカがからかうように横目で見た。
「ロッカは半袖でも平気そうじゃん」
ごすっ。
いらぬことを言ったノイエクスはげんこつを食らう。
そんなことをしながら、魔石の採石場に渡る橋まで来た。
「まだ橋を落としてないのだな」
ここから魔物が渡ってくるから橋を落とした方がいいと進言してあったのに、いまだにそのままだ。
「あの若領主は大きな被害が出てないから、柵を作るだけで十分と舐めているのかもしれませんね」
「毎回特務隊が出張って対応しているからな。戻ったら目の玉が飛び出るほどの費用を請求することにしよう」
と、大隊長が真面目な顔でオルターネンに言った。
橋を渡ろうとすると、バネッサとカザフが戻ってきた。
「どうだった?」
「魔物の気配がねぇ。採掘場まで見てきたけどよ、魔狼の気配すらなかったぜ」
「おかしいな」
「うむ、確かに変だな。気配のない魔物がいるのかもしれん」
「あの白蛇とかがいるのかよ?」
「マーギンの一件以来、姿を見てないからな。そろそろ出てもおかしくないかもしれん。バネッサ、カザフ。これから単独行動はやめろ。固まって動いた方がいい」
「了解」
オルターネンの指示に素直に従うバネッサ。
「先頭はバネッサとカザフ。次にホープとサリドン、ノクスとタジキはアイリスのそばにいろ。トルクはロッカと組め。殿は大隊長にお願いします」
オルターネンはホープ達と同じ位置に付き、橋を渡って調査をすることになった。
採掘場を過ぎたあたりから、急激に冷え込んでくる。
ザクっ。
踏みしめた地面から先ほどまでとは違った音が聞こえた。
「もう凍ってるのか……」
いくら北側まで来たとはいえ、この時期に地面が凍ることはない。やはり何かおかしい。
「お肉を焼いて、魔狼が寄ってくるか試しますか?」
皆にストップを掛けて、考え始めたオルターネンにアイリスが提案をする。
「あー、マーギンがやるやつか。そうだな。採石場まで戻ってそこで試すか。ここだと足元が悪い」
と、引き返して、採石場を見渡せる広場で焼肉を焼くことにした。
「タジキ、ラーメンを作ってくれ。肉だけだと身体が温まらん」
「じゃあ、肉は豚バラを焼いてラーメンに入れるのでいい?」
「いいぞ」
と、大隊長にラーメンをリクエストされて、鍋でラーメンを作る。肉は豚バラを焼いて、チャーシュー代わりにした。
「うー、あったけぇ」
皆でズルズルとラーメンをすすり、スープを飲むと冷えた身体が暖まってくる。
ピキッ、ピキピキ。
「なっ、なんだ? 急に地面が凍って……」
そのとき、急激に気温が下がり、地面が凍り始めた。
「敵だ。円形の陣っ! アイリスを中に入れろ」
アイリスの脇にタジキとノイエクス。それを囲むように敵に備えた。
ビュンっ。
「うわっ!」
いきなり凍った地面を滑ってくるように、直径1mほどの丸いものが襲ってきた。思わずそれを飛んで避けたカザフ。
「バカ野郎っ!」
バネッサがオスクリタを投げて、その丸いものの進行方向に刺した。
ガッ。
オスクリタに当たってスピードは落ちたものの、跳ね上がった魔物がアイリスの上に落ちてくる。
「どっせーい!」
ガツン!
タジキがそれを盾で防ぎ、
「ぬぉぉっ!」
ガキンっ。
ノイエクスが剣でそれを弾き飛ばした。
「なんだ今のは? 氷の塊か?」
「確認している暇はないっ。次々と来てるぞ。油断するな」
オルターネンがそう叫んだ通り、次々と同じものが地面を滑って襲ってくる。
「タジキ、カザフのところに入れ。バネッサとカザフは木の上から襲ってくるタイミングを指示しろ」
軽い武器を使う2人には分が悪いと判断したオルターネンは陣形の穴をタジキに埋めさせ、アイリスの方へ攻撃がいかないようにした。
ガキン、ガキン、ガキン。
四方からくる攻撃を弾いていく特務隊。
バネッサとカザフは仲間の名前を叫んで、飛んでくるタイミングを教える。
「ちっ」
舌打ちをしたオルターネン。
《ストーンウォール!》
土魔法で硬い壁を出し、360度から攻撃されるのを180度に減らし、陣形を密集させていく。
「バネッサ、カザフ。アイリスを連れて採石場そばまで退避」
まずはアイリスを退避させ、全員で採石場近くまで下がっていく。
「アイリス、その場を隆起させるから落ちるなよ。サリドンもそれに乗れ」
「「はい」」
《ストーンウォール!》
ずずずっと、アイリスとサリドンを乗せたまま壁を隆起させる。バネッサとカザフもそれに乗った。
《ファイアバレット!》
ズドドドドド。
アイリスとサリドンは襲ってくる魔物を壁の上から狙い撃っていく。
「トルク、【ガッ】のタイミングだ」
「はーい」
ロッカは自分の理屈が理解できなかったトルクに、立ち合いの中で理屈を教えていた。
「バーッ、ガッ、スーッ」
自分の動作に言葉を合わせてトルクと戦う。これを何度も繰り返したのだ。
「ガッ」
ロッカが振りかぶって、剣を振り下ろす瞬間に、ガッと叫けぶとトルクが身体強化を掛ける。
ガキンっ。ボロっ。
ロッカに斬りつけられた氷のような魔物の殻が砕けると、姿を現したのは亀型の魔物だった。
亀型の魔物は弾かれると、途中で手足を出してブレーキを掛けて方向転換をし、再び襲ってきていた。
大隊長はヴィゴーレでグシャッと潰し、オルターネンはジェニクスで斬る。他の武器を使う者達は弾くだけで精一杯だったが、ロッカはトルクの強化魔法を得て、氷の装甲を砕くまでに至ったのだ。
「よし、いいぞ。次だ」
「はーい」
「バーッ……ガッ」
氷の装甲を砕かれた魔物は先ほどよりスピードが若干落ち、ロッカのタイミングが狂う。そして、その狂いはトルクのタイミングも狂わせた。
「クソッ」
上手く当たらないと判断したロッカはジャンプをして魔物を避けた。が、うしろの壁に当たった魔物が跳ね返ってきた。
ロッカはジャンプして避けようとしたが、魔物が当たりそうになり蹴飛ばす。そしてまた壁に当たり跳ね返ってきた。
ロッカが飛ぶタイミングと魔物が跳ね返ってくるタイミングがシンクロする。
ピコンピコンピコンピコン。
どんどん1upするロッカ。
「いい加減にしろっ!」
グシャッ。
ロッカは自力で魔物を踏み潰したのだった。
「大丈夫か?」
「ええ。なんとか倒せました。もう終わりですか?」
「あぁ。アイリスの高温のファイアバレットで一網打尽だ」
サリドンのファイアバレットでは倒せなかった亀型の魔物。アイリスは青いファイアバレットをマシンガンのように射ち、魔物を殲滅したのであった。
「痛ててててっ。手がくっついた」
バネッサが魔物を確認しようと触ると、あまりの冷たさに手がくっついてしまった。
《バーナー》
ゴーッ。
それを見たアイリスがバネッサの手を炙る。
「あっちぃぃっ。火傷すんだろうがてめぇっ!」
「そんなに温度は上げてませんよ」
「ったくよう。服が焦げただろうが」
「そのまま手がくっついていた方が危ないんですよ。下手したら指がなくなるところだったんですから」
ヘラルドのところで医療知識を学んだアイリスは、そうにっこり笑ってバネッサにチッチッチと人差し指を振るのであった。
◆◆◆
「なんだよこれ……」
マーギンが乗り込んだ戦艦。そこはもぬけの殻だった。
「一か八かで全員海に飛び込んだのか?」
戦艦内を見て回ると、食糧庫と思われる部屋は空になっている。水は魔法で出せた者がいるかもしれないが、食料が尽きていたのは確かだ。それに釣りをしていた形跡もある。
死んだ者を海に捨てたとしても、まったく死体が残ってないのはどういうわけだ……?
2隻の戦艦内部は初めから誰もいなかったように、ガランとしていたのであった。




