怖い顔
王都に戻り、翌日報告に行くことになった。エドモンドは事後処理があるので領を離れるわけにはいかず、オルターネンとマーギンで報告することになったのだ。
「で、お前らはここに泊まる気満々なんだな?」
「ダメですか?」
「別にいいだろ?」
カタリーナは疲れているのか、珍しく素直に帰ったというのに。アイリスとバネッサはいつもと変わらずだ。
「なんか飲むか?」
2人とも甘い酒を希望したのでサングリアにしておく。俺もたまにはこれを飲むか。
「なに作ってるんですか?」
「軽いツマミだな」
キッチンでツマミを作っていると、アイリスが覗きにきた。
ツマミは超薄切りトーストにリンゴの薄切りをのせてから砂糖を掛けて炙ってキャラメリゼに。
「もうできるから向こうで待ってろ」
と、アイリスに言うと、コテンとおでこを背中に預けてきた。
「どうした?」
「私……人を殺したかもしれません」
アイリスはタイベの港街で敵兵を炎の壁で追い込んだらしいからな。一網打尽と聞いたから、かなり広範囲に広げてたのだろう。よくそんなことができたものだ。
「殺そうと思ってたのか?」
「許せないとは思いました」
「自分の魔法で人が死んだのを見たか?」
「見てません……」
「殺そうと思ってたか?」
「思ってません」
「ならいい。俺も魔法で人を殺さないという約束を守っているつもりだけど、死んでるやつもいるだろうからな。それに、お前がいなかったらもっと人が死んでる。しかも、攻められた方のな」
「はい……」
「分かったら、向こうで待っとけ」
「……マーギンさん」
「ハンバーグは焼かんぞ」
「違います。ちょっとギュッとしてください」
アイリスは義母のこともあったからな。それに加えて戦争への加担だ。心が押し潰されそうになってるのだろう。
マーギンは振り向いてアイリスをぎゅっと抱きしめた。
「よくやった」
そう声を掛けると、アイリスもきゅっと抱き返してきた。
ぐぅぅぅ。
「ハンバー……」
「焼かんぞ」
「……はい」
超薄切りトースト焼きリンゴのせを持ってリビングに戻り、甘い酒に甘いツマミを楽しむ。やっぱり疲れているのか、妙に甘いものが旨かった。
アイリスがウトウトし始めたので、洗浄魔法を掛けてベッドに連れていく。
《スリープ!》
軽く掛けただけでイチコロだ。今日はゆっくり眠れ。と、しばらく頭を撫でてやる。
リビングに戻るとバネッサがサングリアを飲み干していた。
「もう全部飲んだのか?」
「なんか妙に旨かったんだよ」
「そうか。お代わりはいるか?」
「いや、もう満足したから風呂に入ってくる」
バネッサが風呂に入っている間に、キュウリを塩揉みして、ゴマ油と和える。これをつまみに焼酎の水割りを飲む。うむ、旨い。
いつものごとく、カラスの行水で出てきたバネッサの髪を乾かしてやる。
「どうする? カザフ達のベッドで寝るか? それともソファで寝るか?」
「ソファで寝る」
「おねしょすんなよ」
「するかっ」
すぐに寝るのかと思ったら、キュウリをポリポリと食べはじめる。
「それは酒か?」
「焼酎の水割りだ」
少し飲むと言うので薄めのを作って渡す。
「さっぱりするな。風呂上がりにちょうどいいぜ」
「それでも酒だからな。水代わりにはならんぞ」
そして、飲み終えたのに寝ようとしない。
「どうした?」
と、聞くと、ちょいちょいと手招きをする。
「なんだよ?」
「いいから、ちょっとこっちに来いよ」
「だからなんだよ?」
と、バネッサの方に行くと、いきなりマーギンの頭を抱きしめ、胸に埋めた。
「おっ、お前酔ってんのか」
「そんなに酔ってねぇよ。それよりどうだ、ちょっとは落ち着くか?」
「えっ?」
「お前、ずっと怖い顔してんだよ。ゴルドバーンからずっと怖い顔してるんだよ……」
「そうか……悪かったな」
「うちらでもキツイのに、マーギンは一番キツイことをやってんだ。普通でいられるわけがねぇ」
バネッサの豊かな胸はマーギンの荒み掛けていた心を落ち着かせてくれる。
「なぁ、お前、まだ何かしようとしてやがんだろ? ノウブシルクを攻める気なのか」
「……このままほっとくと、また何か仕掛けてくるからな」
「それはお前がやることかよ? 国に任せときゃいいじゃねーか。うちらは魔物をなんとかするのが役目だろ」
「まぁな……でもな、国に任せたらもっと人が死ぬ。敵も味方もな」
「それなら何でもかんでも1人でやろうとすんなよ。うちらはそんなに頼りねーか?」
「そんなことはないぞ。お前らは本当に強くなった。特にバネッサは元のオスクリタの持ち主より強くなったかもしれん」
「だったら、ゴルドバーンのときみたいにうちを連れてけよ」
「魔物相手ならそうする。けど、相手は人間だからな。殺すだけじゃダメなんだよ。殺すなら、その国の人全部殺すぐらいやらないと争いはなくならない。敵兵の家族にとっちゃ、シュベタインは家族を殺した敵だからな。大事な人を殺されたら、理屈じゃなく感情が人を動かす」
そう言ったら、バネッサは少し黙った。
「またお前になんかあったらどうすんだよ……」
「今度はヘマしないから安心しろ」
そう答えると、バネッサはぎゅうぅっとしたので、背中をタップした。窒息するわ。
バネッサをソファに寝かせ、マーギンもそのまま床にマットレスを敷いて寝る。なんとなく、バネッサもいっぱいいっぱいになってるんじゃなかろうかと思ったのだ。
「怖い顔か……よく見てやがんな」
マーギンはゴルドバーンのときから、ノウブシルクの中枢を破壊するか迷っていた。そこにタイベに対して宣戦布告も何もない蛮族のような攻撃だ。ミスティとの約束を破ることになるが、ノウブシルクを滅ぼすと決めていたのだ。
「アイリスもそれを感じ取って、あんなことを言ってきたのかもしれんな」
なぁ、ミスティ。俺はどうしたらいいんだ。ノウブシルクの中枢を滅ぼしたら、俺はそのまま魔法で人を殺すのが当たり前になるのか?
『魔法は人を幸せにするものじゃ』
その人が幸せを奪いにくるんだぞ。どうしろってんだよ。
『強力な魔法を使えるお前が魔法で人を殺したら、お前は恐怖の対象となるじゃろう』
恐怖の対象か……まるで魔王だな。
マーギンは過去にミスティに言われたことが頭の中でグルグルと回り、眠れなくなったのであった。
翌日、王に報告すると、国として対策を決めるとなる。
それからまたカタリーナ達とヘラルドのところで医術の本の翻訳をし、自宅では魔導具関係の本を読んでいく日が続いた。
「これは作った方がいいのか迷うな」
マーギンが迷っているのは通信の魔導具だ。いわゆる電話とファックス。
「あると便利だが、戦争にも使えるんだよなこれ」
タイムラグのない見張りからの報告、攻撃のタイミングを合わせるなど、戦術の幅が一気に広がる。
「保留だな。先にこれを作るか」
と、集音器の作成に取り掛かる。気配のない敵に備えるのに必要になるだろう。特にチューマン対策に使えるはずだ。
設計図と説明書が細かく書かれている。
「へぇ、人に聞こえない音まで拾えるのか。ポニーが聞こえたという音も拾えるかな?」
マーギンは細かな魔導回路を描き始め、設計図を翻訳して作っていく。こんな日々が晩秋まで続いたのであった。




