お父さん
目覚めると、アイリスがしがみつきながら足をのっけて寝てやがる。涙の跡があるから寝ながら泣いてたのか。嫌な夢を見たのかもしれん。
足をペッと払い除けて起こす。
「ほら、起きろ。飯作ってやるから顔洗ってこい」
「朝ごはんはハンバーグですか?」
朝からそんなもん……と言いかけたが、
「ちょっと時間掛かるからな」
と、答えると、パァッと明るい顔になり、エアリスを起こして顔を洗いにいった。
ここはオープンキッチンなので、アイリスとエアリスがハンバーグができていくのをふんふん♪ と鼻歌を歌いながら見ている。
「お皿の上にはハンバーグが1つ、ナイフで切れば2つに増える♪」
それは増えてないぞ。と、心の中でツッコミながら、フライパンからハンバーグを取り出し、ケチャップ、醤油、砂糖をいれて少し煮詰める。
「ケチャップ入れんのかよ?」
振り向くとバネッサがいる。
「勝手に入ってくんなよ」
「ちゃんとノックして入ってきたぞ。なぁ、アイリス」
「はい」
ハンバーグの焼き加減に集中しているときに、アイリスが招き入れたようだ。これ、カタリーナ達も来る流れだな。
「バネッサは次のを待て。ケチャップ抜きにしてやるから」
「別に入っててもいいぜ」
丼にご飯を入れて、そこにハンバーグと野菜類、目玉焼きをのせたあとに煮詰めたソースを掛ける。
「ほらよ」
アイリスとエアリスの目玉焼きは堅焼き、バネッサのは半熟だ。
「いっただきま~す♪」
じーー。
アイリスはがっついて食べている。エアリスはバネッサが目玉焼きを割って、ハンバーグの上にとろとろ黄身が流れていくのを見ている。
「どうして僕のと違うの?」
「うっせぇな、うちはこういうのが好きなんだよ」
取られまいと器を隠すバネッサ。
「エアリスはお前と違って、お育ちがいいんだから、人の飯を取るかよ」
「そっ、そんな言い方すんなよ」
「エアリス、バネッサと同じ目玉焼きがいいか?」
「うん」
と言うので追加で焼いてやると、嬉しそうに割って、ハンバーグに黄身を流していた。
「おいひいっ!」
「だろ? 目玉焼きはこうじゃなきゃダメなんだよ」
バネッサは仲間が増えて嬉しそうだ。
「マーギンさん、私のも半熟目玉焼きをお願いします」
アイリスも仲間に入りたいようだ。というか、もうハンバーグだけ食べて残ってないじゃないか。
自分の分も含めてハンバーグを追加で焼いていく。
じーー。
振り向くとカタリーナとローズかいる。俺はダルマさんが転んだでもしているのだろうか?
「目玉焼きは半熟と堅焼きどっちだ?」
「堅焼き!」
と、カタリーナとローズは堅焼きをチョイス。自分のとアイリスのは半熟に。
「悪くないですね」
半熟目玉焼きを割って食べたアイリス。
「焼き加減は好き好きだからな。これからは焼く前にどっちがいいかリクエストしろ」
じーー。
自分のを食べようとしたら、それを見つめるバネッサ。
「食いたりないのか?」
「ま、まぁな」
と言うので自分のを渡しておく。もう作るのが面倒なので、自分はトーストだけでいいわ。
そして、トーストを焼いていると、バネッサが目玉焼きとベーコンを焼いてくれた。
「ねぇ、マーギン。今日は何をするの?」
カタリーナはなんの遊びをするのか聞きたいのだ。
「そうだな……エアリス、海で泳ぎたいか?」
「うん」
「ということで海水浴だな。ビーチは人が多いから、領主邸のプライベートビーチでいいんじゃないか。岩場もあるから遊ぶところも多そうだし」
「釣りもしたい!」
「それはマーロックに頼め」
朝食を終え、リビングでワイワイしていると全員が集合したので、領主邸のプライベートビーチで遊ぶことを伝える。
「マーロック、カタリーナが釣りをしたいらしいんだけど、頼めるか?」
「何を狙いたいんだ?」
「美味しいの!」
「小さくてもいいのか?」
「いいよ」
ということで、カタリーナをマーロックに押し付ける。今日はエアリスの面倒を見てやらないとダメだからな。
「エアリスを海で遊ばせる? 大丈夫かね?」
皆で領主邸に来て、今日の予定を説明する。
「エアリスは熱以外に、咳が出たりしますか?」
「い、いや。それはないが、まだ体力が心配でな」
「なら、大丈夫ですよ。何かあればカタリーナもいますし」
「姫殿下にそのようなことを……」
「ま、今日ぐらいはいいでしょ。エアリスも外で遊ばせた方が体力付きますよ」
と、エドモンドを説得し、ビーチに移動すると、マーロックが船を持ってきていた。船を漕ぐ他のやつらは宿に泊まってないようなので、洗浄魔法を掛けておいた。海で汗を流したぐらいみたいだからな。
「エアリス、これ見てみろよ」
波打ち際に移動すると、バネッサが早速、何かを拾って来たようだ。
「これ何?」
バネッサにはいいものに見えても、エアリスにはゴミに見えたのだろう。
「知らねぇよ。なんか半透明で綺麗だろ?」
「う、うん……」
この歳で忖度できるエアリス。
「マーギン、これなんだ? 宝石か?」
「多分、割れたガラスだ。漁具のブイかなんかが割れたカケラだと思うぞ」
「なんだよ、ガラスかよ。でもいいや。戻ったらカザフに宝石のカケラだと自慢してやろ」
それから、アイリスも加わって、波打ち際で貝殻集め大会になる。
「へっへーっ、見ろよ。トンガリ貝殻だ」
「私のは綺麗なピンク色の貝殻です」
「僕のはこんなにおっきくて、軽い貝殻見付けた!」
「おっ、エアリス。すっげえじゃねぇかよ」
と、バネッサに褒められて嬉しそうだ。
しかしそれはコウイカのフネだ。貝殻じゃない……とも言えないのか?
なんか、イカは貝の仲間だったようなことを聞いたことがある。まぁ、そんな説明は楽しそうに遊んでいるアイツラには無粋な話だな。
マーギンは子供達を見守る父親みたいな感じで、エアリス達を見守っていた。
「はい、お父さん」
と、横に座ってきたシシリー。冷たいドリンクを持って来てくれたのだ。
「ありがとう。てか、お父さんってなんだよ?」
「だって、そんな感じじゃない」
「なら、シシリーはお母さんだな」
「ふふふ、マーギンがお父さんで、私がお母さん。悪くないわねぇ」
と、嬉しそうに笑う。
「マーロックと結婚しないのか?」
「そうねぇ、タイベの基礎が固まるまでは無理かなぁ」
「仕事より自分のことを優先しろよ。お前はもう十分足場を固めてくれてるだろ」
「そうね、だいぶ形にはなってきた。次はそれを任せられる人を育てないとね」
「王都から何人か引っ張ってくればいいんじゃないか? お前が声を掛けたら来るやついるだろ」
「王都からタイベに生活拠点を移すのって勇気がいるものなのよ。遊びに来るにはいいところでも、不便な田舎だからね」
元の世界からしたら、どっちも不便な田舎だ。それはそれでいいと思えるんだけど。
「ま、仕事のことは任せるけど、あんまり歳食わないうちに結婚しろよ」
「私にもお父さんをしてくれるのね」
と、シシリーは笑ったのであった。
「シシリー、ちょっといいかしら?」
と、シスコが呼びにくる。水着を着ていない。
「シスコは水着を着てないのか?」
「私の水着姿を見たいのかしら?」
「そうだな。何も足さない、何も引かないって感じでちょうどいいぞ」
「それ、褒めてるの? けなしてるの? どっち?」
「バランサー体型ってやつかな?」
自分でも褒めたのかどうか分からないマーギン。普通って言うと、褒め言葉ではないような気がして、何かで聞いたことのあるセリフを言ってみたのだ。が、シスコは眉を顰めてシシリーを連れて行った。
お代わりはオルターネンとロッカだ。海に鍛えに来たのだろうか?
「マーギンは泳がんのか?」
「今日はエアリスの見守りですよ。隊長とロッカは泳がないんですか?」
「やはり、上手く浮かなくてな」
二人とも筋肉質だからな。泳ぎ続けてないと死ぬサメみたいな感じなのだろう。
そこへ、アイリスがたくさんピンクの小さな貝殻を持ってやってきた。
「マーギンさん。これ、首飾りにできます?」
「穴あけて、つなげるぐらいなら簡単だぞ。加工するのは手間暇が掛かる」
「じゃ、穴をあけて下さい」
「ここではやらんぞ」
「じゃあ、戻ってからでいいです」
と、加工するのが前提のような感じでまた集めにいった。
ずっとここで見てるのも暑いので、マーギンも波打ち際に行くことに。オルターネン達も来るようだ。
「マーギン、これ見て。おっきい貝殻見つけた」
と、エアリスが持って来る。
「それ持って帰るか? 耳に当てたら波の音が聞こえるぞ」
「ほんとっ?」
「王都に戻っても、海を楽しめるだろ?」
「うんっ!」
そしてバネッサも大きな貝殻を持って来る。
「うちの方がおっきいぜ!」
子供に張り合うきょぬー。
「耳に当てたら波の音が聞こえるんだって」
と、エアリスが教えてもらったことをバネッサに伝える。
「ホントかよ?」
と、バネッサが貝殻を耳に当てた。
チョキっ。
「痛ってーーっ!」
中身が入っていたバネッサの貝殻。大きめのヤドカリに耳を挟まれたようだ。
「ヤシガニじゃないから大丈夫だ」
「ヤシガニってなんだよ?」
「それのデカいのだ」
耳を挟んだあと、すぐに閉じこもるヤドカリ。
「こいつか、うちの耳を挟んだのは」
バネッサが仕返しに貝殻を振る。やめたれ。
「出てこねぇなコイツ」
「やめとけ。出てきたら出てきたで、気持ちが悪いぞ」
「気持ち悪いっても、日頃魔物とか見てるだろうが」
と、言ってる隙に、ズルんと出てきたヤドカリ。内臓を引きずって歩くように見えて気持ち悪いのだ。
「ぎゃーーっ!」
びっくりしてマーギンに抱きつくバネッサ。
ムギュウウ。
「死ぬっ、死ぬっ!」
バネッサの背中をタップするマーギン。
「わっ、悪ぃ……」
「窒息死するだろうが」
と、言ったマーギンの顔は赤くなっていた。
そして、逃げ出したヤドカリの近くに貝殻を置いてやると、またそこに入ったので、逃がしてやれと言っておいた。
なのに貝殻に入ったヤドカリをまだツンツンしているバネッサ。
「やっぱり、嫌じゃねえ。なんなんだよ……」
その呟きは波の音に混じり、誰にも聞こえなかったのだった。




