ノイエクスの成長
「落ち着け。まだ何かをすると決まったわけではない」
ブワッと殺気が溢れたマーギンを諫める大隊長。
そして、すぐにノウブシルク兵を連れて出発すると伝えることにした。
「本当に無条件解放を領主が認めたのですか?」
ノウブシルク兵の小隊長が移動中に聞いてくる。夜なのに移動すると言われたら疑問に思うのも当然だ。
「そうじゃなきゃ、こうしてウエサンプトンに向けて移動できると思うか? それに日中だとゴルドバーンの市民が攻めこんでこられたのかと驚くだろ?」
「そ、それもそうですね」
と、もっともらしい嘘をつく。領主に気付かれないうちに移動してしまわないとダメなのだ。
一応、敵ではないという意味を表すために白旗をいくつも掲げて移動し、街には寄らないことにした。土地勘がないので、北方面に続く道をバネッサに先行して確認をしてもらっている。
「姫様、眠いようですが大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫」
疲労が抜けきってないカタリーナには夜通しの移動がきついようで歩みが遅い。
「乗ってください」
と、ローズがしゃがんで背中にどうぞと言った。
「ローズは走って戻ってきたんでしょ。大丈夫」
「しかし……」
その様子を伺っていたマーギンは前に作ったトロッコを出した。
「これに乗れ」
「う、うん」
マーギンには素直に甘えるカタリーナ。
トロッコの中にはマットレスも敷いてあり、マーギンにポンと毛布を渡される。
「寝とけ。先を急ぐからキツイ移動になる。ローズも疲れてるなら、一緒に乗ればいい」
「いや、私は護衛だから、警戒しながら後ろを歩く」
「わーい」
その横から飛び乗ってくるアイリス。おい、お前には乗れと言ってない。と、言う前に乗り込みやがった。
マーギンはトロッコにスリップを掛けて引っ張っろうとすると、
「マーギン、それは俺がやる」
と、ノイエクスが言ってきた。
「牽くのに力はいらんから大丈夫だぞ」
「いや、何かあったときにすぐに対処できるのはマーギンだ。お前の手が塞がっているのは良くない」
それを聞いていた大隊長はふふっと笑っていた。
ノイエクスにドナドナされるカタリーナとアイリスは寝てしまったようで静かだ。
「治癒師のお嬢さんに、かなり負担を掛けてしまっていたのですね」
「当たり前だろ? 何人治癒したと思ってるんだ。まぁ、本人が全員助けたいと言ったから、やらせたけどな」
「そうでしたか……慈悲深いお嬢さんなのですね」
「そうだな。ワガママなところもあるが、頑張り屋でもある」
小隊長とそんな話をしながら、進むと道が森に差し掛かる。
「お前ら魔物と戦った経験はあるか?」
「なくはないですが、今は丸腰ですので」
兵士達の武器のうち、魔導銃はマーギンが、剣や弓矢、槍はゴルドバーン兵によって接収されている。
「そうだったな。なら、全員でかたまれ。魔物が来るぞ。ローズ、ノイエクス。構えとけ。タジキもカタリーナの護衛に加われ。トルクは俺に付いてこい」
大隊長もすでにヴィコーレを構えている。バネッサとカザフは先行して戻ってきてないので、大した魔物じゃないと判断したのだろう。
「マーギン、何が来るのー?」
「多分魔犬だな。数はそこそこ多いぞ」
「マーギン、ここは任せろ」
と、大隊長が言ってくれたので、大きな群れがいる方向に向かった。
「トルク、今回は魔法を使え。あっちにいくやつを掴んで行かせるな」
「分かったー」
パスッ、パスッ、パスッ。
マーギンは魔犬が襲ってくる前にストーンバレットで頭を狙撃していく。魔犬はキャインと鳴く間もなく倒れていった。
「えいっ」
ドカッ、ギャインっ。
トルクは掴んだ魔犬を投げて木にぶつけて殺した。他の魔犬はその鳴き声を聞いて、自分達が先に襲われていることに気付いた。それをきっかけに、他の魔犬達も戦闘モードになっていく。
マーギンは狙撃を止め、マシンガンのようにズガガガガガと乱れ撃ち。
「トルク、ここは終わった。あっちの援護に入るぞ」
皆の方に戻ると、大隊長はもちろん、ノイエクスも頑張っていた。トロッコはローズとタジキが守っている。それを見たマーギンはトロッコの横に行き、トルクに指示を出す。
「ノクスに身体強化魔法を掛けろ。掛けっぱなしじゃないぞ。ノクスが剣を振り下ろす瞬間だけな」
「やってみる」
補助役として、バフを掛けっぱなしにするのは難しくない。が、掛けられている方の体力切れも早くなるので、瞬間瞬間で掛けるのが望ましい。今回は対象人物がどう動くか読んで瞬間的に掛ける必要があのだ。
トルクのバフを掛けるタイミングが上手くいかず、ノイエクスは違和感を感じる。
「トルク、遅い。振り下ろしの途中で掛けても効果が薄い。振り下ろそうとしたときに掛けるんだ」
「う、うん」
言うは易し、行うは難しだ。
トルクはノイエクスの動きとなかなか合わない。違和感の正体を確かめようとトロッコの方をチラッと見て、マーギンがトルクに指導している姿が見えた。
「そういうことか」
マーギンがトルクに魔法を教えていると理解したノイエクスは、トルクの身体強化魔法が掛かることを意識していく。
そして、剣を振り下ろすときに魔法を掛けようとしているのが分かった。
「ようし、いつでもこい」
自分の力が増すのを理解していると、違和感もずいぶんとマシになった。
「トルク、良く見るのと同時に、自分がノクスになったつもりになれ。お前が自分で戦っているような感じでな」
感覚的なことを言葉で教えるのは難しい。その人その人の感覚が違うからだ。しかし、トルクはノイエクスになったつもりで戦うイメージを持ちながら、マーギンならここでバフを掛けてくれると、マーギンにもなったつもりでバフを掛けるという方法をとった。
スパンっ、スパンっ。
ノイエクスの動きが突然、熟練した剣士のような動きになっていく。
こうして、被害が出ることもなく、魔犬の群れを討伐した。
「お疲れ。いい動きだったぞ」
ノイエクスを褒めるマーギン。
「トルクの魔法のおかげだな。慣れたあとはとても動きやすかった」
「マーギン、こっちに来てくれ」
と、大隊長が大声で呼ぶ。
「なにかあり……あっ!」
「これが黒い魔犬か?」
「そうです。この群れに3匹もいたのか」
大隊長の足元に、病気をばら撒く黒い魔犬が3匹死んでいた。
「これは厄犬じゃないですか」
と、見に来た小隊長が言う。
「これを知ってるのか?」
「はい。噛まれた人は魔犬のようになり、人を襲ったりします。魔狼にもいます」
ノウブシルクには黒い魔狼もいるのか。
とりあえず、近くに死んでいる魔犬はインフェルノで焼いておく。
「マーギン、この先に村があるけど、寄らねぇんだよな?」
「そのつもりだぞ」
バネッサとカザフが戻ってきて、村のある場所とその先の道を説明してくれる。
「村を避けるなら、こっちの森を抜けるしかねぇぞ。見つかってもいいなら、そのまま横を通り過ぎればいい」
「バネッサ、村の様子は確認したか?」
「どこにも寄らねぇって言ったから見てねぇぞ」
「了解。偵察ありがとうな」
そう、バネッサとカザフを労ったあと、大隊長に相談しようとしたとき、
コンッ。
「痛っ。こんなときにふざけんなよ」
バネッサがオスクリタを投げて後頭部に当ててきたのだ。
「うちはなんもしてねぇよ。オスクリタが勝手に飛んでったんだ。マーギンがなんかしたんじゃねぇのかよ?」
「え?」
勝手に飛んできただと? マーギンは頭をさすりながら、そんなことあるのか? と疑問に思う。
◆◆◆
「マーベリック、この先は魔物の巣になってる。どうする?」
斥候に出ていたベローチェが先の様子を調べて戻ってきた。
「避けて通るには時間が掛かる。進もう」
「えー、また魔物の巣に突っ込むのかよ。魔力も減ってるし、休むか、違う道を行こうぜ。ミスティもヘトヘトになってるだろ」
「マーギン、私のことはいい。余計な口出しをするなといつも言ってるじゃろうが」
「だってさぁ。ベローチェもマーベリックに聞いたら、進むとしか言わないんだから、行き止まりになってるとか言えよ。本当に使えない斥候だな」
連戦で疲れているのは皆同じ。ベローチェは先行しては戻りを繰り返すので、他の人より移動距離が増える分、体力的にもキツイのだ。
マーギンがベローチェを労いもせず、使えないやつ扱いしたことに腹を立てたベローチェが、
コンコンコンコンコンコン。
「あいてててててっ」
無言でオスクリタを投げ続けてくる。
「なにすんだよっ!」
「死ね」
そうベローチェはマーギンに吐き捨てた。
「皆疲れているなら、ここで休憩してからにしよう」
喧嘩を始めそうなマーギンとベローチェを見たマーベリックは無表情でそう言ったあと、座ってパンを食べ始めた。
マーギンはパンを炙り、バターとハチミツを掛けてミスティに渡す。自分のはバターだけだ。
コンッ。
「痛っ。それやめろって言ってるだろ」
「ハチミツをよこせ」
「やなこったい。食うもんは自分で用意することになってるだろうが」
「もうねぇんだよ。いいからさっさとよこせ」
と、強奪されるのであった。
◆◆◆
「変なこともあるもんだがまあいい。バネッサが調べてきてくれたところまで進むから、お前もそのトロッコで寝とけ」
「なんか食いてぇぞ」
「今作っている暇はないから、パンだけだぞ」
と、パンを炙ってバターとハチミツを掛けて渡す。カザフにも同じものを渡して、2人とも、次に斥候に出るまで寝ておくように言ったのだった。




