突き刺さる
翌日、大隊長が騎士達と領主邸に向かう。
「マーギン、姫様を頼んでいいか?」
「別にいいですけど、何かありました?」
「ローズを同行させる」
「了解です」
「ローズ、付いてこい。他国の領主がどのようなものか見ておけ」
「それならばノイエクスの方が宜しくありませんか?」
「いや、お前は聖女の護衛として、他国の権力者がどのようなものか見ておく必要がある」
と、大隊長に言われてローズが同行することになった。騎士が乗ってきた馬を1頭借りていった。
「マーギン、猿の魔物討伐どうすんだ?」
バネッサが聞いてくる。
「そうだな。俺達は猿狩りといこうか」
と、食料確保も兼ねて猿狩りをすることに。
「アイリス、火魔法は禁止だ。食料にするからな」
「じゃあ、スリップだけにしておきます」
今回の作戦はバネッサとカザフが不意打ちをしてきそうなやつを討伐、アイリスがスリップで木から落として、ノイエクスとトルクが討伐。タジキはアイリスの盾役だ。マーギンとカタリーナは見学。
「今回いるのはリンマーじゃなくピコスだ。狡猾だから騙されんなよ」
と、忠告をしておく。マーギンも過去に痛い目にあった魔物だ。
ギャーッ、ギャーッ。
自分に注意を引き付けるように木の上から叫ぶピコス。
皆、あれに気を取られたか。上ばっかり見てると茂みから飛んでくるぞ。
ギャーッっ、と一際大きな声で鳴いたときにガサッと茂みから他のピコスが飛び出した。
ザシュッ。
それをオスクリタが仕留める。
「オメーら、全員が同じやつに気を取られるな」
木の上で見ていたバネッサが指示をする。今のところ合格はバネッサだけか。いや、タジキもアイリスの前に立ったから及第点だな。
これをきっかけに、ピコスが一斉に襲ってくる。
《スリップ! スリップ! スリップ!》
アイリスのやつ、下からも攻撃されてんのに、上のやつをバンバン落としたら数が増えて対処できなくなるだろうが。
アイリスを守るタジキの反対側で迎え撃つノイエクス。トルクは遊撃担当のように、群れの中に突っ込んでいく。
あいつ、魔法を使わない気か。何か策を練ってるのか? と、マーギンは訝しげな顔をする。
「カザフ、敵の数が多い。あっちのヘルプに入れ。不意打ちのやつはうちがやる」
カザフをトルクの援護に回したバネッサ。これで下に注意を注がずに、上方向全体を警戒することができる。
「マーギン、押されてるみたいだけど大丈夫なの?」
「怪我したらお前が治してやりゃいいんだよ」
そう腕組みをしながら答えるマーギン。
倒しても倒しても湧き出てくるピコス。おそらくチューマンを避けて、この辺に集まってきていたのだろう。柑橘類を食べ尽くしたら、港街の人間も食われてただろうな。
「ぐっ……この野郎っ!」
トルクが傷だらけになっていく。しかし、魔法を使わずに剣で戦い続ける。脳裏にあるのはマーギンがチューマンを剣で薙ぎ払っていた姿だ。
「トルク、そんなに突っ込んでいくな。援護できなくなる」
カザフがそう叫ぶが、ピコスの集団に突っ込んでいくトルク。カザフが援護に行こうにも、アイリスが狙われているのか、どんどんこっちに集まってきて援護に向かえない。
「バネッサ、トルクの援護をしてくれ」
「うるせぇ、自分達でなんとかしやがれ」
こっちも見もしないで、怒鳴ってくるとはなんてやつだ。と、カザフに怒りが湧いてくる。
「くっそぉぉっ、うおりゃぁぁっ!」
ムカついたカザフはそれをピコスで晴らすように戦っていく。
マーギンはトルクの戦い方を見ていて気付いた。あいつは自分の真似をしているのだと。確かに見とけとは言ったが、真似しろとは言ってないんだけどな。
「そろそろトルクは限界か」
トルクは無我夢中で戦って、身体強化をし続け、体力の限界が近付いていた。
ここで、皆のところに引いてくるなら褒めてやってもいいんだけどな。と、マーギンはカタリーナをプロテクションボールで包んでから、気配を消してトルクを助けに行った。
「はぁっ、はぁっ、はあっ」
ピコス達は、もうトルクが獲物だと判断して取り囲んだ。
ゴンッ。
「失格だ」
「あ、マーギン……」
マーギンはトルクに軽いゲンコツを食らわせてから、
《ストーンバレット!》
ズドドドドドと、土の弾で取り囲んでいたピコスを撃ち殺していく。
「まだやれたのに」
「嘘つけ。一斉に噛みつかれたらカタリーナでもどうにもできなくなる。自分の引き際をちゃんと理解しろ」
そして、カザフ達にも限界が近付いてきた頃に、上空から大型のピコスが飛び降りてきたのを仕留めてから、バネッサは援護に入ったのだった。
「終わりかな」
気配を探るともう、この近くにはピコスがいなくなっていた。
「てんめぇっ、援護に来るならさっさと来いよなっ!」
「馬鹿かお前は。それぐらい自分でなんとかしやがれ」
そしてギャーギャーとピコスのような声で喧嘩するバネッサとカザフ。まだまだ元気じゃないか。
「いい加減にしろ。こいつを持って帰って飯の準備だ」
5〜60匹のピコスを収納して、港街に戻ると夕方近くになっていた。
「おい、お前ら。解体を手伝え」
と、ゴルドバーンの兵士とノウブシルクの兵士に手伝わせる。
「まさか、これを食わせるつもりですか?」
と、ノウブシルクの小隊長が聞いてくる。
「食ったことないか? 猿系の魔物は結構旨いぞ」
ノウブシルクには猿系の魔物はいないのか、獲物として認識できないようだ。そして、ゴルドバーン兵も、これは先住民が食うものという認識らしい。
「ま、食いたくないなら食わなくていいぞ。俺等が用意してやれる食料はこれだけだ」
昨日、薄い粥を食い、今日はゴルドバーンからパンとミルクと毛布が配られたようだ。街も壊れているし、それが捕虜にしてやれる精一杯なのだろう。
バネッサとカザフが壊れた家の木材をイゲタに組んで焚き火の用意。着火はアイリスだ。
マーギンは魔法で解体しつつ、毛皮に洗浄魔法を掛けて、ドンドンと重ねていく。
「今のは魔法ですか? 魔物の解体が一瞬で終わったみたいですが」
「そうだ。これは解体魔法ってやつだ。毛皮も洗浄魔法を掛けておいたから、敷物としても使える。お前ら、地面に寝かされてるんだろ? 持っていけ」
「えっ?」
「これで少しは寒さがしのげるだろ。魔物の肉も食わず嫌いせずに食ってみろ。役付きのお前らが食えば、下のやつらも食うだろ。骨はスープの出汁にしてやる。土鍋も作ってやるから、自分らで野営の準備をしろ」
マーギンは4〜5人で食べられるサイズの土鍋とお玉を土魔法で作り、ドンドンと置いていく。そして、ノウブシルク兵が取りに来たら、骨と水をいれ、肉と塩を渡す。
「これでしばらく煮込んだら飲める。途中で灰汁をこまめに取れよ。肉は煮てもいいし、塩かけて焼いてもいい。好きな食い方をしろ」
まずは小隊長がグツグツと骨を煮込んで、塩を入れて味をみる。
「あっ……旨い」
空腹に骨出汁が異常に旨く感じる。そして、肉は塩を掛けて焼いてみた。
「これも旨い……魔狼なんて比じゃない旨さだ」
肉の焼けるいい匂いと、小隊長が旨いと言ったことで、我も我もとピコスの肉を取りにきた。そしてゴルドバーン兵達も。
「我々も頂いていいでしょうか」
「だから、食いたいやつは食えって言っただろ? 兵士が食いもんのことで躊躇すんなっての」
「申し訳ありません」
「マーギンさん、これはハンバーグになりますか?」
「今日はここにいる兵士達と同じ飯を食うから、ハンバーグはなしだ」
「どうして同じご飯にするんですか?」
「それは食ってれば分かる」
マーギンは骨出汁と肉の煮込み、そしてタジキに串焼きを仕込ませ、それを中央の焚き火で炙る。
「おっ、旨っめぇ。牛串みたいだ」
カザフ達もガツガツ食う。
「煮込んだ肉もホロホロになって美味しい」
カタリーナとアイリスも気に入ったようで、ノイエクスもモグモグと文句を言わずに食っていた。
「甘辛にしてくれよ」
「これは塩の方が合う。タレなら焼き肉のタレの方が合うけど、今日はなしだ」
「ちぇっ」
あちこちで、旨いや温まるとの嬉しそうな声が聞こえてくる。敵同士だった者達が同じ場所で同じ飯を食っているのだ。
「マーギンさん」
「なんだアイリス」
「なんか、ピリピリしていた空気がなくなりましたね」
アイリスの言う通り、緊張と敵意が入り混じった空気だったのが、今は旨いと温かいに変わっているのだ。
「マーギンはこれを狙ってたの?」
カタリーナに聞かれたマーギンは少し昔話をする。
「魔法の師匠にな、もし自分を処分しにきたやつがいればどうするつもりだ? と聞かれたことがあるんだよ」
「なんて答えたの?」
「もちろん、返り討ちにするって答えた」
「つまり殺すってことね?」
「そうだな。相手が殺しにくるなら、仕方がないだろ?」
「う、うん……」
「でもな、処分ってのは、命令を受けてするものなんだよ。そいつの意思じゃない。そういう者まで殺すのか? って言われてな、でも殺しにくるのは一緒だから、当然反撃をすると答えた。そしたら、それはいつまで続くんだ、お前はすべてを殺すのかって言われてね」
と、マーギンは苦笑いした。
「まぁ、答えはそうなる原因を作るなってことだったんけどな。それと、俺が反撃して殺したやつは、とても気が合って、酒を楽しく飲めるような関係になるやつかもしれないとも言われた。あとから思うと、確かにそうなんだよな。殺したあとにそれが分かっても取り返しが付かないんだよ」
近くにいたノウブシルクの小隊長はマーギンの話が聞こえていた。
気の合うやつだったかもしれないか……
命令でゴルドバーンに攻め、相手を殺す。もしくは殺される。それは兵士にとっては当たり前のこと。しかし……
小隊長はゴルドバーンの兵士を見た。そこには、ピコスの肉がこんなに旨いとは知らなったよな、と楽しそうに食っている姿。そして、ノウブシルクの兵士もまた、同じく嬉しそうに同じものを食べている。
「自分はこんなことも知らずに、ただ命令されたからといって殺しにきていたのか……」
殺してしまっては取り返しが付かない。
マーギンの言葉が小隊長の胸に深く突き刺さるのであった。




