痛めつけたあとの慈悲
「これ、死んでねぇだけだろ……」
と、バネッサがつぶやく。
「生きてりゃなんとかなるだろ?」
そう言うと呆れられた。
「カタリーナ、治癒する順番は俺が決める。お前は自分の前に連れてこられた人を治癒してやってくれ」
「うん……」
「大隊長とローズはカタリーナの護衛をお願いします。バネッサは街の外の偵察を頼む。アイリスとノクスは自分を先に治せとか文句を言うやつを排除。そいつらは後回しだ。暴れるようなら先に治癒が必要になるようにしてやれ」
「分かりました」
さらっと怖いことを言うマーギンに素直にハイと答えるアイリス。一応、やりすぎんなよと言っておく。
「カザフ達は俺に付いてこい。骨折したやつは治癒魔法を掛ける前に、骨を元の位置に戻しておく必要があるからな。やり方を教える」
「うん」
マーギンはまず市民の女子供で治癒が必要な人に声を掛けていく。大きな怪我をしたものはいなさそうだけど。
「うちの治癒師がみんなを治す。希望するものはこっちに来てくれ」
ビクッ。
見知らぬ人に声をかけられたのと、先ほどまでの恐怖がこびりついて動けない子連れの女性。
「俺達はハンターだ。猿系の魔物の討伐依頼を受けてここに来たらこの有様だ。討伐より先に治癒しようと思うが不要か?」
「あ、あの……お支払いできるお金がありませんので大丈夫です」
「金のことは心配しなくていい。うちの治癒師は慈悲深いんだ」
支払いをしなくていいと言われた母子は他にも怪我や火傷をした人を呼びに行ってくれた。
集まった怪我人をぞろぞろと笛吹きのように連れていくマーギン。
「カタリーナ、この人達から頼む」
「も、もっと酷い怪我をしてる人達からしたほうがいいんじゃないの?」
「いいから。この人達が先だ」
と、言い残してマーギンはその場を去っていく。
「大隊長、マーギンは何を基準に選んでると思う?」
「女子供、市民からでしょうな。戦いに巻き込まれた人達から治して欲しいのではないですかな」
「分かった」
そして、初日は市民だけしか治癒できなかった。
俺を先に治療しろと言ってきた人がアイリスに焼かれていたのは見なかったことにしよう。
日が暮れたので、今日の治癒は終わり。
「お前はテントから出るな」
「でも、すぐに治癒しないといけない人がたくさん……」
「いいから。これ食ってとっとと寝ろ」
と、マーギンは鮭おにぎりを渡す。
「う、うん」
カタリーナがモグモグと食べ終えるの待ってスリープを掛ける。このうめき声が聞こえる中で寝るのは無理だろう。
「ローズ、カタリーナのそばから離れないでくれ」
「分かった」
ローズはテントの中。大隊長はテントの外で護衛。あとでノクスと交代だな。
カザフ達もテントの中で休ませ、マーギンは死ぬかもしれないやつがいないか見て回わり、そういうやつを見つけると、死なない程度に治癒魔法を掛けておいた。
少し動けるものは、凄腕の治癒師がいると聞きつけ、ゾンビのように寄ってきていた。
「今日の治癒は終わった。誰を治癒するかこっちで決めるから、寄ってくるな」
「たっ、頼む……痛くて死にそうなのだ」
「まだ大丈夫だ。兵士ならそれぐらい我慢しろ。治癒師も休まんと魔力が回復しないだろうが。明日まで無理だ」
「た、頼む……」
「お前、ノウブシルクの兵士だろ?」
「……」
「お前らを治癒するかどうかはあとで決める」
「た、頼む……俺は……俺は死ねないんだ。国に残してきた妻と子供が……」
「知るかよ。人の妻や子を殺しにきたんだ。勝手なことを言うな」
「命令されて仕方がなく……戦争に」
そう言った男の折れている足をグリっと踏む。
「うぎゃぁぉぁっ」
「なら、俺も仲間を守らんとダメだから、仕方がなくお前を殺すわ」
「たっ、助けてくれ」
「死ね」
マーギンはその男の顎を蹴って気絶させた。
「他のやつにも言っておく。誰を治すかはこっちで決める。勝手にきたやつはこうなるからな」
容赦ないマーギンを見て、寄って来ていた者達はそれ以上近づこうとしないのであった。
翌朝からカタリーナの治癒が始まる。今日のメインはゴルドバーンの兵士達だ。
「うぎゃぁぁっ」
「我慢しろ。このまま治癒魔法を掛けたら、骨が変な状態でくっつく。それでもいいならやめるけどな」
そう言うと、腕を噛んで悲鳴をあげるのを我慢した。
カザフ達にこう引っ張って、元に戻すと説明していく。
「こうか?」
マーギンがやると一発で決まるものが、カザフ達がやるとなかなか上手くいかない。まるで拷問だ。
「ノウブシルクの兵士のときにお前らがやれ。今日は俺がやっておくから」
ゴルドバーンの兵士達の治癒も順調に進んでいく。マーギンは夕方に少し仮眠を取った。
「大隊長、仮眠とってください」
「マーギンは寝たのか?」
「さっき仮眠を取りましたよ。あと2日で終わると思うので、そのあとにゆっくり寝ますよ」
「それでは休ませてもらおうか」
「はい。ごゆっくり」
ほぼ寝てないのは大隊長とマーギンの2人。両方とも動けなくなるとまずいので、大隊長が仮眠したのを見計らって、スリープを掛けておいた。朝まで寝てくれたまへ。
そして、夜遅くにバネッサが戻ってきた。
「お疲れ。大丈夫か?」
「眠ぃ」
バネッサもほとんど寝ずに偵察をしてくれてたようだ。
「ここに来るときに通ってない方の街から、誰か来ると思うぞ」
「そうか。カタリーナの噂が入ったんだろ」
「そうだ。そいつらが来る前にずらかるのか?」
「いや、全員治癒が終わるまでここは離れられんな」
「面倒臭ぇことになるんじゃねぇの?」
「なるぞ」
「お前がそう言うんなら、いいけどよ」
そして、バネッサはテントに入らず、そのままマーギンにもたれて寝るのであった。
次の日からカザフ達による拷問のような骨接ぎが始まる。治癒が終わったゴルドバーンの兵士達にはノウブシルクの兵士を殺すなと言ってある。すでに数日間の怪我の痛みと、飲み食いもしていないので体力が落ちている。治癒されても戦える状態ではないのだ。
《シャランラン!》
何人かまとめて治癒するカタリーナ。それが終わるとローズが水を出して飲ませてやる。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
散々傷めつけられたあとに、治癒と美味しい水を恵まれたノウブシルクの兵士達は、カタリーナとローズが女神のように見えるのであった。
ノウブシルクの兵士達を治癒していると、馬に乗った騎士が現れた。その数は6人。
「貴様ら、そこで何をしている」
馬上からカタリーナに声を掛けてきた騎士。
大隊長とローズがバッと、その前に立ち、剣を構える。
「傷付いたものを治癒しているまで。我らに何用か?」
大隊長が騎士に対応する。
「それらはノウブシルクの兵士だな? 敵を治癒するとは何事か」
「我らは他国のハンターであり、ゴルドバーンのものではない。敵も味方もありませんな」
「他国のハンターだと? どこの国だ。それと名を名乗れ」
「ゴルドバーンの騎士とは無作法者なのですね。人に名を尋ねるなら、まずは自ら名乗るべきでしょう」
と、ローズが言い返す。
「貴様ら……」
「はい、お前ら邪魔。向こうへ行け。用事があるなら馬から降りて話せ」
そこにマーギンがやってきた。
「なんだ貴様は?」
「お前、ローズに先に名乗れと言われただろうが。それでも騎士か? それに戦闘が終わってからノコノコきやがって」
マーギンがそう言うと、騎士が剣を抜いた。
「あっ……」
大隊長とローズが揃って声を上げる。
ゴンッ。
ドサッ。
マーギンは剣を抜いた騎士の顔面に土の弾をぶつけた。
「貴様、今何を……」
他の騎士達も攻撃されたことにより、剣を抜いてマーギンに斬り掛かってくる。
マーギンはパラライズを使えない。ここで使うと、魔王と疑われてしまうかもしれないからだ。そして、下手に攻撃すると馬を巻き添えにしてしまう。やはりここは土の弾だな、と、他の騎士の顔面にも土の弾をお見舞いして、馬から落としていった。
「我らにこのようなことをして、ただで済むと思うなよ」
負け犬のセリフが似合う騎士達。
「アイリス、焼け」
「いいんですか?」
「いいわけがあるか馬鹿者」
と、大隊長に止められてしまったのであった。




