地獄を見る
空へと消えていったマーギンを見送るカタリーナ達。
「姫様」
マーギンが見えなくなったところで、大隊長がカタリーナを見つめる。
「なに?」
「ご自身がマーギンに何を願ったかご理解されていますか?」
「みんなを助けて欲しいって……」
「マーギンが向かったのは戦地です。全員を助けるなど不可能なのですよ。すでに手遅れのものもたくさんいるでしょう。それに先ほどの大きな音は兵器が使われた音です」
「兵器?」
「剣や弓矢とはまるで異なる武器です。一発撃てば家は壊れ、人はゴミくずのように死んでいくでしょう。ノウブシルクはすでに我が国にもその兵器を使用しています」
「えっ?」
「たまたまか必然か分かりませんが、その場にマーギンが居合わせており、その兵器を無効化してくれたようで、大きな被害は出ていませんが」
「大隊長、それはどんな形をしてやがんだ?」
バネッサが魔導砲とはどんなものかと聞いてくるので、大隊長は魔導砲を地面に描いて説明する。
「うちが見た船にはそんな筒が何本も出てやがった……」
バネッサが見た大きな船とは、魔導砲を備えた戦艦と呼んでいいものだった。
「そうか。ならばマーギンはいくつもの魔導砲相手に戦うことになるのだな」
「たっ、助けに行かなきゃ」
「おやめください。マーギンは敵味方、軍人、市民関係なく恐怖のどん底に陥れると言いました。どのような手段を取るのか分かりませんが、人々はパニックになるでしょう」
「マーギンは大丈夫なのね?」
「あいつは人相手なら、何人いても問題ないと言い切りますからな。死ぬようなことはないでしょう。しかし、マーギンが人を殺すかもしれません」
「マーギンが人を……」
皆はマーギンが敵と認識したものには容赦がないことを知ってるが、殺したところは見たことがない。
「あいつはどんな気持ちで姫様の意向を飲んだのでしょうね? 姫様はそういったことを考えておかねばなりませんぞ」
大隊長に言われた言葉はカタリーナの浅い考えを戒めるものであった。
「ちっ、船に魔導砲を搭載してやがんのか」
マーギンが上空から確認した船は船体の横から5台の魔導砲が街に向けていつでも撃てるような配置になっている。その数は3隻。他の船には魔導砲は積まれておらず、兵士を運んできた舶のようだ。
砲塔が動き、次の砲撃を準備しているように見えた。
《プロテクション!》
マーギンは砲身をプロテクションで包む。
「撃てーーーっ!」
バーーン。
砲弾がプロテクションで阻まれ暴発する。
「なんだっ?」
地上にいた兵士達が一斉に壊れた舶を見る。そのときに……
《出でよ、フェニックス!》
ごぅぅぅぅうっ。
激しく燃え盛る音を出しながら、巨大な炎の鳥が出現した。
それを見た地上はパニックになる。
マーギンはフェニックスを従えて、プロテクション階段をゆっくりと降りてくる。そして、恐怖におののきながらも、剣で攻撃をしてこようとするものや矢を放ってくる者たちに無言でパラライズを掛け、倒れ込んだところを蹴り飛ばした。
ズンズンズン。
無言で戦闘をしていた中心へと進む。
「こ、殺せーーっ!」
ノウブシルクかゴルドバーンの兵士かどちらか分からないが、そう叫ぶと一斉に攻撃をしてきた。
《パラライズ》
マーギンが手をかざすと、バタバタと痺れて倒れていく兵士達。それを見た兵士達は、
「ばっ、化け物だ……にっ、逃げろぉぉ」
と、蜘蛛の子を散らすようにバラけていく。
「クックック、あーはっはっは」
突如として笑い出すマーギン。そして、港街の上空にフェニックスを旋回させ、火の雨を降らせた。
「燃え尽きるがいい」
人々が逃げる時間を稼げるぐらいに調整して火の玉を落とし、この街から逃げ出そうとする兵士の前にも火の塊を落としていった。
そのことにより、マーギンの耳に兵士達の声だけでなく、女性子供の泣き叫ぶ声も聞こえてくる。
「ひっ……」
腰が抜けて逃げられない兵士達の足をグシャッと踏み潰し、腕を折り、鎖骨を砕いていく。
「いいぞお前ら。もっと俺を楽しませろ」
あーはっはっはと笑いながら、兵士達を壊していく姿を見た者達は震え上がっていった。
隙を見て逃げ出そうとするものはうしろからバーナーをお見舞いする。
「ぎゃぁぁぁ」
転げ回って火を消すが、背中に火傷を負っている。こそっと死なないように治癒魔法を掛け、動くものは皆焼いていった。
「次はあれか」
魔導砲が暴発で壊れた船を残して、他の船が撤退を始めていた。
上空を旋回していたフェニックスが海へ向かう。
ドゴーンっ、ドゴーンっ、ドゴーンっ。
フェニックスから高温の火の玉が海に降り注ぎ、まるで爆発するように水蒸気が上がる。
なるほど、水が一気に水蒸気になると、爆発するのか。
この前、チューマンの巣を焼いたときに、想定より爆発が大きかったのは水のせいだと理解したマーギン。
おっと、船を着岸させないとな。
船を誘導するように沖側に火の玉を落とし、着岸させると、蒸し風呂になった海上から逃げるように次々と船から降りてくる。まだ中に人がいるかもしれないが、船にも火の玉を落としてやる。
そして、陸に上がった兵士達は全員マーギンに壊されていくのであった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。あんな化け物が出るなんて聞いてねぇぞ」
斥候として港街の情報を調べていた男は、ノウブシルク軍を引き入れたあと、陰から港街の様子を見て逃げ出していた。
「誰か来んぞ」
その男は大隊長達のところまできて、カタリーナを見付けた。こいつを連れて行けば……
「たっ、助けてくれ」
と、市民を装って近付いた瞬間、
「止まれっ!」
ローズがその間に割って入った。
「無礼者っ!」
バシュッ。
そしてローズが斬る前に、大隊長が有無を言わさず斬り捨てた。
「きゃぁっ、どうして斬ったのよ」
《シャランランっ! シャランランっ!》
「無駄です。一撃で仕留めましたので」
「どうしてっ、どうして斬ったのよっ」
「こいつには敵意がありました。戦地に近いところで剣に手をやったものはこうなるのです」
「姫様、大隊長のおっしゃる通りです」
ローズもまた、斬るつもりで剣を抜いていた。
「で、でも……あっ、この人……」
今斬られて絶命した男の足には血で黒ずんだ包帯が巻かれていたのだった。
笑いながら兵士を壊していたマーギンは、もう飽きたと言い残して空中を歩き、空に消えていった。
そのあとに雨がふり注ぎ、燃えていた街は鎮火されるのであった。
「ただいま」
色々なものが焼けた臭いをまとって戻ってきたマーギン。
そこには真っ青な顔をしているカタリーナを気遣うローズ。そして、斬られた死体があった。
「何があったんです?」
大隊長がここであったことを話してくれた。
「あー、やっぱりこいつはノウブシルクの兵士だったか」
「分かっていたのか?」
「なんとなく。賊か兵士かなと思いました。しかし、助けてくれたカタリーナを襲おうとするとはね」
「マ、マーギンは人を殺してきたの……」
「どうだろうな? 確認してないから分からん」
真っ青な顔をしたカタリーナはごめんなさいごめんなさいとマーギンにすがり付いて泣く。
「嘘だよ。多分誰も死んでない。ただ街と兵士は壊滅に近い状態だ」
「えっ?」
「人同士で争っている場合じゃないと思ってもらうには、こうするしかないんだよ。お前、みんなを助けてくれと言っただろ?」
「それをするために……?」
「人が人と争わなくなるには、人類共通の敵が必要なんだよ」
「それをマーギンがやったの?」
「あの場にいた人と壊れた街を見れば魔王がやったと思うだろ。それを知ったゴルドバーンとウエサンプトン、ノウブシルクがどうするかだな」
と、マーギンは飄々として答えた。
「さ、行くぞ」
「マーギン、何をするつもりだ?」
「大隊長も港街がどうなったか確認する必要があるでしょ? それにカタリーナはみんなを助けたいんだろ? 治癒を必要とする人が大勢待ってるぞ」
と、全員で港街に向かう。そして、目にしたのは身動きできないように壊された兵士達が蠢く地獄だったのである。




