呵責
「みんな、悪かったな。俺のヘマで村を破壊してしまって」
目覚めたマーギンは大隊長から何があったかの説明を聞かされ、村人達を集めて謝ったのだった。
「マーギンさん、妻と子供の仇を取っていただき、ありがとうございました」
助けを求めに来た男は頭を下げてお礼を言った。
「間に合わなくて悪かったな」
「いえ、マーギンさん達が来てくれなければ、この村は全滅していたと思います。縁もゆかりもないあなた方が命を賭けて助けて下さったご恩は一生忘れません」
「別に恩になんか着なくていい。俺達は戦える力を持っているから戦ったまでだ」
村人達はマーギンが酷い怪我を負って、養蚕工場で倒れていたのを知っている。男が代表してお礼を言ったが、皆の気持ちは同じだった。
「で、お前らに相談があるんだがな」
「なんなりとおっしゃってください」
「全員で移住する気はあるか?」
「全員で移住?」
皆の頭にはてなマークが浮かぶ。
「今回、ここを襲ったチューマンの巣は潰した。しかし、多分他にも巣がある。また狙われる可能性が高いんだよ。ここを統括している領主がなんとかしてくれるならいいけど、無理そうだろ?」
「は、はい。しかし、移住とはどこに?」
「シュベタインのタイベ領。あの山の向こう側だ。気候も同じだし、多分民族的にも同じ人達がいる」
「ど、どうやってここから移住を……」
「俺が全員を移動させる。で、向こうで魔カイコの養蚕をやってくれないか?」
「ここと同じことをしろと?」
「そう。向こうでも養蚕を始めようとしてんるんだけど、ノウハウがないんだよね。魔カイコの糸は仲間の商会が全部買い取るから、生産をして欲しいんだよ」
「いっ、いいんですか? 向こうの人と揉めたりするんじゃないですか?」
「お前らが移住を希望してくれるなら、向こうの領主に許可をもらってくる。多分許可をくれる。ここのみんなが村からいなくなれば、こっちの領主はここが全滅したと思うと思うんだよね」
「マーギンさんは領主から許可を取れる立場の方なんですか?」
「よくしてもらってるのもあるけど、こいつの父親が領主なんだよ」
「えっ? アイリスさんが領主のお嬢様……」
「私はお父さんの子供ではありますけど、貴族ではないですよ。複雑な生まれなんです」
と、アイリスは笑いながら答えた。
「ま、立場とかは気にすんな。そんなもんを持ち込む気もないし、俺はシュベタインの市民ですらないしな。で、どうする? 移住を希望するか? それとも街に避難するなら護衛してやるけど」
皆が顔を合わせてガヤガヤする。
「移住させてください」
と、全員が声を揃えた。
翌日、マーギンはカタリーナとローズを連れて、王都のボルティア邸に行くことに。アイリスも行くかと聞いたら、やめておくと答えたので、場所を聞いてから、自宅に転移したのだった。
「なんか疲れたな」
「もう身体はなんともないの?」
「全快とは言えんが、まぁ大丈夫だ。エドモンドのところに行く前に風呂に入ってきていいか?」
「いいよ」
カタリーナに大丈夫だと言ったものの、体力が完全に回復していないのと、血が足りないことで全身がだるくて仕方がなかった。
「はぁ、今回のやらかしは過去最大かもしれん……」
マーギンは風呂に浸かりながら、爆発の規模を見誤ったことを考える。
「プロテクションボールが熱に耐えきれずに破裂したのかなぁ? いや、プロテクションボールを解除したあとに爆発したよな……」
色々と考えてみた結果、規模を小さくして、実験してみる方がいいなと考えているうちに、湯船で寝てしまった。
「マーギン、まだ出てこないね?」
「寝ているのではないですか? 大丈夫だと言ってましたが、顔色は悪かったですからね」
「ちょっと声を掛けてくる」
と、カタリーナが風呂の扉の前から声を掛けにいく。
「マーギン、起きてる?」
シーン。
「マーギンっ、ねぇ、マーギンってばっ!」
シーン。
「ローズ、ローズっ! マーギンが返事をしない」
「えっ?」
カタリーナが風呂の扉を開けると、マーギンが気を失うように寝ていた。
「マーギン、マーギン、起きてっ!」
と、揺らしても起きない。
《シャランラン!》
シーン。
「ローズ、マーギンをお風呂から出して」
「えっ?」
「このままじゃ溺れちゃうでしょっ。早くっ!」
確かに風呂に浸かっているマーギンの顔色が土色みたいに見える。
ローズは恥ずかしがってる場合ではないと、湯船の栓を抜こうとしたときに足を滑らせ、
ジャボン。
バシャっと、マーギンの顔に湯が掛かったことで目を覚ます。
「ロ、ローズ」
「マ、マーギン……目が覚めたのか」
湯船に浸かるマーギンに抱きつくような形になっているローズ。
「ど、ど、どうしたの?」
風呂で裸の自分に抱きつかれている状況が飲み込めないマーギン。
「ちっ、違うのだ。これは違うのだーーっ!」
真っ赤になって違うと叫ぶローズ。
「マーギン、それを狙って寝たふりしてたの? だったら、ローズも脱いではいれば良かったのに」
「姫様ーーっ!」
ゴルドバーンで死にかけたマーギンは、家の風呂場でもドキドキして死にかけたのであった。
「悪い、寝てたというか気を失ってたのかもしれん」
マーギンは血が足りないところに、熱めの風呂に入ったことで貧血を起こしていたと推測される。
「マーギン、私がボルティア邸にアポを取りに行ってくる。訪問は明日にしよう」
「でも、すぐに戻らないとみんな心配するだろ?」
「1日ぐらい遅れても問題ない。いきなり訪問しても相手がいないこともあるのだからな。大隊長ならそう理解してくれるだろう」
それもそうか。
「じゃあ、お願いしていいかな?」
「では姫様を頼む」
ローズは食べるものも何か買ってくるから、作らなくていいと言って、ボルティア邸に行ってくれた。
「マーギン、寝てていいよ」
「じゃ、横になってるわ」
ベッドで横になると、熟睡してしまいそうなので、ソファに寝転ぶ。すると、横にちょこんと座るカタリーナ。
「どうした?」
マーギンを見つめて泣きそうな顔をしているカタリーナ。
「うっ、うっ、うわーーーん」
「ど、どうした?」
いきなり泣き出して、マーギンに顔をうずめる。
「ごめんなさい」
「何がだ?」
「私、マーギンを後回しにしたの……」
カタリーナはあのときにあったことを話した。
「そうか。別にそれで良かったと思うぞ」
「でも、でも……」
「もし、お前が俺を優先して、その子が助からなかったとする。助かった俺がそれを知ったらどう思うだろうな?」
「分かんない……」
「俺が死にかけたのは、俺のヘマが原因だ。しかし、その子は俺のヘマに巻き込まれて死んだことになる。で、俺だけが助かったら、一生悔いが残るどころか、生きていることが嫌になっただろう。お前の判断は正解だったんだよ」
「マーギン……」
「聖女ってのは、ある意味国の公的な存在だ。私事より公的なことを優先することを求められる。これからも辛い選択を迫られるときがあるだろう」
私事より、公を優先する。また命の選択を迫られときに、自分にそれができるだろうかとカタリーナは自問する。
「でもな、そのときお前が正しいと思った選択は全て正解だ」
「全て正解?」
思わぬ解答をくれるマーギン。
「そう。お前がいなけりゃどうせ死んでたんだ。あっちを助ければ良かったとかはない。助けられた人がいる。それだけで十分なんだよ」
「マーギン……」
「俺はそう思う。今回、俺には治癒能力があるから大丈夫だと思ったんだろ?」
「うん」
「バネッサが助けてくれたけど、ちゃんとお前の思い通りに2人共助かった。こうして俺は死なずにここにいる。だから謝る必要もないし、お前は俺が殺してしまったかもしれない子供を助けてくれた。感謝しかないよ」
そうカタリーナに言うと、抱き着いてきて大きな声で泣いた。命の選択というプレッシャーと、あのときにマーギンが助からずに死んでしまっていたらと想像した呵責で押しつぶされそうになっていたのだ。
マーギンがカタリーナをぎゅっと抱きしめてやり、そのまま2人は寝てしまったのだった。
「マーギン、アポが取れたぞ……」
と、ローズが戻ってくると、ソファで寝ている2人。
そうか……姫様の心も救ってくれたのだな。
マーギンの横でスヤスヤと柔らかな顔で寝ているカタリーナ。ローズはあの日以来、カタリーナが皆に治癒するときしか笑顔を見せていないことを気に病んでいた。仲の良かったアイリスがカタリーナを避けるようになり、マーギンにはバネッサがずっとそばにいて、マーギンに対して何もできることがなかったのだ。
カタリーナの柔らかな顔を見てホッとしたが、ローズの心は曇っていく。
「私は姫様にも、マーギンにも何もしてやれないのだな……」
そう呟いたローズはテーブルの上に買ってきた料理を並べて、椅子に座るのだった。




